
春日山原始林は古くから春日大社の神山として守られてきました。1100年以上もの間、人の手がほとんど入っていない原生的な森です。
山の周りには遊歩道があり、ハイキングを楽しむコースがいくつか存在します。今回は、春日山原始林を約11㎞周遊するハイキングコースを歩いてきました。
この記事では、春日山原始林の歴史についてや、周遊コースの体験談の紹介、そして春日山原始林の保全活動について解説します。
1.春日山原始林の歴史的背景と文化的価値
(1) 1100年以上続く聖域:春日大社と原始林の歴史
春日山原始林は、古くから春日大社の神聖な森として大切に保護されてきました。歴史が動いたのは、平安時代841年のことです。当時の仁明天皇の勅命によって、原始林での狩猟や伐採が全面的に禁止されました。
この厳しい禁令が現代に至るまで守り続けられた結果、人の手がほとんど入らない原始林が残されました。そのため、この森は豊かな自然だけでなく、長い信仰の歴史が育んだ文化的な価値も持つ特別な場所となっています。
(2) 春日山原始林が世界遺産・特別天然記念物に登録された経緯
春日山原始林は、歴史的・自然的な重要性から、二つの大きな登録・指定を受けています。
最初に評価されたのは、人工的な手がほぼ加えられることなく、原始的な状態を保った自然です。都市近郊にありながら1100年以上も人の手が加わっていない世界的に稀な森であることが認められ、1955年に国の「特別天然記念物」に指定されました。
さらに、この森は古くから春日大社の神域として守られてきた文化的価値も持ち合わせています。その歴史的背景が評価され、1998年に「古都奈良の文化財」の構成資産の「文化遺産」として、ユネスコの「世界文化遺産」に登録されました。
2.春日山原始林周り周遊:約11㎞のハイキングコース
今回私が歩んだルートのスタート地点は、春日大社の南、高畑地区の南側にある春日山遊歩道入口です。東側の南部遊歩道を経て北上、北側に位置する春日山遊歩道入口へと戻る反時計回りの周遊ルートになります。この周遊ルートは、北側より南側へと時計回りに進むことも可能です。
遊歩道の途中には、小規模な休憩場所や見どころとなるスポット、3か所の山の交番が設けられています。苔むした石畳が長い年月の流れを感じさせ、原始林の深い自然と古都奈良の歴史が合わさった、趣のあるハイキングを楽しめます。
今回、ハイキングで訪れた要所ごとに時計時刻も記録しました。所要時間の参考目安になるかと思います。
(1)春日山遊歩道入口 ~スタート11時32分~
近鉄奈良駅からこの春日山遊歩道入口までは、約30分を要しました。いよいよここからスタートです。

入口から少し進むと1か所目の山の交番があります。警察官も常駐されています。春日山遊歩道入口から直ぐの交番の近くには、地図の案内板が設置されています。

道を歩いている途中、野生のシカと遭遇しました。奈良公園では毎年秋に、観光客が多く訪れる平坦地やその周辺にいる雄ジカの角を、安全のために切り取る「鹿の角きり」という伝統行事が行われています。

しかし、春日山原始林の奥にいるシカは、観光客に近づくことが少ないため、角きりの対象にはなりません。そのため、角が生えたままの雄ジカが生息しています。奈良公園のシカと違って野生のシカは警戒心が強く、距離を詰めようと少し動くと逃げていきました。
(2)妙見宮(みょうけんぐう)~12時20分~
こちらは、1909年(明治42年)に、龍光院日昭上人によって創立された日蓮宗の修行道場の場所です。

紅葉の木もところどころ伸びており、10月下旬現在ではまだ青い葉の状態でした。11月、12月になると、赤が映えた美しい紅葉が見られるそうです。

(3)地獄谷園地 首切り地蔵 ~13時07分~
地獄谷園地の首切り地蔵は、通称「滝坂の道」沿いにある史跡です。地獄谷園地の三差路に立つ石仏で、首の部分に刀で斬られたような傷跡があるのが特徴です。すぐそばには、休憩所やトイレが整備されています。

(4)大原橋 ~13時32分~
大原橋は、鶯の滝へと向かう遊歩道です。橋のすぐ下には小川が流れています。開けたスペースとなっており、開放感があります。橋の側には休憩舎も設置されており、息や足を休めるにはちょうど良いでしょう。

春日山原始林が世界遺産登録されたことを印した記念碑も置かれています。記念碑本体には登録年である「平成10年(1998年)」の銘が刻まれています。

(5)鶯の滝 ~13時46分~
鶯の滝には、入り組んだ下り道を降りていき10分から15分でたどり着けます。昼間でも薄暗い森の奥深く、凛とした静寂の中に滝の音が響き、神秘的な雰囲気に包まれています。大原橋への帰りは、坂や階段を上らねばならず大変でした。

