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もの・こと  |    2024.08.25

キッチンカーで「地域のにぎわい」を作る。つなぎ局・村上裕紀子さんの活動の原点とは

北アルプスの山々を背に、田舎の道をひた走る、目を引く黄色いキッチンカー「デリナカズミ」。田舎コロッケやメロンソーダなど、懐かしさを感じるメニューが人気のお店です。

デリナカズミが目指すのは、キッチンカーの出店を通して「地域のにぎわいを作る」こと。運営するのは、一般社団法人ながの移動販売つなぎ局の代表・村上裕紀子さんです。村上さんがキッチンカーで描く未来とはどのようなものなのか、北アルプスの麓の小さな集落に出店する村上さんのもとを訪れました。

地域の居場所づくりの一助に

長野市から車で1時間30分、北アルプスの麓に位置する人口2600人ほどの小さな村・小谷(おたり)村。ここで村上さんは、月2回キッチンカーの出店を行っています。小谷村は、面積の80%以上を森林が占めており、山の間を縫うように多数の集落が点在しています。集落同士の距離が離れていることもあり、高齢化が進むなかで住民同士の結びつきが徐々に失われていることが課題となっています。

取材に伺ったこの日、すでにキッチンカーの前には多くの地域住民の姿がありました。普段は、日中にキッチンカーを出店することが多いそうですが、この日は「みんなで寄り合って、一杯飲み交わせる場所ができたらうれしい」そんな住民の声を受けて、夕方から夜にかけてオープン。キッチンカーの前には、手作りのテーブルや椅子が並べられていました。

デリナカズミの看板メニューといえば「田舎コロッケ」。あえて肉を使わず、かまぼこやちくわ、油揚げを入れた懐かしい味わいです。

村上さんの特製フードをつまみに、持ち寄ったお酒を楽しむ地域の方々。「こっち座りましょ」と声をかけ合い、どんどんと人の輪が広がっていきます。キッチンカーを目がけて集まった人たちは、お年寄りから働き盛りの方まで幅広く、テーブルの周りでは、近所の子どもたちが楽しそうに遊び回る姿もみられました。

高齢化が進む小谷村では、地域での集まりが減少し、住民同士の交流が減っている集落も多く「生活に張り合いがなくなった」そんな声も聞かれます。そんな中、村上さんは地域の人々が集まれる場所を作ることで、地域ににぎわいを作りたいという思いから、この活動を続けています。

「地域に育ててもらった」原点にある思い

そんな村上さんですが、実は大学卒業後、長野県の職員として26年間勤務していた経歴を持っています。県職員になったきっかけについて「地域に育ててもらったという思いが強く、地域に貢献できる仕事がしたかった」と当時を振り返る村上さん。

県職員時代を振り返る村上さん

県職員時代は、異動先によって仕事の内容が大きく変わったそうですが、その中でも、特に商工部で勤務したことが印象に残っているといいます。

「商工部では、工場を誘致するための産業立地調査に携わり、経済がどのような仕組みで成り立っているのかを知ることができました。その中で、製造業の方と関わる機会が多く、生活に必要不可欠なサービスの重要性を肌で感じたことが、今の活動の原点になっているのかもしれません」

きっかけをくれた北アルプス地域との出会い

県職員になってからの約10年間は、現場ではなく、机に向かって仕事をすることが多く「もっと自分がのめり込める仕事にチャレンジしたい」と考えるようになったという村上さん。しかし、「辞めても自分には何もできないのでは?」という気持ちから一歩を踏み出せず、モヤモヤした気持ちで過ごした時期もあったといいます。

そんな村上さんに、2014年転機となる出来事が訪れます。

美しい景色に心惹かれ、かねてから希望していた北アルプス地域への異動が決まったのです。これまでの事務関連の仕事とは大きく異なり、現場に出て、地域の方と接する機会が増えていきました。

村上さんが心惹かれた北アルプス地域の風景

北アルプス地域に配属後、地域団体の支援金事業の担当となった村上さん。地域で介護の手が届かない方に安心できる生活を届けようと活動する福祉団体など、地域の課題と向き合い、よりよい地域を作ろうと、責任と使命感を持って活動する人たちの姿を目の当たりにしたといいます。当時の思いについて、村上さんは「県職員は2〜3年で異動することが一般的なので、事業を見届けられない自分、地域にしっかりと入り込めない自分に歯痒い気持ちが募っていました」と振り返ります。

地域住民の「地域を良くしたい!」という思いに接するたびに、自分も腰を据えて、長期的に地域のためになる活動をしたい、そんな思いがどんどんと大きくなり、家族の後押しを受け、退職を決意します。

