フラスコ内の水を沸騰させて気圧の変化を使い、お湯を移しながらコーヒーを抽出するサイフォン式コーヒー。
2023年6月1日、名古屋市にオープンした「彩盆の間(さいほんのま)」は、幾度とサイフォニストチャンピオンに輝いたオーナーが提案する、珈琲✖️盆栽という新たな嗜好体験ができる空間です。
サイフォニストチャンピオンが生み出す新たなコーヒーの楽しみ方
コーヒーとの出会いは中学時代
代表の中山吉伸さんは、岐阜県出身。大手鉄道会社を退職後、コーヒー業界に転職しました。「私とコーヒーの出会いは中学2年生の頃。年の離れた兄弟が父から勧められたコーヒーを飲めずにいたけれど、大人ぶって対抗するために私は飲み始めました。めちゃくちゃ不味かったですが、痩せ我慢して毎朝のコーヒーを続けていたら、高校生の時には朝にコーヒーを飲まないともの足りなくなっていました」と笑います。コーヒー業界への転職は「喫茶店でも開いて美味しいコーヒーを飲んでいただけたら」と思うようになったことがきっかけでした。
日本チャンピオンに3度輝き、世界大会では準優勝
バリスタにも大会があり、日本スペシャルティコーヒー協会が主催する競技会ではバリスタやラテアート、ハンドドリップにサイフォニストなど様々な部門があります。コーヒー業界でトップバリスタとして活躍していた中山さんは、サイフォンを独学で学びJapan Siphonist Championshipに挑戦することにしました。
「私物で持っていたサイフォンを引っ張り出して淹れてみたら偶然美味しく入ってしまったのです。よくわからず淹れてみたら美味しかったけど再現できなかったし、なぜ美味しく入ったのかもわからず。美味しさをコントロールできたら、どれだけ人を幸せにできるのか」と思ったそうです。
そして中山さんは、Japan Siphonist Championshipで2013年、2015年、2018年と見事優勝。大会史上最多となる3度の優勝を成し遂げました。2013年と2015年には、World Siphonist Championshipで準優勝にも輝いている、世界を代表するサイフォニストなのです。
2018年に出場したWorld Siphonist Championshipでは5位という結果に終わるも「各国の代表メンバーの中には、私のSNSなどから影響を受けた選手たちがいて、大きな影響力があることを知りましたね。そんな選手たちが優勝しているのを見て大会に出場するのは終わりにしようと思いました」と語る中山さん。知らずに世界チャンピオンや各国のチャンピオンを育てていることに気が付いたのです。
コーヒーと盆栽の出会い
中山さんは「膨張力、収縮力を活かすサイフォンは、標高、気圧など外気の環境の影響を受けます。機械的ではなく自然科学であるサイフォンはその環境をしっかり見ないと淹れられない。だから私は、『地球抽出』と名付けました」と語ります。
2度目のチャンピオンになったから頃から盆栽を始めました。ある時、中山さんは自宅でキンズや柑橘の盆栽を世話していました。冬にかわいいオレンジの実をつける盆栽です。盆栽を眺めながらコーヒーを飲んでみると「いつも以上に柑橘のフレーバーがわかりやすく感じました」と言います。
「盆栽は中国で生まれ日本で育まれたもの。サイフォンもヨーロッパで開発され日本で育まれました」。またサイフォンと同じく盆栽も樹種ごとに適した環境があることから、サイフォンのビジュアルマーケティングには自身の趣味でもある盆栽がぴったりだと感じたのです。
コーヒーは頭で飲むのではなく、心で飲んでもらいたい
「コーヒーは香りが素敵な飲み物です。ワインやお茶も同様ですが、茶葉や色から香りが想像できます。でも真っ黒なコーヒーはそれぞれの香りの違いを想像できないのです。そうすると、言葉で情報を伝えるしかない。私たちは、目で見えない香りを頭の中で、知識で処理をしています。コーヒー好きな人は考えながら飲んでいるわけです」
