沖縄県西原町の住宅街に「やちむん工房 與那嶺」があります。沖縄の焼き物のことを沖縄の方言で「やちむん」といい、この工房では、やちむんとしては珍しいパステルカラーで模様が描かれたもの、日常使いしやすい焼き物が揃っています。沖縄の焼き物作家の中では若手となる與那嶺さんが、なぜ伝統的な手法を残しつつ現代的なやちむんを作っているのか。やちむん作家になった思いを聞いてみました。
日常が色づくようなやちむんを作りたい
ーーやちむんと言えば、茶系をベースに沖縄の海を連想する青色で描かれた器が多い印象があります。なぜパステルカラーを使った作品を制作したのでしょうか。
與那嶺さん:今までやちむんに興味が無かった若い人に、やちむんを手に取ってもらう。そして使ってもらうには、どんな作品がいいのか考えたとき、現代的なデザインの作品を作ることも選択肢の一つとしてありました。伝統的なデザインを残しつつ、現代的な新しいデザインを織り交ぜた作品を作りたいと思ったので、柄を描く色にパステルカラーを取り入れてみたんです。
ーーこの作品を作る過程で工夫したことはありますか。
與那嶺さん:いつも使っている土は主に赤土で、焼くと赤っぽくなるんです。パステルカラーが映えるように、白をベースにしたくて、県外の土を取り寄せて、配合を変えながら納得のいく色を探し出しました。パステルカラーは昔ながらの手法では出せないので色粉を使ったり、試行錯誤して出来上がった作品の一つなんです。
ーー工房に併設されているギャラリーには、パステルカラーのやちむんの他にも、柄や色、そして多種多様な形のやちむんがありますね。
與那嶺さん:作りたいイメージが頭に浮かんだら作ってを繰り返して、ギャラリーに並べています。伝統はもちろん大事にしたい。でも伝統にこだわりすぎず、現代の生活スタイルに合わせた器も作っています。大きさや器の深さについては、妻から要望を聞いてみたり(笑)。その要望に沿って制作した器もギャラリーに並んでいたりします。”こんなものがあったらいいな”とオーダーを受けて制作することもありますね。
ーーやちむんに模様を彫ったり、描いたりするのは高い技術が必要だと思います。デザインの発案も含めて、時間をかけて制作すると、器の価値も高くなると思うんです。でも與那嶺さんの作品はどれも手が届きやすい価格ですよね。
與那嶺さん:やちむんは全て手作業で制作するので、模様が多いとそれだけ手間がかかります。なのでどうしても値段が高くなってしまう。でも食事で使う器って、器の役割を果たしてくれれば、それだけで十分ですよね。やちむんは日常の中で絶対に必要なものではなくて、日々の生活を楽しく、豊かに過ごすための一つのツールだと思うんです。
私がやちむんを通してみなさんにできることは何だろう?と考えた時、「何気ない日常を楽しいに変える」ような作品を作ることだと感じたので、日常に楽しい色を増やすお手伝いをしたい。そんな思いを込めた価格になっています。もともと植物が好きだったこともあって、知り合いに鉢を作ってみないか、と言われたのをきっかけに、現在は植木鉢も制作しています。
ーーギャラリーの入口に並んでいましたね。やちむんの鉢はあまり見かけないなと思いました。鉢はマットな質感と黒で統一されて、器とはまた違う雰囲気ですよね。どうして土の質感を残したのでしょうか。
與那嶺さん:趣味で育てている多肉植物を植えられる鉢を作りたいと思ったとき、多肉植物は乾燥した地域の植物なので、水はけがいいことが鉢を作る上で必須条件でした。器と同じようにガラス質の釉薬(ゆうやく)でコーティングすると、水はけが悪かったんですね。そこで現在のマットなデザインに落ち着きました。
もともとは泡盛メーカーに勤務して、酒ガメを作っていたんです。荒焼といって、土だけを焼きしめて仕上げる手法です。多肉植物の性質上、荒焼が適していたのもありますが、私の作家としての原点なので作品に取り入れたかったのもありますね。
與那嶺さんにとって、作家としての原点
ーー泡盛メーカーで酒ガメを作っていたと。どんな経緯でやちむん作りにたどり着いたのでしょうか。
與那嶺さん:泡盛メーカーに勤める前は事務職とか、いくつか仕事を転々としてました。心からやりがいを感じる仕事は何だろう?と思いながら、自分に合う仕事を探していたんです。そんなとき、泡盛メーカーで酒ガメをメインに作る職人の募集を見つけて、面白そうだなという好奇心から求人に応募して、やちむん作りに携わるようになりました。
ーーやちむん作りに携わるようになって、いつ頃から作家として独立したいと思ったのでしょうか。
