人材不足や、種々の教育問題など、教育業界における問題が取り上げられ、教育現場への目が厳しくなっていると感じます。
しかし、「私たちは本当に現場を理解しているのか」と問われると、実際に教育の場に立っていない限り、その答えは簡単ではないでしょう。
テレビやニュースから得られる情報だけでなく、現場教師の「生の声」を聞きたい。
そう考え、地域に根ざし、子どもたちのために尽力する教師の「今」を伺うインタビューを企画しました。
今回お話を伺ったのは、鳥取県の小学校の校長先生。
「学校管理職の人材育成」「教師の力を伸ばす取り組み」「教育現場の未来」について、前編・後編に分けてお届けします。
豆腐のような教師とは?米子市立小学校長 西村健吾さんが掲げる「モットー」
柔らかく優しげな雰囲気を纏いつつ、その佇まいには場を引き締めるオーラも漂う方。
その人物は、米子市立福生東小学校長・西村健吾さんです。

10年間にわたる米子市教育委員会での勤務経験を経て、現場に復帰し校長へ。
「豆腐のような教師になろう!」を生涯のモットーに掲げ、日々実践を重ねています。
教育業界が課題に直面する中、校長としての人材育成・教員研修・学校リーダー論について余すところなく語っていただきました。
「豆腐のような教師」が私の主軸
ーーー「豆腐のような教師」というのは珍しいモットーだと思うのですが、どういった経緯で生まれたのでしょうか?
理想の教師(人間)像を“豆腐“に例える人は、全国どこを探してもいないでしょうね……笑
背景としては、教員採用試験で何度も不合格になった経験からです。当時、教員採用試験の倍率が20倍あった就職氷河期の時代でして…、私もなかなか合格できずにいました。
そんな中、厳しい面接官の「どんな先生になりたいですか」という質問に対して、ありきたりな答えではなく、自分の理想の教師像を表現するために考え、たどり着いたのが「豆腐」というキーワードだったわけです。
- 「豆」🟰マメさ(勤勉さ)
- 「四角」🟰厳しさ・規律
- 「柔らかい」🟰柔軟性
- 「白い」🟰純粋さ・面白さ
これらをバランスよく身につけた教師になりたいと。
これだけが理由ではないでしょうが、このモットーを面接で説明した5回目にようやく合格することができました。
教師だけでなく、教育行政・校長という立場に至っても、このモットーは常に私の根源的な哲学になっています。ビジネスの世界でも通じる考え方だと思います。
教師から管理職へ 立場による「モットー」の変化
ーーー「豆腐のような教師」というモットーですが、立場によって変化することはありましたか
この4つの中で変わらないのは「マメさ」ですが、比重が一番大きく変わるのは「四角さ」ですね。
管理職になりますと日々の態度では目に見えないけれど、「この校長先生はこの場面では許してくれないぞ」とか「こういった提案ではなかなか通らんぞ」など、目に見えないところに厳しさがあるという風になっていく。そんな風に「四角さ」は大きく変化していきましたね。
ーーー外側への表し方が変化していくということですね
そうです。「豆腐のような教師」の主軸は変化しないのですが、「見せる部分の比重が変わる」ということになりますね。
「プレイヤー」から「マネージャー」へ …喜びの変化
ーーー教員から指導主事、そして校長へと立場が大きく変わる10年間だったと思います。仕事に対する取り組み方や心境の変化はありましたか?
教諭時代は体で汗をかくプレーヤーでしたが、校長は日頃からどっしり校長室で構えて、何もしてないように見えてもいろいろ考えることが必要だと考えています。
常に頭の中はフル回転で、頭の中でしっかり汗をかいているんですね。
精神面では、自分が成果を上げて褒められることよりも、部下や職員が成果を上げて喜ぶ姿を見て自分も喜びを得るようになりました。
「与うるは受くるより幸いなり」という聖書の言葉のように、他者に与えてそこからフィードバックを得る喜びがより大きくなっていきました。
管理職になった当初は、染みついたプレーヤー志向が抜け切らなかったものの、部下が増え、彼らの仕事の成果を感じる経験を重ねていくことにより、彼らからのフィードバックに喜びを感じるように変化していきました。
他者が輝くように支援することが、管理職として重要なことだとこれまでの体験から実感しています。
地域に根ざし、教師を育てる
ーーーこれまでに地元米子での教育サークル代表、民間セミナー主宰を続けられてきた西村先生ですが、これらの活動を続けてこられたのにはどのような思いがありましたか?
山陰地方は、長らく「民間研の不毛の地」と言われてきており、関西や関東で盛んな民間研究会の動きがほとんどありませんでした。
官製研修や校内研修はもちろんありますが、私自身が県外に出て経験した世界をぜひ地元の先生方にも取り入れたいと思ったのがきっかけです。
「本物」と言われる先生方をお呼びして、地元にいながらにして質の高い教育実践を学び、指導技術を磨き、志を高く持つ機会を作りたいと考えました。

教員がこれまで以上に広い視野をもち、全国の先生方と繋がることのよさを実感する一方で、「土着」という考え方も同じように大切にしてほしいと思っています。
民間セミナーだけで学びを得るのではなく、官製研修から学び取ろうとする「姿勢」こそを大切にしてもらいたいと…。あくまでも主体的であることが学びの根幹ですから。
そして、何より最も大切にしているのは、OJT(On the Job Training)です。
自分の学校や目の前の子どもたちを最優先に考えるというポリシーは常に持ち続けていますし、教員にも持ってほしいと願っています。
教育サークル・イベントでもマネージャーとして「バックアップ」
ーーー西村先生は教育サークルを立ち上げられたのち、教育行政へ移られてからは「代表」を離れましたね。現場に戻ってからもその立場はお変わりになりませんか
教育委員会に所属していた自分が代表のままではどうかなということで、サークルから一旦離れました。ただ、現場に戻ったから代表に戻るかというとそうではなく、その間に若い人たちも育ってきているので、今後もマネージャーに徹して、支えながらやっていこうかと考えています。
書籍からの「学び」
最初は、小説やノンフィクションなどを好んで読んでいました。
民間研究会に参加するようになってから、ようやく教育書も手に取るようになり、そこから学んだことも数多くありました。現在は校長になり、主にビジネス書を読んでいます。
教育の世界は特殊だと思われがちですが、リーダーシップや協働のあり方は、ビジネスの世界と共通する部分が多いと感じています。それは、校長になってから特に実感しますね。
人材育成の本(後編で後述)を書く際も、民間の経営者やスポーツ指導者の考えを引用しながら、学校管理職としてのあり方を提案しています。
教室の担任も言わば教室のリーダーであり、社長が社員を育てることと担任が子どもを育てることには本質的な共通点があると考えています。
近頃は、なかなか本を読む人が少ないと聞きます。
1ページは読むんだけど、一冊は読み切れない…。本を手に取り、最初から最後まで読んでみる。折に触れて「あの本の○ページに書かれていたな」と読み直してみる。そのような読書の仕方も、教師の学びを深めるために必要なことだと考えます。これは、折に触れて伝えていきたいところです。
終わりに
本記事では、西村さんの掲げる「豆腐のような教師」という独自のモットーや、管理職としての視点の変化、地元に根ざした教育活動への思いをご紹介しました。
教育を取り巻く環境が大きく変化する中でも、柔軟さと厳しさを兼ね備え、人を育てる姿勢を貫く西村さん。その哲学は、教育現場のみならず、広く組織運営にも通じる普遍的な示唆を与えてくれます。
後編では、具体的な人材育成の取り組みや、これからの教育現場に求められる教師像についてさらに深く伺います。