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スポット  |    2024.08.15

本と人、人と人、人と街をむすぶ図書室「ほんむすび」|大阪・あべの

大阪市阿倍野区、あべのハルカスより南の駅間の住宅街にある聖天山公園。広場に向かい合う住宅にまぎれて、一軒の木造の建物が立っています。

公園内にひっそりと位置する木造の建物。写真でみる建物左側からはスロープで入ることができます

「みんなの図書室 ほんむすび」。公園に来た人がふらっと立ち寄れる、私設のシェア型図書室です。

シェア型図書室という言葉になじみがないかもしれませんが、実は近年、私設図書室(図書館)の新たな形態として共同運営型のものが増えていて、ほんむすびもそのひとつなんです。

だれかのおすすめ本が並ぶ棚

中にお邪魔して、本棚を見せていただきました。

ほんむすびの棚には、漫画や詩集、小説にゲームブックなど、さまざまなジャンルの本が揃っています。子育てや医療などお悩みに寄り添う本も、お子さんが借りられる絵本や児童書もあります。

漫画「ONE PIECE」や童話など、棚ごとに違う本のラインナップ。洋書もあります

よく見ると、棚ごとにテーマや特色が違うことに気づきます。ここでは本棚オーナー制という制度を採用していて、本をならべたのは私たちと同じ一般市民。板で区切られた一区画を借りた本棚オーナーが、好きな本や、誰かにおすすめしたい本を置いているんです。

室内には合計10脚の椅子。テーブルもあり、気になる本はその場で読めるようになっています

本棚の中身をときどき入れ替えるオーナーもいるので、足を運ぶたびに変化があるのも特徴です。

その場で本を読むのはもちろん無料。もし借りてじっくり読みたい場合は1人2冊、およそ2週間まで貸し出し可能で、初回のみ有料の貸出カードを作る必要があります(大人500円・中学生以下200円。一度作ったカードはずっと使えます)。

ほんむすびは、建築士でもある起田陽子さんの設計事務所「Rehabilitation Design Lab」に併設される形で運営されています。木造住宅をリノベーションした室内は、木のぬくもりと、外から入る日の光で落ち着く空間になっています。

外よりほんの少しだけ光量を落とした空間。本を読むのにちょうどいい明るさ

みんなで「図書室をつくる」という発想

「みんなの図書室」は、本棚オーナーとなる方に一棚をお貸ししておすすめの本を並べてもらい、本を持ち寄ってみんなで図書室を作るシステムです。

このシステムを考案したのは静岡県焼津市にある「みんなの図書館さんかく」。その後全国に取り組みが広がり、同じ制度を活用する図書室がいまや80軒以上。

それぞれ特色があり、お近くの図書室は「みんとしょネットワーク」で探すこともできます。

ほんむすびの場合、本棚オーナーが希望する時に店番を担当し、その時だけ図書室を開ける方式です。店番中にドリンクや軽食を出したり、何か販売したりすることも可能ですが、基本は図書室の番をするだけで構わないそうです(店番なしで本棚のみ借りるのもOKで、実際にそうされている方もいます)。

また、本棚オーナーになると月に2時間図書室を貸し切ることもできます。ワークショップや会議で利用する方もいて、基本ご自由に使っていただいているそうです。

カウンター横にある本の紹介コーナー。自由に持ち帰ることができるフリーペーパーも

「ちょっと話を聞いてほしいな」が実現する空間

代表の起田さんに、いくつかお話をうかがいました。

――どういった経緯で設立されたのでしょうか。

「建築士として独立して設計事務所を建てる時、最初は『暮らしの保健室』がやりたいなと思ってたんです。街の中にある保健室みたいなイメージで、病院に行くほどじゃないんやけど、相談したいな、ちょっと話聞いてほしいなで利用できる場所」

「ただ、隔週や月イチのいわゆるイベント型にすると行くハードルが上がって、元気な方は来れても、ふらっと来てしゃべるのが難しそうだなと思って」

気軽に来れる人を増やしたい。そう悩んでいた時に兵庫県豊岡市の「だいかい文庫」の取り組みを知り、視察の結果「これだ」と思ったそうです。だいかい文庫も医師が運営する図書室で、ときどき店番に医療・福祉従事者が入る形式をほんむすびでも取り入れています。

本が人と人を結ぶ、心地よい距離感

――図書室、というのがいいですね。間に本が入ってくれると心地よい距離感になるというか。

「本があると、本を言い訳にして入りやすいかなって。ちらっと見てすぐ出てもいいし、気になる本があったらちょっと読んでいってもいい。慣れてきたらもちろん店番の人と話してもいいし、関わり方のグラデーションの中で選べるのもすごくいいかなって」

午後でもほどよく日の当たる空間。右の入り口から二階に上がれば、古書店「ヴィスナー文庫」が営業している日も

ほんむすびがあるのは、「ふらっと立ち寄る」のにちょうどいい公園の中。

はじめは商店街で空き家を探していましたが、家賃の高さに断念。悩んでいた時、知り合いの建築士さんが「ここあるんやけど」と公園の目の前の物件を教えてくれて、ぴったりと感じたそうです。

改装前はアルミの開き戸で段差がついていましたが、車椅子でも入りやすいようにと段差を撤廃。スロープを設けるなど、できるだけ障害物を減らしています。

人と人が触れ合える空間を

店番をしている方には医療や福祉の従事者がいるものの、病院や施設で会う時のような垣根を感じない。そんな印象を伝えると、起田さんからはこんな言葉が返ってきました。

「そう感じていただけたらすごくありがたいです。やっぱり病院で出会うと役割で見てしまうんですけど、ここでは町の人同士。しゃべってるうち、『看護師さんやったんや。じゃあちょっとこれ聞きたいねんけど』みたいな。そういう関係がいいなと思っているので」

