"わさもん"だからではありません。
熊本県や長崎県の墓地を歩くと、金文字が刻まれた墓石が目を引きます。初めてこの光景を目にした時は驚きました。東日本から移住した筆者は、お墓というとモノトーンのイメージしかなかったからです。
熊本の方言で新参者を意味する"わさもん"は「新しいもの好き」という意味があります。この独特な光景に興味をそそられた筆者は、なぜこの地域では金文字の墓石が主流なのか、地域特有の文化に込められた意味を探ってみました。しかしその理由は単純に「新しいもの好き」だからではありませんでした。
「金文字墓石がこの地域で主流となった背景には長い歴史があります」と、創業86年を誇る熊本県内最大級の墓石店、あらき石材の荒木正人代表取締役は教えてくれました。
「金文字が主流になった理由は諸説ありますが、この伝統には深い文化的意義があるんです。お墓の金箔文字は長崎で最も多く見られ、そこから天草、熊本などに広がっています。佐賀、福岡にも見られますが、宮崎や大分、鹿児島になるとその割合は下がります。
長崎は出島を通じて中国の影響を強く受けていることはよく知られています。一方で、仏教伝来も長崎の墓文化に大きな影響を与えたと考えられます。
この伝統の起源は江戸時代後期にさかのぼり、長崎を中心に広まったと言われており、仏教の影響と長崎の特殊な歴史的背景が大きく関わっているんです。
仏教では、金色は悟りや浄土を象徴し、尊崇の念を表す色とされています。金文字を使うことで、故人への敬意と、その魂が浄土へ向かうことへの願いを表現しています。
時代とともにこの伝統は熊本や天草にも広がり、今では地域のアイデンティティの一部となっています。単なる装飾以上の意味を持ち、人々の信仰や価値観を反映する重要な文化遺産なんです」と荒木氏は続けます。
「この伝統は、地域の人々の先祖を敬う心として今日まで大切に受け継がれてきました。私たちはその継承に努めています」
「当初は、”わさもん”好きの熊本県民が金箔の派手さに飛びついて根付いた文化が今も継承されているのだと思っていました」と荒木社長は笑います。
「仏教徒の多いミャンマーでは仏像に金箔を貼ることで先祖供養となる風習があります。金は昔から価値のあるもの、尊いものとしてご先祖様を祀る象徴です。お墓というのは、その方の生きてきた背景や育ってきた文化的な思考も含めて尊重するべきものなのです」と荒木氏は力強く語ります。
金文字はすべて手作業
文字彫り、金箔貼りの技術は、石工から石工へと代々受け継がれてきました。字体一つ一つを丁寧に彫り進める匠の技には深いこだわりがあり、荒木社長は若手石工への指導にも力を入れています。伝統的な技法を守りつつ、技術の進化と継承を図っています。
荒木氏自身も「石匠位」という資格を保持しています。「石匠位」とは、経済産業省公認の全国石製品協同組合が制定した最高位の資格。石工業界の発展と社会的評価向上に貢献する能力を持つ者に与えられ、高度な技術と知識を認定する制度で、業界の専門性と卓越性を示す重要な指標となっています。
荒木氏は最近も、能登の被災地で墓石を立て直すボランティア活動や、地元の小学校への記念碑寄贈など、常に人に寄り添う活動を行っています。金文字の伝統技術継承に努める一方で、日々の活動を通じてきめ細やかで思慮深い人柄が伝わってきます。
熊本県や長崎では、金文字墓石の文化が長い歴史を通じて育まれてきました。社会の変化に伴い、お墓に対するニーズも多様化している一方で、あらき石材では変わらず品質にこだわった純国産の金箔を使用し続けています。
「この文化は単なる装飾以上の意味を持ち、地域の歴史や信仰、人々の価値観を反映しています」と荒木氏は続けます。
墓地のあり方や葬送の形式が多様化する現代社会において、金文字墓石の文化をどのように継承し、または変革していくかは、地域社会全体で考えるべき課題となっています。さらに、お墓を持たない方も増える中、この文化の持続可能性を高めることが重要です。
今後、この文化がどのように変容し、または保存されていくかは、注目に値する社会的課題なのではないでしょうか。墓石の形態が変化していく中で、先人への感謝の気持ちを伝える金文字は、この地域の特徴的な文化遺産と言えるでしょう。伝統の価値を保ちつつ、時代のニーズに応じた進化を遂げていくことが鍵となります。
この地域の歴史と人々の想いを映す鏡として、金文字墓石の文化は貴重な遺産です。お墓を見れば故人の人となりが偲ばれる、その伝統を荒木氏のような思慮深い職人が支え、より価値のあるものとして継承していました。なにか困った時はぜひ気軽に相談してみてくださいね。
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