山梨県笛吹市一宮町で毎年4月15日に行われる春の風物詩、「おみゆきさん」。花柄の浴衣に派手な化粧を施した男たちが約800kgの神輿を担いで町を練り歩く、ほかでは見られない奇祭だ。この祭りの舞台・一宮町で育った筆者が神輿の渡御(とぎょ)に密着。前編では、早朝の担ぎ出しから中継地点・石和(いさわ)八幡宮到着までをレポートする。
※ 本記事の顔写真・インタビューはご本人の掲載許可を得ており、絵巻の画像は宮司・古屋真弘さんの許可のもと掲載しています。
山梨の春を告げる奇祭「おみゆきさん」とは
4月15日の早朝、山梨県笛吹市一宮町にある甲斐国一宮 浅間神社(あさまじんじゃ)の境内には、異様な光景が広がっていた。

花柄の浴衣に白塗り、色とりどりのドーラン(舞台用化粧品)、まるでピエロのような大胆な化粧に、猫耳やうさぎの帽子、そしてカラフルなアフロのかつら。こんないでたちの、体格の良い屈強な男たちが、今か今かと期待に満ちた顔で境内に集まっている。

この男たちが、重さ約800kgの神輿を担いで町を練り歩く。勇壮でありながら、どこか笑いもあって、ここでしか見られない春の風物詩。これが、山梨の春を告げる奇祭「おみゆきさん」だ。
神輿は、甲斐国一宮 浅間神社(笛吹市一宮町)を出発し、担ぎ手たちとともに町内を練り歩いたあと、トラックに積まれ石和八幡宮(笛吹市石和町)、山梨県庁を経由して、約24キロ離れた三社神社(甲斐市)へと向かう。
正式名称は「大神幸祭」

「おみゆきさん」の正式名称は「大神幸祭(おおみゆきさい)」。ここ甲斐国一宮 浅間神社で続く、1000年以上の歴史を持つ祭礼だ。江戸時代には大名行列のごとく1000人規模の行列が町を練り歩いたという。

なぜ男たちは女装するのか
御祭神は、木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)。絶世の美女として名高い女神を、武田信玄が築いた釜無川の堤防・信玄堤へとお連れし、水防を祈願するのがこの祭りの主旨だ。

女装の風習が始まったのは明治から昭和の初め頃といわれている。担ぎ手が花柄の浴衣をまとい、口紅を引いて女装するのは、「女性の神さまに失礼のないように」という敬意からである。また宮司によれば「担ぎ手が女装することで、その身に女神さまを宿すという説もある」とのこと。単なる奇抜さではなく、深い信仰の文脈がそこにある。
密着レポート:朝の出発から石和八幡宮まで
午前7時:地区ごとに神事が始まる
2026年4月15日、天候は曇り、気温16度。まだ一般の参拝客がまばらな境内は、カラフルな浴衣姿の担ぎ手たちで溢れ返っていた。

一宮町には神輿担ぎを担当する10の地区があり、毎年担当地区が交代する。今年の担当は小城・下矢作・末木・本都塚の4地区だ。地区ごとに集まった男たちが順番に拝殿前に集まり、神妙な面持ちで頭を垂れて祈願をする。その顔には濃い化粧が施されている。真剣な眼差しと華やかな出で立ちの対比が、この祭りの持つ独特の空気を作り出していた。

午前7時40分:神輿を担ぎ出し、「ソコダイ」が始まった

「中入れ!」「ぶつけるな!」「待て待て!」
拝殿の右側に安置されていた神輿が担ぎ出された瞬間、担ぎ手たちの怒号のような声が飛び交った。重さ約800kgの巨体がゆっくりと動き出す。固唾を呑む観衆の前で、担ぎ手たちは息を合わせ、慎重に神輿を外へ運び出していく。

拝殿の階段を下り、石畳に神輿が着いた瞬間、境内に盛大な拍手が湧き起こった。期待に沸く観衆が見守る中、先頭で神輿を押さえていた担ぎ手がおもむろに背を反らせ、野太い声で叫んだ。
「ソッコーダイっとー!」
負けじと担ぎ手たちが応じる。
「ソッコーダイっとー!」
繰り返す掛け声に合わせ、片足を交互に外へ踏み出す独特のステップを踏む。野太い男たちの声が、春の空気を震わせた。

