「きんじょの本棚」という取り組みをご存知でしょうか?街のあちこちに設置された本棚から、誰でも自由に本を借りたり返したりできる、まるで小さな図書館のような仕組みです。
今回は、「きんじょの本棚」を立ち上げたきんじょうさんにアイデアが生まれたきっかけや、実際に形にするまでを伺いました。
6年間で40倍以上に成長!「きんじょの本棚」
ー現在の「きんじょの本棚」の状況について教えてください。
きんじょう:はい。現在、きんじょの本棚は263カ所に設置されています。カフェやコミュニティセンター、病院など人が集まる場所にも設置されていますが、3分の1以上の本棚が個人宅の前に設置されています。
ー凄いですね!町田周辺だけでなく、全国に広がりつつあるのでしょうか。最も遠方ですと、どこですか。
きんじょう:そうですね、現在16都道府県にあります。北海道や沖縄県にも「きんじょの本棚」があるんですよ。最近増えているのが長野県です。
―なにかきっかけがあったのでしょうか。
きんじょう:実は、私は今年(2024年)7カ月間、東京と長野で2拠点生活をしていました。そのご縁でカフェや ゲストハウスで「きんじょの本棚をやってみたい」と言ってくれる人がいて、徐々に広がっているんです。
ー「きんじょの本棚」が263カ所にまで広がったのは、なぜだと思いますか。
きんじょう:設置が急速に増えたのは、2020年からです。私は、新型コロナウィルスの蔓延が一つのきっかけだったと思っています。当時は、図書館や書店がお休みになったり、家に籠って人と接触しなかったりしましたよね。時間を持て余す人もいました。そこに、ご近所で本を借りられる「きんじょの本棚」が、マッチしたのではないでしょうか。また、本を借りるだけでなく、ご近所を散歩するきっかけになったという声もよく聞きます。
私の個人的な考察ですが「きんじょの本棚」はどこの本棚で借りて、どこの本棚に返してもいい自由なシステムです。何冊まで借りられて、いつまでに返却するといったルールは本棚の店主さん(本棚を設置している人)に決めていただいています。ある意味、人の善意をベースにしたシステムなんですよね。コロナ禍がはじまった頃は、多くの人が管理されることやルールに縛られることに無意識に疲弊していたのではないでしょうか。そんななか「きんじょの本棚」のような、管理されない、ゆるいルールで緩やかに人とつながりをもちながら、本を貸し借りできるシステムが多くの方に受け入れられたのではないかと思っています。
ーなるほど、そうですね。確かに、管理されてルールがガチガチの社会に、息苦しさを覚える人が増えていたのかもしれないですね。
きんじょう:そうですね。コロナ禍をきっかけに、時流に乗ったという面があったと思います。また、口コミやSNSも「きんじょの本棚」が広がるきっかけになりました。
「きんじょの本棚」はじまりの話
きんじょうさんは、どのようにして「きんじょの本棚」というユニークなシステムを思い付いたのでしょうか。また、アイデアを形にしていったのでしょうか。ここからは「きんじょの本棚」誕生のストーリーを伺います。
ーきんじょうさんが「きんじょの本棚」をやってみようと思ったのはなぜでしょうか。
きんじょう:私は本を読むのが好きなんですが、同じくらい「本を読む人」が好きなんです。本を読んでいる人って、素敵じゃないですか。そして、みなさんがどんな本を読んでいるのか、とても興味があります。
ーわかります。本好きな人って、少なからず他の人が読んでいる本が気になりますよね。
きんじょう:親しい人に「何読んでるの?」ってよく聞いていました。「どんなところが面白いの?」とか「どうしてその本が好きなの?」とか。そこで「家の前に本棚があったら、みんなが読んでいる本が見られるのにな」と思ったんです。そして「どこで借りて、どこに返してもよかったら、みんなのおすすめの本が読めるんじゃない?」「家にいながら、どんどん本が循環してきたら楽しそう」とアイデアが広がりました。
また、きんじょの本棚のアイデアの源になったのが『マカン・マラン 二十三時の夜食カフェ』という小説です。落ち込んだ人々が、夜中の隠れ家カフェで美味しいものを食べて元気になっていくというストーリーなんです。私自身もメンタルが弱めで落ち込むこともあるのですが、この小説のように本で誰かを元気にできたらなと考えたんです。
ーその着想、素晴らしいですね。きんじょうさんがいかに本好きか、よくわかるエピソードです。