鶯滝から大原橋へ引き返したときの時刻は14時丁度でした。
(6)花山・地蔵の背 ~14時09分~
花山・地蔵の背は、路肩に佇む石仏です。地蔵が山の背に位置していることから、その名がつけられたと考えられています。

(7)中水谷休憩所 ~14時48分~
ゴール前最後の休憩所です。

(8)北側の春日山遊歩道入口 ~ゴール15時11分~
原始林周りを周遊して、遂に北側の春日山遊歩道入口(ゴール)にたどり着けました。
スタートからゴールまでは、計算すると3時間39分かかりました。体力はまだ大丈夫でしたが、足の筋肉と関節が悲鳴をあげていました。

原始林の遊歩道には、傾斜の大きい坂や階段はほとんど見られませんでした。周遊するとなると約11kmの距離がありますので、心身の準備はもとより、ハイキングに必要な装備もしっかりと整えておくことをお勧めいたします。

3. ハイキングを楽しむ際に注意したいポイント
春日山原始林でハイキングをする際は、自然や文化財を保護するためのルールを守り、事前の準備をしっかり行うことが大切です。以下に主な注意点をまとめます。
(1)自然と文化財の保護に関する注意点
- 動植物の採取・持ち出しは禁止
原始林は特別天然記念物および世界文化遺産に指定されており、自然保護のため、葉っぱ一枚たりとも持ち帰ることはできません。
- 遊歩道以外の立ち入り禁止
希少な自然を守るため、指定された遊歩道から外れて林内に入ることは禁止されています。
- 火気の使用・喫煙は厳禁
火災防止のため、林内での火気の使用や喫煙は全面的に禁止されています。
- ごみは持ち帰る
ごみはすべて持ち帰りましょう。美しい自然環境を維持するために協力が必要です。
(2)その他の注意点
- シカ
原始林内にも神聖な存在であるシカがいますが、近年は数が増え、植生への影響が問題視されています。生態系の変化に配慮し、見守る姿勢を大切にしましょう。
- ヤマビル
気温と湿度が高い時期には、ヤマビルが発生することがあります。ハイキングに適した服装を心がけ、ヒル対策(忌避スプレーや肌の露出を極力減らすなど)をしておくとより安心です。
- マムシ
春日山原始林でも生息が確認されています。特に、暖かくなる時期(初夏から秋)には活動が活発になります。マムシは茂みや落ち葉の下に潜んでいることが多いため、指定された遊歩道を歩きましょう。
- スズメバチ
夏から秋にかけて特に活動が活発になり、巣を守るために攻撃性が高まります。私も、ハイキングをしたこの日に、人差し指サイズのものに数度遭遇しました。くれぐれもお気をつけください。
- 熊
奈良県庁・奈良公園室の報告によると、2025年7月9日に、春日山原始林の遊歩道(鎌研交番付近)でツキノワグマと思われる目撃情報がありました。春日山原始林やその周辺へお越しの方は、くれぐれもお気をつけください。
- 日中の暗さ
原始林の奥深くは日中でも光が届きにくく、薄暗い場所があります。足元に注意して歩きましょう。
- 公衆トイレ
コース上にトイレはありますが、場所によってはトイレットペーパーがない場合があるので注意が必要です。
4.原始林の自然はどう守られている?未来へつなぐ保全活動

1000年以上守られてきた春日山原始林ですが、その豊かな自然を未来へ引き継ぐためには、現代ならではの課題への対応が欠かせません。
近年、森ではシカが若い木を食べてしまう食害や、本来の生態系を乱す外来植物の侵入、そして、虫が要因で木が枯れるナラ枯れという病気の被害などが深刻化しています。このままでは、森の姿が少しずつ変わってしまう恐れがあるのです。
こうした課題に対し、専門家やボランティアの方々によって、森の状態の定期的な調査や外来種の駆除、シカの食害から木を守るための柵の設置、照葉樹林の維持保全など地道な活動が続けられています。
私たちが今、この貴重な原始林の自然に囲まれた遊歩道を散策して楽しめるのは、 未来へつなぐための尽力があってこそです。訪れる私たち一人ひとりも、 ルールを守り自然を大切にすることで、この森の保全に貢献できます。
アクセス
最寄駅:近鉄奈良駅
春日山遊歩道入口へのアクセス
- 北側入口(春日山遊歩道入口・北コース)
住所: 奈良県奈良市春日野町 入口の近くの目印として水谷神社があります
- 南側入口(春日奥山遊歩道入口・南コース/滝坂の道方面)
住所: 奈良県奈良市高畑町
通り: 高畑地区(破石町バス停付近)から東へ進む道
春日山原始林を散策するための地図入手場所
近鉄奈良駅ビル1階にある近鉄奈良駅観光案内所で、ハイキングの話を伝えると無料で地図を頂けます。




