ニューヨークタイムズ紙が選んだ「2024年に行くべき52カ所」に選ばれた山口市。
室町時代の画家雪舟は、西の京と呼ばれた山口を本拠地とする守護大名大内氏と深い関わりがありました。
雪舟作と伝わる庭園のある常栄寺では、5月下旬から7月上旬にかけて、天然記念物のモリアオガエルが産卵を行います。
この記事では、国の史跡・名勝の雪舟庭とモリアオガエルをご紹介します。
常栄寺とは?
常栄寺とは、戦国大名毛利元就の息子である毛利隆元の菩提寺です。
「もともとの常栄寺は毛利家の本拠地、安芸国の郡山城内(広島県安芸高田市)にありました。毛利家が山口県に本拠を移して以降、大内氏ゆかりのお寺は名前が変わるのが特徴です。面白いでしょう?」
常栄寺のご住職が教えてくださいました。
室町時代、周防長門(現在の山口県)を治めた守護大名大内氏によりこの地に建てられたお寺の名前は、妙喜寺でした。
「妙喜寺から妙寿寺へと名前を変え、明治時代に常栄寺に変わったのです」
常栄寺には、妙喜寺の名前の元となった大内政弘の母のお墓と雪舟の筆塚が並んで残されています。
常栄寺の雪舟庭
常栄寺の雪舟庭は、今から500年前の文明年間(1469年から1486年)に、大内政弘が雪舟に依頼して作られました。
大正15年に国の史跡及び名勝に指定された雪舟庭は、三方を山に囲まれた本堂北側にある池泉廻遊式庭園です。
本堂に座って眺めると静寂の世界。
池の周りは小高くなっているので、散策しながら高低差を生かした動の世界を楽しめるのです。
西の京山口を作った守護大名大内氏と雪舟
雪舟は、日本独自の水墨画の画風を確立し、画聖とも呼ばれる室町期の画家です。
現存する作品のうち6点が国宝に指定されており、日本の絵画史で高い評価を受けています。
雪舟はその生涯に2度、山口に滞在していました。
現在の山口市を拠点にした大内氏は、京都を模した街作りを行っています。
応仁の乱の西軍の主力であった大内政弘は、京都から逃げてきた文化人を山口に受け入れました。
一方、百済国王の末裔であることを主張していた大内氏は、朝鮮王朝や明と活発な交流を行っており、京都の文化と東アジアの文化が融合した「大内文化」が花開いたのです。
雪舟は、大内氏の遣明船で明に渡ります。
30代後半から明に渡るまでの10年近くと、帰国後の最晩年を大内氏の庇護のもと、山口で過ごしたのです。
天然記念物モリアオガエルが生息する庭
私が常栄寺を最初に訪れたのは、3月でした。
山頂にある毘沙門堂を目指して山への階段を登り始めた私が見つけたのが、この「モリアオガエル棲息地」の看板です。
雪舟庭とモリアオガエル
天然記念物のモリアオガエルは、森林に生息する日本固有種のカエルです。
5月から7月の産卵期には、水辺に集まり木の枝に産卵します。
泡巣の中には300〜500個の卵があり、1週間程度でおたまじゃくしになり木の枝から池に落ちます。
常栄寺の四明池は、山口県内有数のモリアオガエルの繁殖地だったのです。
本州全域に棲息しているモリアオガエルの分布の西限は山口県!
雪舟庭とモリアオガエル、面白い組み合わせだと思いませんか?
モリアオガエルの卵
6月中旬、モリアオガエルの卵を探しに再び常栄寺を訪れました。
受付の方からは「昨日、行政の方から卵があったと聞いているので、見つかると思うけれど。気をつけていってらっしゃい」と見送られます。
「木の枝を持って歩きなさい。枝が動いたら青大将が卵を狙っているからね」とご住職に教えてもらい、ちょっと恐々としながらモリアオガエルの卵を探しました。
春に訪れた時より、木の影で森が暗くなっています。
池へ向かう道を曲がり、目を凝らして観察すると見つけました!
角度を変えて別の枝をじっくり見ると、もう一つあります。
小さな池ですが、道の側で2つの泡巣を見つけました。
モリアオガエルの卵を見に行こう!
国の史跡及び名勝の雪舟庭と天然記念物のモリアオガエル。
雪舟庭をめぐる道は、自然の高低差で眼下に池を眺めながら心地よい散策です。
大内文化を今に伝える雪舟庭と、自然豊かな森林にすむモリアオガエル。
季節を問わず美しい景色が楽しめる雪舟庭ですが、5月から7月に常栄寺を訪れる時にはぜひモリアオガエルの卵を探してみてください。
常栄寺
住所:〒753-0011 山口県山口市宮野下2001-1 電話番号:083-922-2272
開園時間:8:00〜17:00(11月〜3月は16:30閉園)
駐車場:あり