
山梨県市川三郷町の大塚地区は「のっぷい」と呼ばれる肥沃な土地で有名です。
「のっぷい」は、八ヶ岳や茅ヶ岳の火山灰が8000年から10000年前に降り積もってできた特別な土壌。水はけが良く、ミネラルと栄養が豊富で、石が少ないため作物の根がしっかり伸び、のびのび育ちます。
そんな土地の恵みを活かし、大塚地区では驚くほど長い「大塚にんじん」をはじめ、桃やトウモロコシ「甘々娘(かんかんむすめ)」など、さまざまな特産品が育まれてきました。
この地で100年以上農業を営む信田(しだ)農園。91歳の百合雄さんを中心に、三世代にわたり家族みんなで農業を守り続けています。
チャンピオンの作る大塚ニンジン
「『大塚ニンジン』は平均で1メートルにもなる長いニンジンだよ。トレンチャーって機械で1メートル以上掘った後、手作業で引き抜くんだ。土が柔らかいから、すっと抜けるんだよ」と百合雄さん。

山梨県内の小中学校では、秋になると「大塚ニンジン」を使った炊き込みご飯が給食に登場します。甘くて美味しいので、子供達にも大好評なんですよ!
百合雄さんは「大塚ニンジン品評会」で何年も連続で最優秀賞を受賞してきた、まさに「チャンピオン」。大塚地区でも最大の作付面積を誇ります。

信田農園では大塚ニンジンのほか、甘くて人気の「甘々娘」や桃、お米も育てています。
夏の主役は「桃」

桃は6月中旬から7月末まで収穫の最盛期を迎えます。信田農園では「夢みずき」「なつっこ」「一宮水蜜」など、最盛期には10品種ほどの桃を育ててきました。
品種改良が進み、糖度はなんと18度〜19度ほどに。スイカや市販のジュースが10度ほどなので、これはもう、とろけるような甘さです!
桃はとても繊細で、剪定や消毒にも細心の注意を払っています。
「木の手入れが大変だね。枝をいい形に伸ばして、作業しやすく仕立てるんだ。2mに剪定しても、実がなると重みで1m50くらいに枝が下がる。その分を見越して剪定をするんだよ」と百合雄さん。

まるで我が子を育てるように手をかけて、桃を大切に育てています。農薬もなるべく使わず、手作業での除草を行うなど、環境にも配慮しています。
「昔は、朝4時に真っ暗なうちに畑へ行って、日の出と同時に収穫を始めたんもんだ。日が高くなる前に作業を終えないと、もう暑くて仕事にならないからね」と百合雄さん。
収穫期には親戚も泊まり込みで手伝い、1日120箱(5kg入り)も出荷したことがあったそうです。
縁側から伝わる、百合雄さんの匠の技

百合雄さんの畑には、長年の経験と研究の積み重ねがあります。若いころから農業試験場で研鑽を重ね、のっぷいの土地に合った栽培法を追求してきました。
そんな百合雄さん元には、近所の人たちがひっきりなしに訪れ、縁側でお茶を飲みながら「今年のニンジンはどう?」と相談していく光景が日常です。
「土地に合った肥料を使わないと、いいものはできない。どこでも同じやり方じゃダメなんだよ」と百合雄さん。
相談には一人ひとりに合わせて丁寧にアドバイスを送り、地域全体で農業を盛り上げようという想いが伝わってきます。
「訳ありの桃でも、適当なものは出したくないんだよ」と、品質へのこだわりは強く、「お客様に喜んでもらいたい」という気持ちが家族全員に根付いています。
地元の温泉「みたまの湯」の直売所でも、信田家の桃は飛ぶように売れるそうです。みんなおいしさを知っているのでしょうね!
若い力が広げる、信田家の新しい農業

「今は孫夫婦も休みの日に手伝いに来てくれるんだよ。よく手伝うから、自然と技術が身についていくんだね」と目を細める百合雄さん。
お嫁さんの尚美さんは、結婚後に初めて信田家の桃を食べ、その美味しさに感動。「この美味しさをもっと多くの人に届けたい!」と、ネット販売を始めました。
形が少し悪くても味は抜群の「アウトレット桃」まで、全国に届けるとすぐに完売するほどの人気ぶり。お客様から喜びの声が届くのが、何よりの励みです。
従来の農協出荷や直売所販売に加え、ネット販売やふるさと納税など、新しい販売方法にも挑戦しています。
「将来的には別のサイトにも出していきたい」と尚美さんは語り、若主人の幸宏さんも「おじいさんがこれだけ頑張って続けてきてくれた農業だから、その経験を受け継いで、もっと多くの人に喜んでもらえるようにやっていきたい」と力強い言葉を聞かせてくれました。
信田家が描く農業の未来

信田家のように、伝統を守りながら新しい挑戦を取り入れる姿は、農業に携わる若い世代や、新しく農業を始めようと考えている人に大きなヒントを与えてくれます。
「農業の未来は厳しい」と言われる中でも、こうした取り組みは日本の農業を明るくする小さな、でも大切な一歩。取材を通して、強くそう感じました。
信田農園
- 甘々娘(6月中旬)
- 桃 (6月下旬〜7月中旬)
- 大塚ニンジン(11月下旬〜12上旬)