茨城県つくば市。学術・研究都市として有名な同市の中心地からほど近い場所にある、保護犬と出会える「キドックスカフェ」。運営するのは、犬の保護活動と不登校支援・若者の自立支援を行う認定NPO法人キドックス(以下:キドックス)です。約1000坪の敷地には、保護犬カフェのほか、ドッグランやドッグシェルター、ペットホテルなどが揃い、犬好きはもちろん地域の人の憩いの場となっています。今回は事務局長を務める岡本達也さんに、キドックス設立の経緯や目指す姿について伺いました。
子ども時代の原体験がキドックス設立に
「なぜ犬と人の両方を支援するのか?」「どちらかに集中した方がいいのでは?」キドックスの活動を知った人から、よく聞かれる質問だと岡本さんは言います。
「生きづらさを抱えた人も行き場を失った犬も、声なき声を持つ存在という意味では同じだと僕たちは考えています」
キドックス設立の背景には、代表である上山琴美さんの子ども時代の原体験があります。1つは小学生時代、飼い犬がいじめに遭っていた上山さんの心の支えになっていたこと。それ以来、犬に関する問題にも関心を持つようになり、殺処分などのニュースに心を痛めていました。
もう1つは、幼い頃から仲の良かった友人が中高生時代に非行に走ったこと。同じような環境で育ってきたように見えていたのに、なぜ道をそれてしまうのかという疑問から、大学では教育学や心理学などを学びました。
これらの体験から、上山さんは人と犬のために何かしたいという強い思いを持つようになりました。そこで出合ったのがアメリカのオレゴン州で行われていたドッグプログラム(※)「プロジェクト・プーチ」でした。これは少年院内で受刑者の少年が捨てられた犬をトレーニングし共に社会復帰を目指すという更生プログラムで、驚くことに出所後の再犯率が0という実績を持っています。このプロジェクトを参考に、独自のドッグプログラムをスタートできないかと模索しました。
「日本の場合、自分の持つ能力や特性を発揮できずに困難を抱える子どもや若者がたくさんいます。それが不登校や引きこもりという社会問題の根深さにつながっているんじゃないかと思うんです」と岡本さん。こうして犬の保護活動と子ども・若者支援のプログラムが始まりました。
(※)ドッグプログラムとは、犬を介して行う教育や支援活動のこと(引用:キドックスリーフレット)
地域とつながり、問題の対処ではなく予防を
当初は、別の保護団体から犬を預かりトレーニングを行っていました。しかし活動が安定してきたことに加え、最初から最後まで責任を持って犬たちの世話をしたいという思いから独自のドッグシェルターを設けることに。それに伴い、犬たちの譲渡の場と若者たちの就労体験の場として、2018年につくば市内の現在とは別の場所で保護犬カフェをオープンしました。私生活では上山さんのパートナーでもある岡本さんも、この頃に会社員を辞め本格的にキドックスの活動に加わります。
さらに活動を拡大するため、2022年4月に現在の場所に移転してできたのが、キドックスカフェを含むヒューマンアニマルコミュニティセンターキドックス(略称:HACCキドックス)です。
「移転を決めた一番の理由は、もっと地域とつながっていきたいと考えたからです。遠くで気づかないうちに誰かが犬たちの命をつなぐのではなく、街中に社会問題に触れられる場所があることに大きな意味があると思っています」
また地域とつながることで、問題への対処ではなく予防をしていきたいと岡本さんは語ります。
「僕たちが取り組んでいるのは、すでに困難な状態に陥っている動物や人への支援です。でも本来は、問題が大きくなる前に犬も人も自分らしい生き方ができればいいなと思うんです」
お互いに助け合うフラットな関係づくり
そのためにキドックスカフェが目指すのは、何でも相談できる地域の居場所です。
「人はいつ、どういった形で困難な状況の当事者になるか分からないじゃないですか。だからこそ普段遊びに行っている保護犬カフェが、実は動物や人への支援に詳しくて、気軽に相談ができるというのは理想の形だなと思っています」
実際、キドックスには岡本さんをはじめ社会福祉士や精神保健福祉士の資格を有するスタッフや、キャリアコンサルティングや生活支援員の経験を持つスタッフが在籍しています。専門的な視点からも、さまざまな相談に乗ることができる体制も整っているのです。
地域の人々と一緒に活動していきたいとさまざまなイベントも開催しており、10月には年に1度の「キドックスマルシェ」を実施しました。
毎月開催している「どうぶつ子ども食堂」もキドックスならではの取り組みです。食事を提供するだけでなく、子どもたちと一緒に作ったり、たき火をしたり、遊んだりといった参加型の子ども食堂を運営しています。そして一番の特色はスタッフ犬が参加することです。
「いきなりみんなの輪の中に入っていきづらい子も、犬と触れ合えるならちょっと遊びに行こうかなと、足を運びやすいみたいですね」
「どうぶつ子ども食堂」では参加型のスタイルを大切にしていますが、これはキドックスの活動全般にいえます。支援というと、「助ける」「助けられる」という図式が浮かびがちですが、あくまでもその場にいる全員が対等な関係を築きたいと岡本さんは語ります。
「いつもどちらかが支援する側というのは不自然だと思っています。実際に利用者のみんなや犬たちに助けられることもたくさんあります。助け合い、支え合いが入り乱れるようなフラットな関係を目指しています」
キドックスの活動はまだまだ道半ば
広い敷地に保護犬カフェをはじめ、さまざまな施設を備えたキドックスに対して「もう困っていることはないですよね」と言われることも多いそう。けれども、自分たちの活動はまだまだ道半ばだと岡本さんは感じています。
「僕たちの活動が目指すのは、この地域や社会をもっともっと良くしていくことなんです。そのために自分たちだけでできることには限界があるし、まだまだ人も資金も足りていないのが現状です。だから、まずは僕たちの活動について知ってほしいですね」
キドックスカフェを訪れる他にも、毎月実施されている見学ツアーに参加すればキドックスについて知ることができます。また遠方で足を運ぶのが難しいという方は、InstagramやXといったSNSでの発信を見たり、寄付をしたりすることでキドックスの活動を応援できます。