コーヒーを愛するからこそ中山さんはもどかしさを覚えました。「茶室では自然を愛でながら飲む。お茶については語らないですよね。正解不正解ではなく、ただ美味しいではなく、香りを五感で感じてもらったり心で感じてもらいたい」と強く思うようになったのです。
そんな時、頭に浮かんだのが「盆栽」でした。「視覚から香りのイメージに繋げることが大事なのでは」と考えたからです。例えば、深煎りでパンチのあるコーヒーには力強い松の盆栽を。フローラルな香りが魅力のコーヒーには果実系やお花の盆栽を添えて。
こうして小さな盆栽を手元に眺めながらコーヒーをいただく、感性と香りのペアリング研究空間「彩盆の間」は誕生しました。
香りの美味しさを旅して
目指すはカフェ以上美術館未満のお店
メニューにも特徴があります。「香りをイメージしやすいようにコーヒーごとに原産地や品種を記載していますが、その横にイメージ写真を添えています。香りを景色で捉えてもらいたいです。好きな景色でコーヒーを選ぶと新しい発見、出会いがありますよ」と中山さん。
のんびりコーヒーと向き合ってもらいたいから、ギャラリーのような雰囲気の店内はいたってシンプル。店内の椅子などは建築業界では有名なメーカーのビンゲージ家具を用いるなどこだわりは随所に。店内は特別カウンター席とテーブル席を用意しています。カウンターは、寿司屋で板前が握る姿を眺めるように、サイフォニストがコーヒーを淹れる姿をじっくり眺めることができます。またコーヒーを選びながらアドバイスをいただいたり、コーヒーについて語り合ったり、会話を楽しみに来店される方も多くいます。コーヒーやお茶が好きな方、日本文化好きな海外の方、盆栽や苔が好きな方、デザイナー、建築関係、カメラ・写真好きの方など幅広い客層の方々が来店されています。
「コーヒーを入れる仕事は香りの芸術家だと思っています。コーヒーは難しいものではないと知ってもらえたら」、中山さんの願いです。
コーヒー以外の楽しみ方もご提案
メニューはコーヒーだけではありません。緑茶や目の前で焙煎してくれるほうじ茶も人気です。コーヒーのオーダーが6割、お茶は4割だそうです。
コーヒーやお茶に合わせて盆栽をイメージした自家製プリンも一緒にいかがでしょう。神奈川県産の平飼いブランド有精卵さがみっこを贅沢に使用したコクのあるプリンです。冬はクリスマスをイメージしたデコレーションと、季節ごとに変わる遊び心溢れるプリンは1日個数限定。お早めに。昼と夜でプリンも変わるので注目です。
また店内では小さな盆栽も販売しています。定期的に入れ替えられる盆栽。カフェとしてだけでなく、盆栽を買い求めに来る方も少なくありません。ご自身の趣味や、贈り物としても喜ばれています。
リピーターの方の中には「今日はこの盆栽を愛でながらコーヒーをいただきたい」「今日はこの盆栽のイメージでコーヒーを選んでほしい」などと希望される方もいるそう。
そして「彩盆の間」では、サイフォン式コーヒーについてのセミナーや、外部講師を招いて行う盆栽のワークショップなども人気です。中山さんは「私たちは色々な価値を生み出すべきで、人によって楽しみ方は異なるので様々な余地を残しておきたいと思っています。スクランブルスクエアのように多くの人が入り混じるような場所にしたい」と考えています。
目の前に添えられた盆栽によって、コーヒーの風味、プリンの味までも変わるから驚きです。コーヒーと盆栽が育む新たな出会い。あなたもぜひ体感してみてください。
「彩盆の間」の情報
住所:愛知県名古屋市中村区名駅5丁目5−23 18ビル 2F
名古屋駅から徒歩約10分
電話:052-307-3738
定休日: 火曜・水曜
営業時間:月・木・金 12:00〜20:00(17時〜ナイト営業) 土・日・祝 10:00〜18:00
座席:特別カウンター席(6席) ※席料100円、一枚板テーブル席(6卓12席)