きんじょう:そこで、実際に「きんじょの本棚」をやってみたんですね。最初は友人に声をかけて、4カ所から始めました。少なくとも2カ所以上に本棚がないと、循環できないですからね。それが、6年前です。
ーやってみていかがでしたか。
きんじょう:それが、全然うまく行きませんでした。1年半ぐらいは誰にも使われない状態が続きました。自分で定期的に本棚を見回って、本を移動させたりしていましたね。
ーそうでしたか。そのあと、新型コロナウィルスの蔓延や口コミで徐々に広がっていったんですね。
きんじょう:そうです。最初の7カ所までは、私から「本棚を置いてもらえませんか」とお声がけしていたんです。8カ所目からは、自主的に「やりたい」「面白そう」という人が現れて、263カ所まで増えました。
ービジネスとして発展させるつもりはなかったのですか。
きんじょう:いろいろ考えてみた時期は、確かにあります。収入になったらいいなと思ったこともありますが、やはり仕事としてやっていたら趣旨が変わってしまいます。マネタイズを目的としていたら、現在のように広がっていなかったかもしれません。
本で人を元気にしたいと思って「きんじょの本棚」をはじめましたが、実は私が一番元気をもらっていると思います。今、5年前の知り合いに会っても、私だって気付かないんじゃないかしら。魅力的な店主さんや、本棚を利用する人たち同士の交流を知って、いくらお金を積んでも買えないような素晴らしいご縁やつながりを得ました。
「きんじょの本棚」の素敵なエピソード
きんじょう:「きんじょの本棚」はもともと、家の前に本棚を置いて本を貸し出すだけの活動でした。しかし、今は私も予想していなかったような、人と人とのつながりを生んでいます。
例えば、ある小学校の通学路に設置された本棚は、学校に行き渋るお子さんとお母さんのよりどころになっていました。
ある本棚は子どもたちが待ち合わせ場所として利用し、60代の店主さんとお子さんたちの間で交換日記のようなやり取りが生まれています。
また、ある地区では家を探しに来た人が「きんじょの本棚」をあちこちで見かけ、「何か、この街に『ようこそ』っていわれてる気がする」と感じたそうです。「本棚を置いている家がこんなにたくさんあるなんて、ここに住んだら安心」と思ってくれたようで、引越しを決めたという話を聞きました。直接「きんじょの本棚」を利用していなくても、通りすがりに本棚を目にしただけで、街の雰囲気を変えていることを実感しました。
ー数えきれないほど素敵なエピソードがありますね。
きんじょう:本当にそうなのです。このような心温まる交流が生まれているので、たくさんのご縁や交流を私だけが知っているのはもったいないと思うようになりました。今、「きんじょの本棚」ストーリーをInstagramで発信しているところです。いつか「きんじょの本棚」のエピソードをまとめて、書籍にできたらいいなと思っています。
「きんじょの本棚」のこれから
ーこれから「きんじょの本棚」をどのように運営していきたいですか。
きんじょう:そうですね、特に目標はないんです。ただ、楽しい取り組みなのでなるべく長く続けられればいいな、とは思っています。「きんじょの本棚」が、多くの人を元気にするきっかけになれば、とても嬉しいですね。
また、この活動を通じて、自分がやりたいことに気づき、それを実現できる人が増えることを願っています。そのためにも、まずは私自身が全力で面白がっていくことかな。
「きんじょの本棚」がもたらす新たな価値
「きんじょの本棚」は本の貸し借りを超え、人々の心を繋ぎ街に新たな活力を生み出す取り組みです。設置当初は思うように活用されなかったものの、コロナ禍をきっかけにその価値が認識され、現在では全国263カ所にまで広がる大きなコミュニティとなりました。
背景には本好きなきんじょうさんの純粋な思いと、人々の善意を信じた柔軟なルールがあります。「きんじょの本棚」は管理されない自由な仕組みだからこそ、多くの人に受け入れられ、利用者間の予想外の交流や感動的なエピソードを生み出したのでしょう。本を通じて元気を届けたいという思いから始まった活動は、地域の絆を深めるだけでなく、訪れる人々に「この街に住みたい」と思わせる力も持っています。
「きんじょの本棚」のように、自分の好きなことを形にし、周囲と共有する取り組みは、誰もが気軽に挑戦できる素晴らしいアイデアです。その背中を押す存在としても、きんじょうさんの活動は多くの人に影響を与えているのではないでしょうか。
きんじょの本棚公式ホームページ: きんじょの本棚
きんじょの本棚Instagram