好奇心旺盛な子供だったという明治創業「井上糀店」5代目店主の井上千重さん。
レンズ越しに見た眼差しに優しさと強さを感じる。
こんにちは。Mediallライターのkonkaです。
今回は東京都町田市の創業明治初頭手作り味噌と糀の専門店「井上糀店」の5代目店主である千重さんにお話を伺いました。
本記事では今回のインタビューから見えてきた
・酒屋から味噌屋へ。明治初頭創業「井上糀店」のあゆみ
・手作りお味噌セットは各家庭の「おふくろの味」をつくる
・手作り味噌を通して伝えたい “素材本来の魅力”
についてお伝えします。
酒屋から味噌屋へ。明治創業「井上糀店」のあゆみ
取材日は思わず空に向かって伸びをしたくなるような晴天でした。
東京都町田市小山町、かつては横浜港と八王子を繋ぐ「絹の道」として栄えた町田街道沿いに店を構える「井上糀店」は明治初頭創業の老舗です。
店舗を訪れると、青空によく映える一際鮮やかな赤紫の暖簾(のれん)が店先に掲げられていました。
糀と味噌。
これらは日本人の食卓には欠かせない身近な調味料です。
そんな味噌の起源は古く、およそ700年前の鎌倉時代にまで遡ります。当時から「一汁一菜」の文化は根付いており、その主役は味噌を使ったお味噌汁でした。大豆を使った味噌は栄養価が高く、糀がもたらす発酵によって生まれた旨味は格別です。鎌倉時代の武将たちも美味しい「お味噌汁」によって戦で疲れた体を癒し、日々の活力をもらっていたことでしょう。
つまり、私たちが普段から何気なく口にしている「味噌」は鎌倉時代から受け継がれてきた伝統の味なのです。
さて、今回取材させていただいた「井上糀店」は、酒屋として培った「糀造り」の技術を活かして手作り味噌と糀の販売を行うお店です。
「もともとは酒屋で糀をずっと使っていたの。お酒と味噌は元は一緒よ」と5代目店主の千重さんは言います。
酒屋から味噌屋へ方向転換をしたのは、初代店主が糀への需要に着目したからなのだそう。
「昔この辺は農家ばっかりで、みんな自分でお味噌を作っていたの。でも、糀の技術は酒屋であるウチにしかなかった。みんな、ご飯にならない欠けたり潰れたりしたお米を持ってきてね、それを糀にしてあげてたの」
当時、味噌は各家庭で仕込む「手前味噌」が当たり前でした。
「その頃は醤油の糀も作っていて、醤油搾りもしていたのね。搾るための機械を車に積んで、各家庭に絞りにいくの。私はそれが楽しみで、年中ついていったのをはっきり覚えてる。お家に行くと、お昼を出してくれたり、お菓子を出してくれたりしてね、楽しかったの」
しかし、時代の流れによって味噌は「作る」から「買う」へと変化していきます。
「多摩ニュータウンの開発でこの辺に畑がなくなり、穀物ができなくなって、家庭で味噌を作らなくなったのよね。だけど、やっぱり手作りの味噌が食べたいっていう声があって、それで味噌屋を始めたワケ」
ゆっくりと時間をかけた昔ながらの製法にこだわった無添加・天然醸造製法で手作りした味噌は、スーパーなどで販売されている味噌とは味が違うと千重さんは言います。
手作り味噌の美味しさを知ると、もう他のものは食べれないのだとか。
写真左上の米麹味噌「米こし」が「井上糀店」の味の原点。自家製生こうじの絶妙な配合が美味しさの秘訣です。
手作りお味噌セットは各家庭の「おふくろの味」をつくる
「井上糀店」が販売する手作りお味噌セットは、千重さんが家業を継ぎ、5代目店主になった頃から販売しているロングセラー商品です。
もともと手作りお味噌セットは、家庭で味噌を作るための “材料” として販売していたのだそう。
「でも、そのうちに若い人たちから味噌作りをしたいという声が出てきたの。でも、やり方がわからないって。だから、味噌作り教室も始めたのね」
「井上糀店」では、毎週5日(水・木・金・土・日)味噌作り教室を開催しています。※土・日は不定休
コロナ渦では開催が困難だった味噌作り教室ですが、今ではまた以前のように開催できるようになったといいます。
やはり家庭で作る “手前味噌” に魅了される人は後を立たないようです。
「手前味噌」の魅力について千重さんに伺うと、味の美味しさだけでなく、安心・安全であることや価格の手頃さが「手前味噌」の魅力だと教えてくれました。
