
日本初、大学発の本格ワイン造りへの挑戦
多くの大学が「大学ワイン」を持っている。しかし、ブドウ栽培から醸造、瓶詰めまで全てを自前で行っているのは、日本ワインの生産量、ワイナリー数ともに日本一を誇る山梨県にある山梨大学だけだ。

多くの大学がワイナリーに「大学ワイン」の製造を委託する中、山梨大学は78年の歴史で培った醸造技術を商品として具現化する「シン・山梨大学ワインプロジェクト」を立ち上げた。教員と技術職員の技術力向上、そして学生の実践的な学びの場として、昨年のクラウドファンディングで約780万円の支援を集め、いよいよ2025年春、オール山梨大学ブランドのワインが世に出る。

早速試飲させていただいた山梨大学初の商品ワイン、マスカット・ベーリーAを使用した赤ワインは、とても美味しかった。強すぎず、心地よく漂うキャンディのような甘い香り。口に含むと、渋みは控えめながらも、フレッシュな酸味が軽やかに広がり、爽やかな味わい。余韻には、まるでチーズのようなまろやかさが残り、心地よいバランスの取れた飲み心地だ。後味のまろやかさとコクのバランスが取れているのは、研究機関ならではの技術と知見が活かされている証だろう。


地下セラーには、整然と並ぶワインの数々が目を引く。1950年代から研究・教育の一環として醸造されてきた約1万本のワインは、それぞれの年代の学生たちがワイン造りに真摯に向き合ってきた記録だ。
「毎年、研究成果として50本程度を保存しています。これらは78年にわたる日本のワイン研究・教育の歴史そのものです」と、山梨大学ワイン科学研究センター長の鈴木俊二教授は語る。

「これまでの研究用ワインづくりで培った技術を、いよいよ商品として形にすることができました」と鈴木教授。研究の場で磨き上げてきた技術を社会に還元することで、研究・教育の新たなステージが始まっている。
次世代を担う人材を育てる実践の場

山梨大学ワイン科学研究センターでは、学生たちがブドウ栽培から醸造まで一貫して学ぶ。1、2年次は栽培を中心に基礎を学び、3年次からは醸造実習が加わる。

センター前の研究用ブドウ畑では約20種類のブドウが栽培され、約2.6ヘクタールの附属農場では約10種類の醸造用ブドウの生産が行われている。

8月末の収穫期から10月中旬まで、教員や技術職員の指導のもと、学生たちはワインの仕込みに取り組む。
「HACCPに基づいた安全管理も含めて、実践的な技術指導を行っています※」
小規模な実験は研究室でも行えるが、大型の醸造設備を使う際は安全管理のため必ず技術職員が立ち会い、丁寧な指導が行われる。
※HACCP(ハサップ):国際的な食品衛生管理の基準

山梨大学ワイン科学研究センターが誇る78年の研究実績
「栽培から製造、マーケティング、地域づくりまでが複雑に絡み合うのがワイン科学です」と鈴木教授。1947年の設立以来、センターはワインに関する微生物学的並びに醸造学的な基礎研究を、地域と密着して行ってきた。2000年にワイン科学研究センターへと改組され、現在は世界的視野での研究開発と、実践的な人材育成を展開している。
「何より重要なのは、ワインを愛する人材を育てること」と鈴木教授は力を込める。

その言葉通り、卒業生たちは全国各地のワイン産業で活躍している。約3〜4割がワイナリーに就職し、その進路は全国に広がる。北海道では新たなワイン産地の開拓に挑戦し、四国の大三島ではワイナリーの立ち上げから携わる卒業生も。山梨県では農業技術職として果樹試験場に勤務し、地域のブドウ栽培・ワイン造りを支える道を選ぶ者もいる。
受け継がれる志、広がる可能性

国内最大のワイン産地である山梨県。県内には100軒近くのワイナリーがあり、その多くは家族的な2、3人規模の小規模経営だ。こうした小さなワイナリーで醸造から販売までの全工程に携わりながら技術を磨き、将来は独立を目指す若手たちが、地域のワイン文化を支えている。
一方で近年、環境への配慮や地域活性化の観点から、家電メーカーや自動車メーカー、IT産業など異業種からの参入も増加。ワイン産業の裾野は着実に広がっている。
伝統を超えて―革新への挑戦
2025年4月、山梨大学ワイン科学研究センターは新たなクラウドファンディングを開始する。今度の目標は、保有する蒸留酒(ブランデー)製造免許を活用した商品化だ。

フランスから取り寄せた本格的な蒸留器を修繕し、ワインに続いてブランデーの「栽培から製造、販売まで」の一貫した研究・教育に挑戦する。実は同センターは、果実酒、蒸留酒(ブランデー)、そしてシェリーやポートワイン、マデイラなどの酒精強化ワイン(甘味果実酒)を製造できる3つの免許を持っている。この強みを活かした3年計画の第2段階として、クラウドファンディングで新たな支援を呼びかける。
「次世代のワインづくりを担う人材を育て、新しい可能性を切り開いていく」2027年に設立80周年を迎える山梨大学ワイン科学研究センター。日本のワイン科学研究・教育の中核として、次世代のワイン産業を担う人材育成に力を注ぐ。その新たな挑戦は、まだ始まったばかりだ。