「ソコダイ」とは「目的地はそこだ」を意味するという。また独特の足さばきにも深い意味がある。武田信玄が釜無川の氾濫を防ぐために築いた信玄堤――その堤防を踏み固める動作を表しているのだ。掛け声も身体の動きも、この土地の歴史と深く結びついている。
午前9時:沿道で神輿を迎える、笑顔とビールのおもてなし
神社を出発した神輿は、ゆっくりと町内へと進んでいく。20〜30mほど歩いては「ソコダイ」、また歩いては「ソコダイ」。一回の「ソコダイ」は2〜3分ほど続き、担ぎ手が交代しながら何度も繰り返す。約3kmの道のりを、実に3時間かけて練り歩くのだ。

沿道には、住民たちが思い思いの場所で神輿を出迎えていた。掛け声に合わせて嬉しそうに手を叩くお年寄り、スマートフォンを掲げる若者、玄関先から見守る家族――。年に一度の神輿の訪れに、人々の目が輝く。

道沿いのある家の前のテーブルには、担ぎ手たちへふるまうビールやお茶、おつまみが所狭しと並んでいた。金山功さん(67歳)は、家族や近所の人々と一緒に、毎年この「おもてなし」を続けている。特に誰かに頼まれたわけでも、決め事があるわけでもない。

「昔に比べれば、皆さん飲まなくなりましたね」
それでもビール1ケースと日本酒は毎年欠かさず用意するという。おもてなしは担ぎ手だけにとどまらない。神輿の後を追うように来る子ども神輿にも、飲み物を振る舞う。

「子どもたちも、ビールでいいかな?」
功さんがビール缶片手にいたずらっぽく呼びかけると、高学年らしき男の子が2、3人、目を見合わせてニヤッと笑い、「はーい!」と手を挙げた。周囲にドッと笑いが沸く。このゆるくて温かい空気も、「おみゆきさん」ならではだ。
午前11時40分:石和八幡宮へ
約3kmを3時間かけて練り歩いた後、神輿はトラックに積まれ、石和八幡宮へと向かった。
石和八幡宮は、かつて3日間かけて徒歩で目的地まで神輿を担いでいた時代の中継点だ。今はトラックで向かうが、神事は変わらず続けられている。

担ぎ手たちが全員でトラックから神輿を降ろしたあと、境内を「ソコダイ」で練り歩く。その様子を見学に来ていたのは、近くの園の子どもたちだ。
「ソコダイ! ソコダイ!」と元気な声で手を叩いてまねる子どもたち。担ぎ手たちの表情が、自然とほぐれていく。

この後、神輿は再びトラックに積まれ県庁へと向かう。県知事との行事を経て、次なる目的地・甲斐市の三社神社へ。「おみゆきさん」の一日は、まだ折り返し地点だ。
前編まとめ:神輿が、まちに笑顔を連れてくる

毎年4月15日に行われる「おみゆきさん」は、山梨が誇る春の風物詩だ。
浅間神社を出発し、「ソコダイ」の掛け声とともに担ぎ手たちが神輿を担いで町を練り歩く。女装した男たちの真剣な顔と力強い掛け声、嬉しそうに手拍子を打つお年寄り、沿道のおもてなし、子どもたちの笑い声。祭りの前半は、笑顔と熱気に満ちていた。
信玄堤・三社神社への到着、宮司・担ぎ手インタビューは[後編]へ
開催情報
| 祭礼名 | 大神幸祭(おみゆきさん) |
| 開催日 | 毎年4月15日 |
| 開催地 | 甲斐国一宮 浅間神社 |
| 公式HP | https://asamajinja.jp/ |
| 住所 | 山梨県笛吹市一宮町一ノ宮1684 |
| アクセス | JR中央本線「山梨市駅」よりタクシーにて約10分 |
| 駐車場 | 公式HP「駐車場のご案内」参照 |
(お祭り当日の駐車案内については、神社公式ブログをご覧ください)