でも、それだけではないのです。
千重さんはもう一つの「手前味噌」の魅力を語ってくれました。
「“おふくろの味”ってあるでしょ?あれは本当なの。糀は生きているから、同じ分量で同じように作ったとしても、それぞれの家庭で味が変わる。その家庭が持つ “生きた菌” によって発酵が違ってくるのよ。だからこそ、 “おふくろの味” は子供たちの心も体も元気にするの」
それぞれの家庭が持つ “おふくろの味” が子供を元気にする。
それは時代の移り変わりによって失われつつある日本の素晴らしい文化なのかもしれません。
手作り味噌を通じて伝えたい“素材本来の魅力”
糀や味噌を作る家業で育ち、千重さんにとって当たり前の存在だった「手作り味噌」。
大量生産の市販品の供給が高まり、各家庭の「手作り味噌」離れが進む中で、千重さんが改めて「手作り味噌」の価値に気づいたのは、結婚して子供を育て始めてからだそうです。
「手作り味噌」は安心・安全で美味しい。
大きな工場で一律同じように作られた商品は、少なからず添加物によって日持ちするよう手を加えられています。だからこそ、現代人は素材本来の味や旨味がもつ “本物の美味しさ” を味わう機会が減っています。
“子供たちに本当の味を伝えたい”
その思いはずっと変わらないと千重さんは言います。
「若い頃は引っ込み思案だったけどね、この歳になった今はもう『今、伝えないと』って気持ちでやっているの」
素材が持つ本来の味や旨味、それが個性。そこにこそ “魅力” があるのです。
インタビューの中で “子供はもっと伸び伸びしていい” と千重さんは語っています。
「泣いていいし、喚いていいのよ。それが個性なんだから。同じ味、同じ人ではつまらないでしょ。自然なものを食べて、自然に育つ。その方が人に対して優しくなると思うのよね」
「井上糀店」では、近隣の中学校の職場体験学習も実施しています。職場体験学習では、参加した中学生にそのままの糀を食べてもらい、その本来の甘さを知ってもらうのだとか。
「こういうのは口で言ってもダメで、とにかく食べて、感動してもらって、それで納得してもらうの」と千重さんは言います。
千重さんは地域の子供たちのためにできることを模索し、地域の活動やボランティアにも取り組んでいます。
「人から『どうしてそんなに疲れることばっかりやるのか』って言われることがあるの。でも、好きでやってるのよ。私は好きなようにしか生きてないの。だから、年数が経つたびに、私はこの道でよかったなって思える。これでいいんだ。これをやってきてよかったって、年々思えるのよ。まぁ、本当は農作業をしてのんびり暮らしたいんだけどね」
そう言った千重さんは穏やかに微笑んでいて、それがどうにもかっこよくて、こんな生き方がしたいなぁと筆者はつくづく思うのでした。
おわりに
いかがでしたか?
東京都町田市にお店を構える明治創業「井上糀店」。
5代目店主千重さんは明るく快活でエネルギーに満ち溢れた方でした。
「井上糀店」では、手作り味噌や生こうじ、手作り味噌セットの他、糀スムージーや甘酒なども販売しています。
余談ですが、千重さんの1番好きなお味噌汁は「白菜のお味噌汁」。冬の甘みがぎゅっと凝縮した白菜を少しの油で炒めて出汁を入れ、豆腐などお好みの食材を加えて、最後に味噌を溶きます。
さっそく筆者も「井上糀店」の手作り味噌を使って、千重さん直伝の白菜のお味噌汁を作ってみました。これがもう本当に美味しくて既に3回は作りました。千重さんの言ったとおり、もう “手作りじゃない味噌” には戻れないかもしれません。
お近くにきた際には、ぜひ一度足を運んでみてくださいね。
この記事がみなさまの参考になれば幸いです。
参照:https://www.maff.go.jp/index.html 農林水産省
https://www.komemiso.com 井上糀店HP
井上糀店の情報
住所:東京都町田市小山町2483-2
電話:042-860-0222
営業時間:月・火 10:00〜16:00/水・木・金 10:00〜17:00/土・日 10:00〜18:00
定休日:不定休
駐車場:4台/他2台スペース有り
公式HP:https://www.komemiso.com