與那嶺さん:泡盛メーカーに勤め始めて、やちむんを作る面白さに気づいて。酒ガメだけでなく、お皿やコップなど器にも興味を持つようになりました。でも職場では酒ガメを作ることが仕事だったので、自分が作ってみたいと思った器類は作れません。そんなとき、作陶している職人さんが制作の手伝いで職場に来たことで繋がりを持つようになり、職人さんの工房に通ううちに作陶にどっぷりハマって弟子入りしました。会社では酒ガメづくり、師匠の工房で器を作る日々を過ごして、2年が経過した頃、作家として独立したいと考えるようになりました。器作りの楽しさに気づき、師匠に弟子入りしたことが作家としての原点ですね。
ーー独立すると決めてから、実際に工房兼ギャラリーをオープンするまでの間、壁にぶつかったこと、苦労したことはありましたか。
與那嶺さん:2005年にやちむん作りに携わり、その2年後には独立するぞと決めていましたが、実際に工房兼ギャラリーをオープンしたのが2019年。独立までの約12年、自分の中では時間がかかってしまったなという気持ちが一番大きいです。もちろん工房を構えるにあたって、腕を磨き続けるために練習を積み重ねたこと、制作環境を整えることなど、多少大変なこともありましたが、自分のやりがいを感じられることを見つけた喜びのほうが勝っていて、すべての経験を楽しんでここまできました。
個性が出るやちむんの制作工程
ーーやちむんと言えば、大きな登り窯で焼き上げるというイメージがありますが、工房内で制作してるのでしょうか。また、やちむん作りの工程についても伺ってみたいです。
與那嶺さん:土から成形して作品が完成するまで、この工房で完結します。制作工程は、まずろくろを使って成形して乾燥させた後、削りで形を整えます。器を直接彫って模様を出す「線彫」と筆で模様を描く「染付」の2つの技法があり、染付では模様を描く前に下準備として化粧掛けといって器の表面を白く加工します。乾燥して、焼き上げるのは電気窯を使用していて、ゆっくり温度を上げて水分を飛ばす作業を入れると丸1日、24時間かけてじっくり焼き上げて作品が完成します。
ーーやちむんの材料となる土はどこの土を使っていますか。
與那嶺さん:基本的に県内北部の赤土を使っています。赤土は焼くと色が赤っぽく変化するので、パステルカラーのやちむんは土台の色をグレーっぽくしたかったので、県外から土を取り寄せました。それぞれの作品に合わせて、何種類かの土を配合しています。
ーーでは、やちむんの表面をコーティングしたり、模様を描く時に使う釉薬も、作品によって使う材料や配合が異なるのでしょうか。
與那嶺さん:灰と長石といって石を粉末状にしたものに、土と水を混ぜ合わせて、それが沈殿したら上澄みを捨てる、あく抜きという工程を何度も繰り返します。そうして釉薬が完成します。この釉薬は師匠から習った配合をベースに、自分の出したい質感や色を出すために配合を変えていますね。
ーー器はツルっとして、鉢はザラついた質感。この違いはどうやって出しているんですか。
與那嶺さん:土の表面の強度を上げて、まず長く使ってもらえるようにコーティングします。その際に使用する釉薬という薬剤の配合が関係しています。伝統的な釉薬はガラス質の性質が強く出る配合で、塗るとツルツルの仕上がりになります。もう一方はマットな仕上がりになるように薬剤の配合を調整しています。うちの工房では、マットな仕上がりになる釉薬で仕上げた器も作っていて、珍しいねと言ってもらうことが多いです。
ーーそれでは最後に、今後やちむん作家として挑戦したいことはありますか。
與那嶺さん:思いのままに作る毎日なので、挑戦してみたいことは特段ないんですが、やちむんを作り始めた頃に作っていた酒ガメのような、大きな作品作りも好きなんですね。今後は大きい植木鉢や鑑賞用の壺を作りたいと思っています。お客さんから直接オーダーを受けたり、県内外で取り扱ってくれるお店もあって、嬉しい限りです。
最近だとオーストラリアのセレクトショップへ納品もしています。何かに挑戦したいと思う前に挑戦させてもらえる環境があるって、幸せなことですね。
面白そうという好奇心から、やちむん作家になった與那嶺さん。その作品は、珍しい色を使ったやちむんや、絶妙なサイズ違いのやちむんが盛りだくさんです。ギャラリーはもちろん、與那嶺さんが出店するイベント会場へ足を運んでみると、あなたの日常を色づけてくれるやちむんとの出会いが期待できそうです。
取材・文/長濱むつき
撮影・編集/みやねえ(OKINAWA GRIT)
やちむん工房 與那嶺
沖縄県中頭郡西原町字小橋川107-1
10時30分~17時/不定休
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