那覇市の壺屋に、美味しくて面白いカレー屋を目指している店がある。お店の名前は「カレー屋タケちゃん」。Instagramをチェックするとカレーの写真だけでなく、お笑いライブの告知画像や玉ライブ終了後の集合写真も投稿されている。「玉ライブ」とは、マイクの前で自由に話すスタンドアップコメディのこと。出演者は沖縄で人気の芸人が名を連ね、よく見ると出演者の中にタケちゃんが入っている回もある。
彼は一体何者なのか。なぜスパイスカレー屋でお笑いライブを開催しているのか。店主タケちゃんに詳しくお話を聞いてみた。
那覇でオープン!「カレー屋タケちゃん」ができるまで
一度だけスパイスカレーを自宅で作ったとき、家族から「お店並みに美味しいよ」と言われたのをきっかけに、タケちゃんはカレーを作り始めた。
「当時のアルバイト先にカレーを持っていったら、本当に美味しかったみたいで。何回か持って行くと、スタッフから『お金出すから定期的に作ってほしい』と言われるようになって、最初はアルバイト先のスタッフに対してカレーの販売を始めました。そうしたら、どんどん増えて、30皿分もの注文が入るようになったんです。そんなある日、『こんなにカレーが売れてるなら、インスタで販売してみたら?』とスタッフからアドバイスを受けて、Instagramで一般向けにカレーの予約販売を始めたんです」
すると、Instagramで話題となり、次第に一般の方から注文が増えていったという。その当時はカレー屋を開業するつもりはなく、あくまでもカレー作りは”趣味”だったそうだ。
テレビ番組で「アメリカのスタンドアップコメディというジャンルでゼロからスターダムを目指す」と話していたウーマンラッシュアワーの村本さんに感銘を受けた。お笑いの賞レースで優勝し、既に全国区で有名な著名人が全てを捨てて新しいことに挑戦する姿勢が刺激になり、趣味で販売していたカレーを本気でやってみようと、店舗で運営する計画を立て、その2年後、クラウドファンディングで資金調達に成功し、晴れて那覇市の壺屋に「カレー屋タケちゃん」をオープンさせた。
那覇で雑貨屋を営んでいる先輩から、「常に人が多い那覇でオープンしたらお客さんは大勢来るはずだよ」と那覇での出店を勧められ、見つけたのが現在の物件だ。すぐ近くには「のうれんプラザ」があり、那覇では珍しく「1時間無料」の駐車場を構えている。車社会の沖縄では、無料で停められる駐車場が近くにあるのは集客にプラスになると考えて、那覇市壺屋での出店を決意する。その物件は、築60〜70年の古い建物だった。
ヴィンテージの家具が好きなタケちゃんは、家具や絵画を大阪まで買い付けに行った。大阪といえば、スパイスカレーが有名だ。カレーを食べ歩きながら、好きな家具屋に行き、建物の年代に合わせて家具を選んで、昭和レトロとアメリカンヴィンテージを掛け合わせた内装が完成した。
階段には内装工事の写真を貼りつけた。このデザインは、大阪の万博記念公園からインスピレーションを受けたという。
「太陽の塔の内部に”生命の樹”という作品があるんです。樹の根っこから上に行くほどにアメーバから恐竜、動物、人類へと生命の進化の過程を表していて。それを見て思いついたんです。この店の階段を上りながら、写真を通して内装工事が出来上がっていく様子を見てもらえたらと」
ちなみにカレー屋タケちゃんの通常メニューは3種類ある。
・バターチキンカレー
・ごぼうと鶏キーマのスパイスカレー
・本日のカレー(週替わり)
人気No.1メニューはバターチキンカレー。スパイスが効いて辛さもしっかり味わえる。2種あいがけカレーも写真映えする人気のメニューだ。
そんなカレー屋タケちゃんでは、定休日や営業終了後の時間を利用して「スタンドアップコメディ」のライブ開催にも力を入れている。
ライブを始めたキッカケは「憧れの人に言われたから」
