
沖縄の南西、沖縄本島よりも台湾に近い場所に位置する八重山(やえやま)諸島。大小合わせて32の島々で構成され、そのうち有人島は石垣島をはじめとする12島だ。それぞれの島ごとに多様な文化や自然が育まれており、特に旧暦で執り行われる神事ではその島ならではの特色を感じることができる。
石垣島と西表島を行き来して暮らすフリーライターである私が今回訪れたのは、黒島。220名ほどの人口に対して飼育されている牛の数が3,000頭近くにもなる「牛の島」だ。のどかなこの島では、旧正月にあたる旧暦1月1日に、五穀豊穣や子孫繁栄を祈願する大綱引きの神事が行われる。
この大綱引きの行事には観光客も参加できるらしいが、Web上で検索しても情報が少ない。この「行ってみないとわからない」という冒険感も離島ならでは…とワクワクしつつも、八重山では部外者に対して排他的な島もあると聞いているので、一抹の不安を感じる。緊張しながらも、いざ行ってみよう!ということで、黒島に初上陸。旧正月の大綱引き行事を体験してきた。
武者もミルクも登場!海の向こうから豊穣を引き寄せる大綱引き

黒島の中でも東筋(あがりすじ)と仲本(なかもと)の2つの集落で大綱引きが行われるが、この日は東筋集落にお邪魔した。
開始時刻の5分前に到着したものの、まだ人もまばら。準備を進める人たちの姿を見ていると次々と地元の方がやってきた。ハッピを羽織り、ロープを腰に結んで、いかにも祭といった雰囲気だ。
島に移住してきてすぐだという若い女性が司会進行役の方に「何か手伝えることがあればと思って来させてもらいました」と控え目に言うと、「これを着ることが一番の手伝いだから!」と朗らかに笑いながらハッピを指した。
このハッピは「すでぃな」と呼ばれ、麻だろうか、ナチュラルな色合いのシンプルなデザインの衣だ。背中側には集落の紋が刺繍されており、東筋は丸の中に4本の横線、仲本は2本線が引かれたマークとなっている。一着一着丁寧に折りたたまれてきれいに管理されているのが遠目からでもよくわかる。
これが伝統的な衣装なんだ、そう思って目を輝かせて見ていると、司会進行役の方とバチっと目が合った。
「そこのあなたも着てね!」
よく通る朗らかな声でそう伝えると、遠くから呼ばれてのんびりと背を向けて去っていく。
観光客のわたしたちはソワソワしながらも、「着させてもらっていいですか?」と声をかけて「すでぃな」と帯を受け取る。観光客同士、「よそ者でも参加させてもらえるんですね」「嬉しいですね」と言葉を交わしながら、祭の始まりを待った。
「うちなーたいむ」なのか、開始予定時刻から20分ほど過ぎてからアナウンスが。「御嶽(うたき)から司(つかさ)さんが来られるのを待っているんですがまだで…。それまでしばらく歌いましょうね」

なんともゆるい声掛けに、思わず参加者の顔にほほえみが浮かぶ。島民は手にマイクや太鼓を持ち、みんなで歌に合わせて合いの手を入れながら「かちゃーしー」だ。かちゃーしーとは「かきまぜる」という意味の沖縄の方言で、肘から先を高く上げて頭上で手を左右に振って踊ること。隣の方にこそっと「どうやるんですか?」と聞くと、「こうやって手を動かす!」と身振り手振りでレクチャーしてくださった。

旧正月の行事ということで、「正月ユンタ」など正月にちなんだ黒島の民謡を三味線、太鼓、踊りで盛り上げる。正月ユンタの歌詞がボードに書き出され、みんなで合いの手を入れやすいように工夫もされていた。
司さんの挨拶が終わると、青年たちが担ぐ舞台に乗って、北方から鎌、南方から槍を持った武者が登場する。舞台が組み合わさると、睨み合っていた武者たちはいざ!とばかりに戦いを繰り広げる。ゆっくりとスローモーションの所作だが、気合十分の声、相手の急所を狙おうとする的確な動き、鬼気迫った表情と、迫力は満点だ。思わず見入ってしまい、口が開いていると笑われてしまった。

さて、お待ちかねの大綱引きだ。北側と南側に分かれて綱を引き、北側が勝てば豊漁、南側が勝てば豊作となる。「みんなこっち来てよ!」の掛け声で、島の住民も飛び入りの観光客も、さっきまで木陰でゲームをしていた子どもたちや焼けた肌に笑いジワが刻まれたおじいまで、全員参加だ。

両側から太い綱を伸ばしてきて、中央の人が持つ棒でしっかり結んでから引く。わたしは南側の後ろの方で引かせていただいたが、南側に人が多く集まっていたようで、手ごたえも少ないままあっという間に南側の勝利に終わった。「あれ、終わり?勝ったの?」と勝負の行方もわからないまま、手早く回収される綱を見送った。「今年も豊作かー」という島民の感想を聞くに、南側に軍配が上がる年が多いのだろう。
メインイベントの後も儀式は続く。ミルクの登場だ。「ミルク」とは海の彼方のニライカナイと呼ばれる楽園から五穀豊穣をもたらす神様で、仏教で説く弥勒菩薩のこと。

沖縄で最も高貴な色とされる黄色い衣に身を包んだミルク神の後ろに立つ従者の手には、五穀の種子。従者からこの五穀を授かり、島のますますの繁栄を願った。

最後は参加者全員で正月ユンタを唄い踊って締めくくり、旧正月を盛大に祝った。
旧正月の大綱引きは、黒島の三大行事のうちの一つ。この日は平日ということもあり仕事で来れなかった人もいたそうだが、島民ほぼ総出といえるほど大勢で行事を作り、盛り上げた。その熱気に観光客も自然と巻き込まれ、体が生き生きと動く。祭の場にいた人々はみんな朗らかな笑顔を浮かべ、あちらこちらから弾んだ声が聞こえてくる。人のあたたかさを感じる交流がこの場にはたくさんあった。
ここを訪れた人みんなが黒島のことを好きになるだろうな。そんなことを思いながら、この短時間で黒島を大好きになったわたしは穏やかなほほえみを浮かべ、鼻歌を歌いながら、島の人々への感謝を胸に、祭の会場を後にするのだった。
【旧正月の大綱引き】
- 場所 黒島内 東筋(あがりすじ)集落、仲本(なかもと)集落
- 日時 旧暦1月1日 午後
詳細は竹富町ホームページなどをご覧ください。