──────「人と自然のつながりができる場所でありたいと願っています」。
そう語るのは、モリウミアスファームの油井さん。
豊かな森林やリアス式海岸に囲まれた宮城県石巻市雄勝町は、2011年3月11日の東日本大震災により、町の約8割が甚大な津波被害を受けた場所である。
この雄勝の地でおこなわれている「MORIUMIUS FARM」(以下モリウミアスファーム)のぶどう畑プロジェクト。雄勝町の、そしてこどもたちの未来をつくる、記念すべき「植樹」の瞬間に立ち会わせていただいた。
雄勝の未来へ続く「リジェネラティブなぶどう畑」
モリウミアスファームの母体となるのは「MORIUMIUS(モリウミアス)」である。
モリウミアスは、1923年に設立し2002年に閉校となった木造校舎を活用してつくられた施設。
豊かな自然と雄勝に生きる人との交流を通じ、サステナブルに生きる力を育むこども達の学び場であり、1泊の短期滞在や1年間の留学プロジェクトなどといった長期で生活もできる複合体験施設だ。
そんなモリウミアスが、東日本大震災の大津波で被災した「旧雄勝中学校」跡地につくった「モリウミアスファーム」で、リジェネラティブ農業(※1)によるぶどう畑プロジェクトを進めている。
ぶどう畑は、石巻市の官民連携事業「雄勝ガーデンパーク」の一環として“花と緑があふれる美しい空間”を形成すべく、住民などによるボトムアップ型の取り組みとして2023年春から始まったプロジェクトだ。
東日本大震災の大津波により塩害を受けた、雄勝町の元中心部にある約2万平方メートルの土地。
草も生えない、生物も寄りつかない環境となってしまったところから山土に入れ替え、土壌の改善を進めた。
そして2024年4月、植樹ができるまでになったのだ。
土壌の改良や暗渠(あんきょ)整備などは、以下の記事で紹介している。植樹に至るまでの経緯は、ぜひこちらをご覧いただきたい。
▶︎ 津波被災の中学校跡地をぶどう畑へ!宮城県雄勝町「MORIUMIUS FARM」が拓く未来
(※1)リジェネラティブ農業……農薬や化学肥料を使わずに土壌環境を修復・改善しながら、健康な土壌や環境を取り戻す農業のこと。環境再生型農業とも呼ばれる。
ぶどうの畑の始まりとなる苗の植樹
2023年の春から約1年間およそ800名の方々と一緒に、津波の被害により塩害を受けた土壌を山土に入れ替え、いよいよぶどうの苗木を植樹できるときが来たのだ。
畑にはたんぽぽが咲き、みみずやてんとう虫・カエルの姿が見られた。一般的な畑ではごく当たり前の光景なのだが……塩害を受けた雄勝では、当たり前ではなかった。
「土を入れ替えるまでは、植物も生物も寄りつかなかったのに」と、うれしそうに語る油井代表の顔が忘れられない。
ぶどうの苗木の植樹は、2024年4〜5月までおこなわれる。苗木は7品種で計1,300本。複数の日程にわけて、すべて人の手で土に植えられるのだ。
毎週末にわたり、農園主と呼ばれるファームのオーナー権限を持つ方やモリウミアスから縁がつながった方、雄勝に住んでいる・住んでいた方々の手によって既に植樹が進められており、取材日の2024年4月28日は4品種目であるツヴァイゲルトの植樹だった。
当日の参加者は、大人とこども合わせて40名ほど。油井代表の話が終わった後、大人とこどもで分かれ植樹を始める。
植樹のやり方を聞くこどもたちの眼差しは、真剣そのものだ。
植樹は、大きく分けて4つの工程でおこなわれる。
- ①地面に50cm四方の穴を掘る
- ②堆肥(たいひ)と元々あった土を混ぜ穴に山をつくる
- ③苗のまわりに土を盛り安定させる
- ④土にジョウロいっぱいの水をかける
▼
▼
▼
文章だけでみたら、かんたんそうに見えるかもしれない。筆者も実際に手伝わせていただいたが、まず、土が……土が想像の数倍固いのだ。
力いっぱい地面にスコップを突き刺しても、先端から10cmほどしか刺さらないなんてこともしばしば。
また、苗木のまわりに水が溜まってしまわないように整えたり、石があればどけたり。ジョウロの形状によっては出る水を手でうまく調整しないと、こんもりさせた苗木の山に要らぬ穴が開いてしまったりする。気をつかうところがたくさんある。