相談ごとを人に聞かれたくない方のために、予約して相談できる「居場所の相談所」の時間も別途設けていますが、世間話の中でぽろっと悩みをこぼせるような空間設計を大事にしています。

地域との結びつきからうまれたベンチ

2024年の5月。ほんむすびの前に、木づくりのベンチが設置されました。

屋外に備えられたベンチは、ひなたぼっこしながら読書したい方に好評の様子。公園側からさしこむ光に、優しい木目が浮かび上がります。

日当たりのいい場所に置かれたベンチ。この日もちょうど読書日和でした

実はこれ、募金でベンチをつくる「にしなりベンチプロジェクト」で設けられたもの。

大阪市西成区のあいりん地区に隣接する「山王訪問看護ステーション」が呼びかけ人となり、街中にこつこつ作り続けたベンチの、ちょうど8台目でした。

「街中にベンチがあるといいなって思いは小学生ぐらいからありました。いったんは忘れてたんですけど、ここ10年ぐらいでベンチを置くプロジェクトが増えて、2年ぐらい前に西成のプロジェクトを知ったんです」

「山王訪問看護ステーションの吉村さんが昨年イベントに来てくださり、『実はここの前にもベンチを作りたいんですよ』っていったら『全然いいですよ』って」

「ただベンチを置くだけでもすごくいいんですけど、みんなで作るのがほんむすびのコンセプトともすごく合ってるなって。やってみてめっちゃ勉強になりましたね」

人も本棚も「めぐる」のがいい

本棚オーナーは現在50名ほど。中にはオーナーを卒業してやめていく方もいますが、起田さんはそのことを喜ばしく思っています。

「オーナーさんも店番してくれる方もゆるく入れ替わりがあって、それがすごくいいなと思うんです。常連さんが固まってしまうと、それはそれでいいんですが、コミュニティが固定してしまう可能性もあって」

「新しい方でも来やすい空気感というか、本棚オーナーさんもめぐっていくのが実はいいんやろうな、と思っています。やめますって言われると運営者としては若干焦りもあるんですけど、次のステップに進んで卒業されるなら、それもすごく嬉しいんです」

中には、本棚を通じて自分の「好き」をアピールできるようになった方や、雑貨作りをしていたオーナー同士が知り合い、片方の開店したお店に作家として加わっていたケースもあるそうです。

それまでこっそり続けていた「推し活」を、周囲に伝えられるようになった、なんてお声もあるのだとか。

代表の起田陽子さん。起田さんの棚には建築や空間設計の本なども並んでいます

「あと、本棚ってある意味その人の頭の中を晒してるような形なので、話が芯の部分に入っていきやすい利点もありますね。『今日はいい天気ですね』からはじめるんじゃなく『あれ、お好きなんですね』から入れるのがよくて」

本棚オーナーを希望される方は、月額2,500円で空いている棚を借りることができます。月のいつからはじめるかの相談も可能で、辞めたい場合は解約月の19日までに申し出れば、月末まで借りられる仕組みです。

「本棚オーナー制の魅力を伝えたい」

2022年5月10日にオープンしたほんむすび。今後の展望について尋ねると「こんな場所あるよ、というのをとりあえず知ってもらいたいですね」と話してくれました。

「あと、本棚オーナー制の持つ力をすごく感じていて、魅力を伝えたいです」

「今の世の中、自分の好きなことを純粋にただ好きだと言える場が少ないと感じるんですけど、本っていう媒体は自分の好きを表現できるひとつの手段で、本棚オーナーをきっかけに新しいことをはじめる方も割と多くて。町や人に関わる最初の一歩になる、すごくいいシステムやなと、やりながら気づいたんです」

お話を聞くうち、心がうずうずするのを感じました。

本が人の気持ちをめざめさせ、人と人をむすんで新しい何かを生み出す。起田さんの語る本棚オーナー制の秘めた力に、自分だったらどんな本をならべるだろう、と私も思いを馳せていました。

そっと添えられた「社会的処方」。だれかのお悩みの「薬」になるかも、な本たちが封筒の中で出番を待っています

ほんむすびでは、起田さんだけでなくいろんな人生経験をお持ちの方が図書室の店番をしています。

人恋しくなったり、何も用事はないけどふらっと立ち寄りたくなったら、こんな場所もあるんだってこと、思い出してみてくださいね!

ほんむすび 開館情報

不定期オープン

詳しくはSNSや、Webサイトの営業カレンダーをご確認ください(直前に変更する場合あり)

みんなの図書室 ほんむすび Webサイト

ほんむすびへの行き方

大阪府大阪市阿倍野区松虫通3丁目3-11

阪堺線「松虫」徒歩7分/阪堺線「北天下茶屋」徒歩7分/南海本線「天下茶屋」徒歩11分/大阪メトロ御堂筋線「昭和町」徒歩16分

ほんむすびの建物は聖天山公園の東側にあり、公園から直接入れます。

公園に駐車場はないため、お車でお越しの際は近隣のコインパーキングをご利用ください。

聖天山公園。写真の奥、公園の東側にほんむすびの建物があります

車椅子などで移動される場合は、公園の南か北東の入り口がスロープになっていますが、一部坂道の箇所があります。

お手伝いが必要な方は、Webサイトのお問い合わせフォーム、または各種SNSのDM(ダイレクトメッセージ)でご連絡ください。

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この記事を書いた人

晴海悠

大阪市在住の兼業ライター。趣味は街歩きとカフェ・本屋巡り、街の中で「ほっと一息つける場所」を見つけるのが得意。似顔絵アイコンは山中麻未さん(Atelier Mimir)に描いていただきました。

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