神奈川県海老名市で1923年に創業し、100年以上もの間、真摯にパン作りに向き合ってきた株式会社栄屋製パン(以下、栄屋製パン)。サンドイッチ用パンの製造過程で生まれるパンの耳に着目し、2022年に新ブランド『Better life with upcycle』を立ち上げ、パンの耳を原料にしたクラフトビールを発売しました。
当初、外部のブルワリー(※)への委託生産で始めた事業は着実に成長を続け、2024年2月には自社のブルワリーをオープン。さらなるチャレンジに意欲を見せる、専務の吉岡謙一さんにお話を伺いました。
※ビールの醸造所
真摯に取り組んだ仕事が十分に評価されない現状に疑問
大量にサンドイッチ用パンを出荷する栄屋製パンでは、毎日トラック1台分に相当する量のパンの耳が発生します。畜産農家の方に引き取ってもらっているため、完全なロスにはなっていませんが、丹精込めて作り上げたものが、一方では価値のある商品として販売され、もう一方ではトラックに積まれ運ばれていく状況に、吉岡さんは疑問を抱いていました。
「切り落としたパンの耳は、重量比で焼きあがったパンの約5分の2。早朝から始まるパン作りに、一生懸命向き合っている人たちの労働の約40%が評価されていないことになります。『これっておかしくない?』ってずっと思っていましたね」
ちょうどその頃、たまたま見かけたニュースで、イギリスのブルワリーが作る「トーストエール(パンの耳を原料にしたビール)」の存在を知った吉岡さん。「いつかやりたい」、そう心に秘めた思いを実行に移す転機となったのは、『Better life with upcycle』立ち上げ直前に患った病です。”死”を身近に感じる経験をしたことで、「やりたいことは今やらなければ」と痛感し、ビール作りへのチャレンジを決意。たった1人で商品化へ向けて動き出しました。
当時、ビール作りのノウハウは全く持っていなかったため、インターネットで調べたブルワリー数十件にメールを送り、協力を仰ぎました。断られたり、返信がなかったりもしましたが、なかには「興味がある」「面白そう」と関心を示してくれるブルワリーも。最終的に、理念に共感しあえた新潟県、石川県、神奈川県の3つのブルワリーに製造を委託し、2022年6月に販売を開始しました。
発売から半年で自社ブルワリー開設を決意
『Better life with upcycle』を発売後、展示会やイベントでの反響に手応えを感じた吉岡さんは、2022年12月頃、自社ブルワリー開設へと舵を切ります。この選択には、発売から半年という短い期間で芽生えた2つの思いが、深く関わっていたといいます。
「展示会などで予想以上の反響があり、事業展開するには十分なマーケットがあると感じました。それと同時に、自分たちでやらないと表現できない部分があるとも思いましたね。この2つが結びついたので、即行動に移しました」
決断したら即実行の吉岡さん。通常は計画から数年かかるところを、周囲の協力を得ながら約1年でオープンまでこぎつけました。2024年3月、自社醸造クラフトビールの新商品を初めてリリース。それ以降11月の現在にいたるまで、次々と新商品を世に送り出してきました。
クラフトビールという手を加えて、新たな物語が生まれる
『Better life with upcycle』では、他の事業者とのコラボビールにも積極的に取り組んできました。
8月にリリースされた「Byproducts」は、富士のファントムブルワリー(※)「BADASS BEER BASE」さん、静岡の厳選された緑茶を扱うカフェ「GOOD TIMING TEA」さんとのコラボビールです。ビール名の「Byproducts」は日本語で「副産物」を意味し、「GOOD TIMING TEA」さんで出た茶葉の出がらしを再利用したサステナブルなビールです。
※自分の醸造所を持たずに他の醸造所への醸造委託により、自らのレシピのビールの醸造、またはコラボレーションビールを作るブルワリー
また、10月にリリースされた「Strawberry Milkshake」は、もともと知り合いだった地元海老名市のいちご農家「武井いちご園」さんの選別除外品を使用したミルクシェイクフルーツエール。イチゴの甘い香りを感じることができる、季節限定商品です。
生産過程で出た副産物をクラフトビールに変換し、社会に届ける取り組みについて、吉岡さんはこう語ります。
「誠実にモノづくりに向き合う人々が生み出したものを、どうすれば喜んでもらいながら、最大限に世の中へ還元できるのかを考えています。『クラフトビール』という手を加えて、新たな物語が生まれる面白さに魅了されていますね。そこに共感してくれる人々と、今後も一緒に挑戦していきたいと思います」
あらゆる人々の協力が今の成長につながった
たった1人で始めた事業は、自社ブルワリーでコラボ商品を開発・販売するまでに拡大を続けてきました。その成長を支えたのは、ひとえに多くの人々の惜しみない協力だったと吉岡さんは感謝を口にします。なぜそこまで周りの人々の協力を得ることができたのでしょうか。最後に、その質問を吉岡さんに投げかけました。
「みんな心のどこかで『チャレンジしたい、自分の思い描いたことを社会に試したい』という気持ちがあると思うんです。それを実行するには高いハードルがありますけど、私は真っ向から突っ込んでいく(笑)そこに対して『そんなに突っ走るなら、なにかしてあげたい』って共感してくれるんだろうなと思います」
飾ることなく、ありのままの姿で果敢にトライ&エラーを繰り返す吉岡さんの姿が、自然と周りの人々の心に眠る思いを刺激したのかもしれません。
吉岡さんに今後の計画を尋ねたところ、ビール製造の際に出る麦芽かすを用いたパン作りや、クラフトジンの開発など、新しい挑戦への意欲を次々と語ってくれました。チャレンジすればするほど、面白い人に出会い、そこから受ける刺激で、また新たなチャレンジをしたくなる。吉岡さん本人も予想できない『Better life with upcycle』の今後の展開から目が離せません。
Better life with upcycle
本社所在地:神奈川県海老名市下今泉1-19-13
HP:https://upcycle-beer.com/
Instagram:https://www.instagram.com/upcycle_beer/
※HPから商品の購入可能。
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