花柄の浴衣に派手な化粧を施した男たちが、約800kgの神輿を担いで町を練り歩く奇祭「おみゆきさん」。後編では、神輿が信玄堤に到着する場面から三社神社での神事のレポート、そして宮司・担ぎ手・地元住民へのインタビューをお届けする。
※ 本記事の顔写真・インタビューは、ご本人の掲載許可を得ています。
密着レポート:信玄堤から三社神社へ
午後1時:信玄堤で三社が合流する
午後1時、信玄堤の土手の上に、一宮の神輿が降り立った。

担ぎ手たちがトラックから神輿を降ろし、堤防の上で「ソコダイ」を始める。ここで二宮・美和神社、三宮・玉諸神社の神輿と合流し、三基が列をなして三社神社へと向かう。

周囲には報道各社の記者やカメラマン、控えの担ぎ手たちが群がり、賑やかながらもどこか物々しい雰囲気だ。武田信玄が築いた堤防「信玄堤」の上で、「ソコダイ」の掛け声とともに華やかな衣装の男たちと神輿が進んでいく。笛吹市と甲斐市にまたがるこの春の大祭は、この場所でひとつの最高潮を迎えた。
午後1時30分:鳳凰が三社神社の鳥居をかすめる

三社神社に到着した神輿を待っていたのは、背の低い鳥居だった。
「ぶつかるぞ!」「もっと下げろ!」
担ぎ手たちの叫びが飛び交う中、神輿の頂を飾る鳳凰が、鳥居をわずかにかすめた。固唾を呑む観衆が見守る中、神輿はギリギリで通過に成功する。
小さな境内での「ソコダイ」を経て、担ぎ手たちと神輿は本殿への石段を慎重に上る。こちらも低い本殿の扉をなんとかくぐり、神輿はついに三社神社に納められた。

午後2時30分:三社神社を出る
ひとときの休憩と神事を経て、神輿は三社神社から担ぎ出された。三社神社のある甲斐市竜王地区の担ぎ手たちが神輿を引き継ぎ、にぎやかな祭り会場をしばし練り歩く。神輿はトラックへ載せられ、浅間神社から来た担ぎ手たちとともに帰路に着いた。

神輿はその後、午前中に通らなかった担当地区と、神社のある一宮町一ノ宮地区を巡り、夜7時頃に浅間神社へと戻る。そして、一ノ宮地区の人々の手によって静かに社へと納められる。それが、「おみゆきさん」の一日の締めくくりだ。
宮司インタビュー:「大切なのは神さまをお連れすること」

「何より大切なのは、神さまを釜無川までしっかりお連れすることです」
宮司の古屋昌弘さんは、厳かな面持ちでそう語った。担ぎ手が怪我なく終わることはもちろんのことだが、この祭りの核心はあくまでも、神さまをつつがなく釜無川へお連れし、水防を祈願する――その一点にある。

現在の神輿は約40年前に作り直したものだ。制作にあたっては昔と全く同じ工法が受け継がれている。重さは約800kg。担ぎ手からは「重いから次はもう少し軽くして」という声が上がるというが、「全く軽くなっていないようですね」と古屋さんは苦笑する。

担ぎ手が女装する理由についても、古屋さんは語ってくれた。
「女性の神さまに失礼のないように、という敬意からです。また、担ぎ手が女装することで、その身に女神さまを宿すという説もあります」

担ぎ手は一宮町の10地区が持ち回りで担当し、当番地区数は年によって異なる。日程が毎年4月15日固定のため、平日のときは仕事を調整して参加する人がほとんどだ。それでも「毎年一生懸命人を集めてくれています」と古屋さんは言う。担ぎ手の確保が年々難しくなる時代でも、この祭りの求心力は衰えていない。
担ぎ手インタビュー:この祭りが好きだから、続けている
4年に一度の「大変」を、楽しみにしている

椚(くぬぎ)政博さん(48歳)が初めて神輿を担いだのは、20代半ばの頃だ。父親が引退するタイミングで代わって参加し、以来20年以上続けている。
「大変なのは肩ですね。自分は背が低いから、神輿の上下の動きにうまく体を合わせないと、当たって痛いんです」