ウーマンラッシュアワーの村本さんに感化され、「とにかくお店をオープンする」という目標を掲げた。憧れの村本さんが沖縄でライブを開催する度に、自作のカレーを持って「カレ突」を始めたそうだ。しかし、初めは相手にしてもらえなかった。
「ご本人からしたら、ドン引きですよね。今は何が起こるかわからない時代だけに、ファンからもらったスイーツとかも『絶対食わんねん』と。見ず知らずの僕が作ったカレーなんて、まさしく食べてもらえませんよね。笑」
それでも、村本さんのスタンドアップコメディに影響されてカレーを作り始めたとご本人に熱意を伝え続けた。そんな情熱を認めてもらえたのか、「なんか面白いヤツだな」と、ついに村本さんにカレーを受け取ってもらった。
その後日、タケちゃんのTwitterに「美味しかったぜ」とリプライが届く。そこからさらに「カレ突」がヒートアップ。カレーの種類を変えてカレ突を継続したところ、村本さんから「お前のしつこさは常軌を逸している。面白いから一回飲みに行こう」とお誘いを受けた。
「飲みに行っていろいろ話して、今カレー屋を目指してると話したら、
”本当に自分がきっかけだとしたら、お店を開いたとき、俺が沖縄に来るからスパイスカレーとお笑いでコラボしよう”と言ってくれたんです」
飲みの場の口約束だと思っていたが、2021年6月1日のオープンに合わせて「ウーマンラッシュアワー村本が沖縄のナイスガイが作るカレー屋に現れ想いを叫ぶ独演会」を開催してくれた。夢のようなコラボに、お客様は超満員。その後も村本さんは「カレー100杯村本さんがおごります企画」をしたり、カレー屋タケちゃんでの独演会を3度も開催し、夢を叶えたタケちゃんを全力で応援してくれたそうだ。
そんなある日、村本さんから、スタンドアップコメディやってみたら?と言われる。人前に立つのは苦手だったが、憧れの人に言われて、やらない選択肢はないと思った、とタケちゃんは語る。
最初のネタは想定以上に笑いが取れて、スタンドアップコメディの演者としてもお店に立つことになった。スパイスカレーとスタンドアップコメディ。どちらも村本さんがきっかけで始めたコンテンツが1つになった瞬間である。
カレー屋タケちゃんで不定期でライブを開催していたオリオンリーグの玉代勢さんより、「沖縄芸人主催でスタンドアップコメディの定期ライブをやりたい」と提案があり、2023年1月よりスタンドアップコメディ「玉ライブ」がスタートした。
玉ライブの創設メンバーは3人。
よしもと沖縄の玉代勢さんとたろうさん、FECオフィスのトリーシャさんだ。沖縄の芸人仲間で話題になり、見に来た芸人が翌月には出演者となって、人気芸人も数多く参加するライブへと成長していった。
客席のキャパは25席。最近はキャンセル待ちも発生する盛況ぶりだ。当初は月1回ペースで開催していたが、2024年から週1回の開催となり、3月末に20回目を迎えた。
タケちゃんは、玉ライブのスタンドアップコメディについてこう話す。
「スタンドアップコメディって政治的なネタを切り取ったものが多いので、ライブを見たことがない人にはどうしても政治的なイメージが先行すると思うんです。でも、もともとは自分の経験や関心事、その人の立場で主義主張を語るのがスタンドアップコメディなんですね。だから、社会問題に触れないといけないルールではないんです」
お笑い芸人なら芸人の立場から思っていることを。タケちゃんの場合なら、カレー屋の立場から話す。その人のアイデンティティや人生観がそのままネタになるのがスタンドアップコメディの魅力なのだろう。
提供するカレーにも影響を与えたスタンドアップコメディ
2024年1月に行われた玉ライブにタケちゃんも出演し、「目標というのは人に話すことで現実味を帯びて実現できる」というネタを披露した。
「俺がみんなの前で証明するぜ」と、4月末までに10kgのダイエットを宣言し、それをきっかけに、カレーに使っている材料を見直したところ、6kg痩せたそうだ。
