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人  |    2025.07.19

クマと人が共に生きる取り組みを絵本に。サイエンスイラストレーター・菊谷詩子さん|長野県軽井沢町【後編】

軽井沢町に移住して、町ではクマと共存するためのさまざまな取り組みが行われていることを知ったサイエンスイラストレーター・絵本作家の菊谷詩子さん。【前編】ではその取り組みを絵本『となりにすんでるクマのこと』にするまでの道のりや、絵本に込めた思いについて聞きました。後編では、日本ではまだ馴染みの薄いサイエンスイラストレーターになったきっかけに迫ります。そして絵本を上梓してから、菊谷さんにある変化が訪れたといいます。それはいったい何でしょうか?

前編はこちら

クマと人が共に生きる取り組みを絵本に。サイエンスイラストレーター・菊谷詩子さん|長野県軽井沢町【前編】

アフリカでの暮らしが生きもの好きを加速させる

菊谷さんの絵本作家デビューは、『となりにすんでるクマのこと』から遡ること14年前。サイエンスイラストレーターとしての活動に注目した福音館書店から声がかかったことがきっかけでした。日本ではあまり聞き慣れない仕事ですが、そもそもどうしてサイエンスイラストレーターを目指したのでしょうか。その理由は、菊谷さんの子ども時代にありました。

小さい頃から自分で捕まえたアリを飼うなど、虫や動物が好きだった菊谷さん。そんな“生きもの好き”に拍車をかけたのが、小学校2〜6年の5年間を過ごしたアフリカでの生活でした。

動物保護区内にある宿泊施設、サファリロッジでの1枚。中央白いブラウスの少女が菊谷さん(画像提供:菊谷さん)

「雨季になるとサバンナにわーっと緑が生い茂り始めるんです。その中を、湯気が立ちのぼる馬の背に揺られながら行くのがすごく好きでした。とっても幸せな記憶です」

​​タンザニアで3年、ケニアで2年を過ごし、ケニアのナイロビでは、ほぼ毎日のように学校の近くにあった乗馬学校に通い、遠乗りをしていたといいます。また家族で旅行といえば、サバンナや国立公園に動物観察に行く「サファリ」でした。キリンやシマウマ、バッファロー、ライオン、ヒョウなどなど、たくさんの野生動物を間近に見る機会に恵まれた結果、ますます動物が好きになりました。

動物が好き×憧れの絵を描く仕事

生きものへの興味と同じくらいの熱量で、菊谷さんがずっと没頭していたのが絵を描くことでした。中学・高校時代は美術部に所属し、美大への進学を考えた時期もありました。でもあくまで写生のように“見て描く”ことが好きだった菊谷さんは、自分には美大は向いていないかも、と考え、生きものについて学ぼうと理系の大学へと進みました。

しかし、大学に入ってからも美術サークルに所属し、カルチャーセンターや東京・神保町の私塾、美学校で絵を学び続けていたといいます。一方、大学では専攻していた生物科学の研究を究めるべく大学院に進みながらも、このまま研究者になるのか悩み始めていた時期でもありました。

そんな時に、大学院の先生が見せてくれた新聞記事がきっかけでサイエンスイラストレーターという職業に出会います。「自分が専攻する生物学を生かしながら、ずっと好きだった絵を描くことに携われる道がある」と衝撃を受けた菊谷さんは、さっそくサイエンスイラストレーターについての情報を集めました。日本における第一人者に話を聞きに行ったり、サイエンスイラストの本場・アメリカのギルド・オブ・ナチュラル・サイエンス・イラストレーターズという団体から資料を取り寄せたりしました。そして、悩んだ末にアメリカへ留学しサイエンスイラストを学ぶことを決意したのです。

留学後は、アメリカ自然史博物館へのインターンが決まりました。院での研究を手放しての渡米だったので、「もう後がない」と、とにかく必死だったといいます。その甲斐あってか、博物館が発行する雑誌の編集部の人と知り合う幸運にも恵まれ、雑誌に掲載するイラストの仕事をもらうことができました。

初めて雑誌に掲載された作品(画像提供:菊谷さん)

その後も日本とアメリカを数年ごとに行き来しながら、科学雑誌だけでなく博物館の展示、図鑑の挿絵など着々と仕事の幅を広げていきます。そんな折、福音館書店から「絵本を作ってみませんか」と声がかかり、これまでに挿絵も含めて3冊の絵本の制作に携わってきました。

絵本を通じて“地域の一員”に

そして今回、イラストだけでなく文章も担当したのが『となりにすんでるクマのこと』。絵本を描く前後で、自身が暮らす地域との関わりにも変化があったといいます。

もともと家にじっとこもってする仕事だったため、地域の人と接する機会が少なかったという菊谷さんですが、絵本を出してからたくさんの人たちとの新たな出会いがありました。

たとえば子どもの通う小学校の保護者が中心となって絵本に関する講演会を企画してくれたり、町の本屋さんが特設コーナーを作って応援してくれたり。また町役場の方や取材をしたピッキオの方など、さまざまな人たちとの交流が増えたといいます。

ピッキオのビジターセンターの一角にも、クマよけ鈴などと一緒に絵本を紹介するコーナーが設置されている

「繋がりが広がったことでまた新しい企画が動き出したりして、絵本を出してよかったなと思っています。やっと地域社会の一員になれた感じがしますね」

移住前に想像していた以上に、軽井沢では身近にたくさんの動物が暮らしていたという菊谷さん。今後取り組みたいことを聞いてみると、軽井沢や浅間山近辺の自然についての絵本を作りたいと語ってくれました。

「軽井沢は本当に自然が豊かで、これだけの密度で異なる種類の哺乳類や鳥類が生息しているのは、私にとってはありがたい環境です」

そう笑う姿は、生きものが大好きだった子ども時代からきっと変わらない、そんな気がしました。

菊谷詩子さんプロフィール

幼少期をケニア、タンザニアで過ごしたことをきっかけに野生動物に興味を抱くようになる。帰国後、東京大学理学部生物学科に進学。修士号を取得後、米カリフォルニア大学へ留学、サイエンスイラストレーションを専攻。アメリカ自然史博物館でのインターン期間を経てニューヨークを中心に活動。2019年に軽井沢町に移住。現在は教科書、図鑑、博物館の展示、絵本等のイラストを主に制作している。

『月刊たくさんのふしぎ となりにすんでるクマのこと』(福音館書店)

書店への注文のほか、Amazonヨドバシ.comなど各種Webストアから購入できます。

撮影協力:NPO法人ピッキオ イカルカフェ

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この記事を書いた人

那須あさみ

山口県出身→東京都→栃木県→長野県在住4児の母。日々、子どもたちに翻弄されながらもライターとして活動中。趣味は読書、映画鑑賞、ヨガ。お店も人も自然も、まだまだ知られていない地元の魅力をみなさんにお届けしたいと思います。

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