神輿のバランスが崩れた瞬間が一番きついという。各地区では事前に練習用の骨組みを使って練習を重ねる。当番は4年に一度。日程は分かっているから、前もって仕事の休みを取り、その日に備える。
「大変だけど、みんな何だかんだ楽しみにしてるんですよ」
椚さんは、はにかんだ笑顔を見せながら、そう教えてくれた。この祭りが好きなのだ、と伝わってきた。
中学生で初めて担いだ神輿

有賀聖明さん(43歳)が初めて参加したのは、中学生の時だった。
「親父が早く亡くなって。参加できる年になったらすぐ参加しました」
この祭りでは、一家から少なくとも一人の男が参加するようすすめられる。参加年齢に決まりはないが、中学生は珍しい。なぜその若さで参加したのか聞くと、有賀さんは少し誇らしげに答えた。
「自分が出たいって言ったんですよ。もう一刻も早く出たくて」

ずっと一番の若手だった有賀さんも、今ではベテランとして皆を引っ張る立場になった。「祭りに出られるのがうれしくてしょうがないんです」と笑う。中学生で初舞台を踏んだあの日から、その気持ちは変わっていない。
中にはイギリス人の英語教師も

イングランド・ケンブリッジ出身のJon Weaneさん(47歳)は、笛吹市一宮町の英会話教室「School of British English」で英語を教えるイギリス人の先生だ。柔らかく穏やかな印象の彼は、カタコトの日本語で取材に応じてくれた。
この祭りに参加したきっかけを聞くと、照れくさそうに一言。
「奥さんが、ここ(一宮)の人だから」

お祭りで大変なのは「飲みすぎ(で酔っ払ってしまうこと)」、楽しいのは「みんなに会えること」だという。
地域の人たちと顔を合わせ、交流できることが嬉しい――そう、Jonさんは穏やかな笑顔で話してくれた。
地元の声:祭りを愛するからこそ、未来を考える
中山雅彦さん(69歳)は、この地に生まれ育った。

「子どもの頃は、浅間神社でお神楽を見るのが不思議で、楽しみでした」
大人になってからは、担当区の当番が土日に当たる年は必ず帰省し、実家の門柱の前にテーブルを並べて担ぎ手に茶や酒を振る舞ったという。嫁いだ女きょうだいも帰ってきて、甥や姪も集まり「賑やかなものでした」と目を細める。

一方で、長年の課題も口にした。
「やはり、土日開催を検討できないでしょうか。高齢化が進む中、他郷にいる若い者が参加しやすくするためにも」
毎年4月15日という固定日は、この祭りの伝統と深く結びついている。簡単には変えられない。だが、祭りを愛する人ほど、その未来を真剣に考えているのだ。
まとめ:今年も春の空に、男たちの「ソコダイ」が響いた

浅間神社を出発した神輿が、信玄堤の土手を渡御し、三社神社の本殿に納められ、また一宮に戻るまで。「おみゆきさん」の一日は、緊張と笑いと達成感に満ちていた。
取材の最後、担ぎ手の方が首から下げていた木札と腰に巻いていた手ぬぐいを、そっと手渡してくれた。「取材ありがとね」と照れくさそうに。中央に浅間神社の社紋の八重桜が入ったその手ぬぐいは、この日この場所にいた証のように感じた。

男たちの「ソッコーダイっとー!」という掛け声が、今年も春の空に響いた。このまちの人たちが毎年心待ちにする、1000年以上つづく春の伝統「おみゆきさん」。来年の4月15日、あなたもその掛け声をぜひ、生で聞きに来てほしい。
開催情報
| 祭礼名 | 大神幸祭(おみゆきさん) |
| 開催日 | 毎年4月15日 |
| 開催地 | 甲斐国一宮 浅間神社 |
| 公式HP | https://asamajinja.jp/ |
| 住所 | 山梨県笛吹市一宮町一ノ宮1684 |
| アクセス | JR中央本線「山梨市駅」よりタクシーにて約10分 |
| 駐車場 | 公式HP「駐車場のご案内」参照 |
(お祭り当日の駐車案内については、神社公式ブログをご覧ください)