カレー屋タケちゃんのカレーは、仕込みに時間をかける。1種類のカレーで1.5〜2時間。3種類で5〜6時間。毎日朝6時から開店前まで1人で仕込みをする。以前は仕込みの度にカレーを試食して、体重が増えた時期もあったが、以前と同じ生活を送りつつ、材料の改善だけで痩せるとは驚きだ。
「まず塩や油を変えました。島マースから、マグネシウム・カルシウム・ミネラルなどの成分が多い塩に変えたりして、味は美味しく栄養価を上げた感じです。あと栄養学を学び始めて、カレー作りに取り入れました。カレーって食べたら太るイメージがあると思うんですけど、食べてもさほど太らず、健康と美容に良さそうなカレーを作ろうと、シフトチェンジしているところです」
見に来た人が、次は自分が出演したくなるライブ
玉ライブでは出演者のネタ披露が終わったあと、観客がスタンドアップコメディに挑戦できるオープンマイクと呼ばれる時間がある。
「スタンドアップコメディは”こんなことがあってさ”っていう日常のことでもネタになる。その人なりの面白さがあって、だから、プロでも素人でも、誰でも面白くなる。漫才やコントとはまた違った魅力が存在すると思うんですよね」
玉ライブのスタンドアップコメディは、1人当たり20~30分の尺で、次々と出演者がネタを披露していく。ライブの途中から入場するお客さんもいるが、ぜひ最初から見てほしいと思う理由があるそうだ。
「出演者の話をネタに展開する場面があるんです。よしもと沖縄の芸人・たろうさんが『僕、ないちゃー(沖縄県外出身の人)嫌いなんですよ』と話しているのを聞いて、奈良出身のせやろがいおじさん(リップサービス榎森さん)が『どうも、沖縄県民から嫌われてるないちゃーです』って掴みでひと笑い取ったり。演者同士のネタが繋がって笑いが増幅するのは玉ライブの見どころのひとつです」
最初は出演者3名以内だったライブが、6回目以降は出演者が6名まで増えた。沖縄にはよしもと沖縄、FECオフィス、オリジンの三大芸人事務所があり、事務所の垣根を超えた出演者が毎回勢ぞろいしている。
そんな玉ライブについて、今後の展望や野望を伺ってみた。
「そこからFECの大御所、”お笑い米軍基地”を主宰するまーちゃんさんも出演が決まってね。そのとき、ガレッジセールの川田さんも見に来てくれたんですよ。そうしたら、川田さんも出たいと言ってくれて。嬉しい反面、想定外の広がり方に驚いてます。笑」
目指すは全国トップレベルの芸人を招くこと。今後は会場だけでなくオンラインでも多くのお客さんに見てもらいたい。カレー屋タケちゃんの玉ライブ、今後ますますの拡大を期待したい。
ライブ当日もカレーの注文は可能だ。ライブの日はテイクアウト容器で提供し、ライブ開始からライブ中に注文すると、ライブ終了後に提供してくれる。コアなファンは開場1時間前から場所取りをする。早めに到着してタケちゃん自慢のカレーを食べながら開演を待つのもオススメだ。
漫才は関西のお笑い文化、コントは関東のお笑い文化だと言われていて、スタンドアップコメディを沖縄の新たなお笑い文化として定着させたいと出演者たちは口を揃える。とあるカレー好きの青年が描いた夢は、沖縄お笑い界を巻き込んだ一大ムーブメントを巻き起こそうとしている。
新たな沖縄のお笑い、スタンドアップコメディ「玉ライブ」でスパイスの効いた演者たちの話を一度聞いてみてほしい。そしてオープンマイクに参加して、観客の笑い声を聞くことで「自分の日常にも笑いがあること」をライブを通して体感してみてほしい。
取材・撮影・文/喜友名ひとみ
編集/みやねえ(OKINAWA GRIT)
カレー屋タケちゃん
沖縄県那覇市壺屋1-18-38
11時30分~16時/月火定休
駐車場:なし(お店より徒歩2分。のうれんプラザ駐車場で1時間無料)
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