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アート  |    2024.09.05

渦巻くアートの奔流 下山芸術の森発電所美術館|富山県下新川郡入善町【前編】

富山県下新川郡入善町に、全国でも例を見ない、水力発電所をリノベーションしたレンガ造りの美術館がある。下山(にざやま)芸術の森発電所美術館だ。この美術館の特徴は、建築物としてのユニークさだけでなく、他の美術館には真似できない挑戦的な試みにある。その魅力と舞台裏について前後編に分けてお伝えしたい。

水力発電所から美術館へ

田園風景が広がる黒部川扇状地。河岸段丘のふもとにあるレンガ造りのレトロな建物が、下山芸術の森発電所美術館(以下 発電所美術館)だ。

下山芸術の森発電所美術館

発電所美術館の元となったのは、大正15年(1926年)に建設された旧黒部川第二発電所。ここでは、黒部川の豊富な水量と河岸段丘の23mの落差を利用して、水力発電が行われていた。

河岸段丘から下山芸術の森発電所美術館に向けて巨大な導水管が伸びる

旧黒部川第二発電所は当初取り壊される予定だったが、北陸電力から入善町に無償で譲渡され、1995年4月に下山芸術の森発電所美術館として生まれ変わった。1996年には、歴史的な文化遺産として国の登録有形文化財に登録されている。

発電所の名残り

発電所美術館の特徴は、水力発電所の面影がそのまま残されていること。壁面には導水管の口が大きく開いていて、高さおよそ10mの天井は鉄骨むき出し。奥には巨大なタービンが1基残されている。この特殊な環境について、発電所美術館を管理運営する公益財団法人入善町文化振興財団局長代理・総務係長 上田智文さんに話を伺った。

「およそ100年前の建物をほぼそのまま使っているので、温度や湿度の管理など、普通の美術館では当たり前のことができないんですよ。隙間から虫が入ってくることもある。そのため他の美術館から作品を借りて展示するということができないんです。なので、逆にいうとこの環境をOKしてくださる作家さんに頼むしかない」

公益財団法人入善町文化振興財団局長代理・総務係長・発電所美術館担当 上田智文さん

そのような理由から、発電所美術館で現地制作するインスタレーションアートが企画の中心となった。通常の美術館ではノイズとなるような要素も、現代アートを生み出す場としては強みになる。発電をモチーフとしたものや、導水管の穴を作品の一部として取り込んだ展示など、発電所美術館ならではの作品が数多く生み出された。

paramodel- パラモデル展-paramodulætion  (2015/10/31~12/27、2016/2/27~3/13)
市川平 – セルフコラボ展 (2021/10/9~2022/3/21)
導水管を利用した展示(市川平 – セルフコラボ展)

「この美術館の歴史や空間を面白がってくれた作家さんに『こんなことをしたい』と言われたら、土や水を入れてもいいし、消防法をクリアすれば火を使っても構わない。普通の美術館では到底できないことをここならできる。逆にそれをしないとうちの美術館の魅力が出ないんです」

(発電所美術館担当 上田智文さん)

異彩を放つ企画展の数々

この巨大な空間は数々の実験的な現代アートを生み出す場となった。上田さんいわく、「どんなやんちゃなことをやっても上からお咎めがなかった」。水、火、土……他では使えないものがここでは使える。作家たちは、それまで他の美術館では断られたようなことに挑戦することができた。それにより転機を迎えた作家もいたという。その一部を紹介したい。

稲妻と5トンの水ーヤノベケンジ「MYTHOS展」

2010年のヤノベケンジさんの「MYTHOS展」では、人工放電で稲妻を発生させた後、1時間ごとに巨大な水甕をひっくり返して展示スペースに5トンの水を放水、創世記の大洪水をダイナミックに表現した。来館者は放水時には2階スペースに避難し、世界の崩壊と再生の表現を間近で体感した。その時に使われた水甕は今も発電所美術館の芝生広場で見ることができる。

ヤノベケンジ×ウルトラファクトリー – MYTHOS展(2010/06/19~2010/09/23)で使われた水甕

作品内部でスチームサウナ体験ー栗林隆展

2020年度に開催された栗林隆展では、火や水が使用された。

展示されたのは、内部が蒸気で満たされた「元気炉」。来館者は水着着用の上、巨大な作品の内部に入って、サウナのようにスチームを浴び、水風呂に入ることができた。火や水を使うこのような展示は、それまでどの美術館でも断られたという。「展示スペースの外で湯を沸かし、中に蒸気を送り続けるのは大変だった」と上田さん。中には、東京から訪れて半日もの間スチーム体験を楽しむ来館者もいたのだとか。

栗林隆展 (2020/11/21~2021/3/21) ©️志津野雷(撮影)

実はこの「元気炉」は、東日本大震災で被災した福島原子力発電所の原子炉をモチーフにしていて、作品内部に入る来館者は制御棒に喩えられている。元発電所だったこの場所で、メルトダウンした発電所をモチーフとした作品を展示することに意味があった。

栗林さんは、助手に加え、富山で募集した老若男女のボランティアと一緒に2週間かけて制作。詳細な設計図はなく、栗林さんの頭の中のイメージだけを基に作られたこの作品は、それまでの緻密でスタイリッシュな作風とは異質なものだった。上田さんは、「これ以降、栗林さんの作品はゆらぎや遊びを取り入れたものが多くなったように感じます」と語る。

その翌年、現代アートの国際展「ドクメンタ15」(2022年・ドイツ)に栗林隆とCINEMA CARAVANのユニットとして招待された際に、栗林さんらは「元気炉」の4号機を制作。これらの一連の活動が評価されて、栗林さんは令和4年度(第73回)芸術選奨文部科学大臣賞を美術部門で受賞した。

床に直に描きこまれた巨大な龍ー平井千香子「水狩りと金継ぎ」

発電所美術館に展示されるのは立体造形作品ばかりではない。富山県在住の日本画家・平井千香子さんの「水狩りと金継ぎ」(2019年)は、発電所美術館の床一面に直接絵を書き込み、来館者にその上を裸足で歩いてもらうという展示だった。導水管の口から勢いよく溢れる水の流れが二体の龍となり、巨大な空間を満たしている。2ヶ月かけて描かれた大作で、下書きはなく、水彩塗料の濃淡だけで表現されている。

平井千香子 水狩りと金継ぎ (2019/7/13~2019/9/1)

展覧会の最後の2日間は、床全体、つまり作品そのものを水浸しにした。発電所美術館には一度に多くの来館者を受け入れられるキャパシティはないが、この日は過去最大の来館者が押し寄せた。大人も子どもも一緒になって作品を楽しむ姿が見られたという。

Information

下山芸術の森発電所美術館
住所:富山県下新川郡入善町下山364-1
電話:0765-78-0621
開館時間:午前9時~午後5時 (入館は午後4時30分まで)
休館日:(月)、祝休日の翌日、年末年始

※展示替え期間中は2週間から1ケ月程休館しますので、ホームページなどでご確認ください。
詳しくはこちらまで https://www.town.nyuzen.toyama.jp/gyosei/soshiki/bijutsukan/908.html

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この記事を書いた人

いよはち

富山県出身・在住の取材ライターです。以前の職は、記者/秘書/司書の三段活用。富山の魅力を余すところなくお伝えします。ペンネームは大学の時のニックネームから。「いよはち」は数字で書いて「148」でして、これは私の身長に由来します。恐らく富山で一番小さいライター。その場にいなければわからないこと、知り得ないことをお伝えする記事を書きます!

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