キッチンカーとの出会い。地域おこし協力隊として地域へ

退職後、北アルプスエリアで活動したいと考えていた村上さんに、チャンスが訪れます。「地域おこし協力隊として働いてみては?」と声が掛かったのです。渡りに船とばかりに、小谷村への移住が決まりました。

当時、小谷村では「地域コミュニティの維持」の実現に向けて、全ての村民が住み慣れた小谷村で暮らし続けられる仕組みを作るプロジェクトが進められていました。そんな中で、地域ニーズの把握と生活サービス向上のプロジェクト担当となった村上さんは、地域に必要なサービスを知るため、農協が運営する移動販売車の後について、小谷村の各集落を巡りはじめます。

当時の活動の様子

そして、移動販売車に対するニーズを探る中で、村上さんは「地域の人たちは食材の購入だけでなく、すぐに食べられる惣菜も買いたいと思っている」と気づきました。当時の小谷村では、惣菜を買うとなると車で30分ほど離れたスーパーまで行かなければならず、運転が難しくなった高齢者の中には、毎日の食事作りに苦慮されている方もいたといいます。そこで、村上さんは温かい惣菜を地域に届けられるキッチンカー「デリナカズミ」を開業し、地域への巡回活動をはじめました。

コロナ禍を逆手に。サービスの輪広がる

デリナカズミとともに3年間の地域おこし協力隊の活動を終えた村上さんは、キッチンカー事業を次のステップに進めるため、活動をはじめます。

村上さんが地域おこし協力隊の任期を終えたのは、コロナ禍の真っ只中。当時、イベントが軒並み中止となり、キッチンカーの出店の場が激減していました。

地域の空きスペースで出店する村上さん

キッチンカーオーナーが出店の場を探すのに苦慮する一方で、地域では、かつてにぎわっていた商店街がシャッター街となるなど、活用されていない空きスペースが増えていくことが課題となっていました。

そこで、村上さんは「楽しみをいろんな場所で、いろんな人に届けるサービスを作ろう」と、キッチンカーと空きスペースをつなぐ活動を行う「つなぎ局」を発足させました。

「つなぎ局が目指すのは、大きなイベントのような楽しさではありません」と話す村上さん。キッチンカーが空きスペースに来ることで、日常の中に 「今日は食事の支度が楽できる」「あの人と会えるかな」といった小さな楽しみができることを目指しているのだといいます。

現在、つなぎ局に登録を行っているキッチンカーは約70台。月に60〜80件のマッチングを行っており、多いときは月100件以上のマッチングを行う時もあるのだそうです。

地域のにぎわいが減少する中、キッチンカーがやってくる日を心待ちにしている空きスペースオーナーさんも多いといいます。「はじめてマッチングしたオーナーさんが、花束を持って待っていて『久しぶりにランチが楽しみになりました』と声をかけてくれたんです。心待ちにしてくれていることが嬉しかった」と、印象に残っている出来事を話してくださいました。

また、村上さんはつなぎ局の存在について、次のように話します。

「私のキッチンカー1台では、届けられるサービスや場所に限界がありました。つなぎ局に登録するキッチンカーが増えたことで、惣菜だけでなく、スイーツや加工品など、色々な商品を地域に届けられるようになり、『ちょっと楽しい』を届けたいという思いを形にすることができたと思います」

つなぎ局のこれから。村上さんが見つめる未来とは

つなぎ局が目指すのは「どんな場所でも、多様なサービスが受けられること」。最近は、この思いに共感して賛同するオーナーたちの協力により、高齢者が集まる集落や福祉施設などへの出店計画も進んでいるそうです。

新たな活動が進む中でも、今まで活動を行っていた地域への出店を続けていきたいと話す村上さん。

「私にとって、キッチンカーが来ることを楽しみにしてくれる人がいることや、キッチンカーの周りで交流が生まれることが何よりの喜び。形を変えながら、必要とする人にサービスを届け続けていきたいです」と話してくれました。

「地域に育ててもらった」その思いから生まれた「地域のちょっと楽しい」を作る、つなぎ局の活動。県職員や地域おこし協力隊、さまざまな経験が実を結び、村上さんの思いが形となっています。

村上さんの思いに賛同し、仲間が増えた今、さらなる広がりを見せるつなぎ局のこれからが楽しみです。

一般社団法人ながの移動販売つなぎ局
所在地:長野県長野市東町142-2 SHINKOJI 北棟1F(ロジェ・ア・ターブル内)
HP:https://tsunagikyoku.com

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この記事を書いた人

横川あきな|長野の取材ライター

愛知県出身・長野県在住の取材ライター。長野の北アルプス地域を中心に、周辺エリアの人やものの魅力をお届けします。みなさんの「行ってみたい」「食べてみたい」「会ってみたい」そんな思いが湧き立ってくるようなワクワクする情報を発信していきます。

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