堆肥を持ってきて、水をくんでという作業も、広大なファームの中では大変な作業となる。人力で何往復もしながら、1本1本の苗を植えていく。
苗木1本を植えるのには、大人2人がかりで約30分はかかる体力勝負だった。
そのうえ取材当日は、雲の白がひとつも見当たらないほどの真っ青な晴天。25℃ほどあり、とても暑い。自然の恵みであるはずの太陽の光も、ジリジリと暑く、体力を奪われる。
そんな中でも、参加者の方はずっと楽しそうな笑顔を浮かべていた。たくさんの場所から笑い声が聞こえていたのが、植樹の大変さとのギャップがあり、とても印象的だった。
楽しそうな雰囲気と、真剣な眼差し
取材日の当日がゴールデンウィークの始まりだったこともあり、東京など関東圏からの参加者が多かった。
遠いところからも、これからの雄勝町やこどもたちの明るい未来を願っている方がたくさんいることが感じられる。
たくさん参加していたこどもたちの中でもじっくり話を聞かせてもらえたのが、モリウミアスネーム(※2)なつのっちとケンだ。
モリウミアスにはもう何年も通っている、なつのっち。
「土が固くて固くて……暑くて、大変だった!」と話す一方で「モリウミアスは、わたしのふるさとです。自然がたくさんあって、いつも変わらない顔ぶれで、訪れるたびにうれしくなります。ぶどうは長生きだから、100年先まで続いていくように見守りたいです」と、雄勝のすべてを愛おしむように話してくれた。
「大変だったけど、土を混ぜたり植える場所を線に合わせたり、何よりみんなで協力してやったのが楽しかった。また絶対きます!自分が植えたぶどうの成長を見たいから!」と語るケンの声は、とても力強い。
ご友人からの紹介でモリウミアスを知ったという、関東圏からお子さんと一緒に参加されているお母さんは「雄勝の何もかもが美しくて。子どものプログラムを通じて知りましたが、自分も虜になっていました」と、終始楽しそうに話してくれた。
またこの日は、津波で被災した中学校の卒業生だという方も、ご家族でいらっしゃっていた。「苗の高さが子どもの身長と同じくらい!」と、うれしそうに目を細めていた姿が印象的だ。
この子と一緒に大きくなっていくぶどうの木を見守り続けていきたいと話すお母さんの瞳は、明るい未来を見据えていた。
(※2)モリウミアスネーム……モリウミアスにいるあいだに呼ばれる名前。大人もこどももお互いに「ちゃんやさん」などつけることなく、対等な関係で過ごすために全員がモリウミアスネームで呼ばれる。グッと距離が近くなるのを感じた。
ワインやジュースの販売は2030年を見込む
モリウミアスファームのぶどうの苗木の植樹は、5月中に1,300本すべてを終了する予定でいる。ワインやジュースにできるほどの量を収穫できるのは2029年を見込んでおり、翌年の2030年にはじめて販売となる計画だ。
「雄勝で育ったぶどうをワインやジュースにする。それを飲んだ方々が、雄勝を思いだす。訪れてくださる。そんなふうにして、人と人との縁をつなぎ、人の輪を増やしていける場所になれればいいなと思っています」と、油井代表は語った。
リジェネラティブ農業に取り組み、自然発酵や微生物の力を借りながら、有機物にあふれる豊かな土壌を作り続けてきたモリウミアスファーム。
人間の力で自然をよみがえらせるとともに、雄勝町とこどもたちへサステナブルな未来を届けるべく、歩みを続けている。
「ぶどうは長生きです。この畑はここから100年先まで続いていくかもしれない。今がその一歩なんだ」と、こどもたちに語りかける油井代表には、自然が循環する豊かな雄勝の未来が見えているのだろう。
MORIUMIUS FARM
住所:〒986-1333 宮城県石巻市雄勝町雄勝寺4-3
電話番号:0225-25-6506
公式ストア「MORIUMIUS at home」
現在モリウミアスでは、公式ストア「MORIUMIUS at home」にて、自然発酵・醸造ワインを販売しています。
山形県の契約農家さんが栽培したぶどうを収穫し、自然発酵・醸造を宮城県川崎町にあるワイナリー「Fattoria AL FIORE(アルフィオーレ)」でおこなったワインです。
雄勝産のぶどうが収穫できるようになるまでは、こちらのワインをぜひお楽しみください。