10月のある晴れた日曜日、神奈川県小田原市の小田原市郷土文化館で、来館者を前に縄文土器の説明をする高校生の姿がありました。彼の名前は縄文土器研究家の鈴木陽麿さん。小田原市在住の高校1年生です。
まだ16歳という若さにもかかわらず、鈴木さんは小田原の歴史の魅力を広める活動に熱心に取り組んでいます。これまでに共著で論文を2本発表し、テレビの情報番組に出演したほか、小田原市郷土文化館で講演も行いました。こうした幅広い活動が認められ、昨年度は「おだわらMIRAIアワード2023」で特別賞を受賞しています。
小学2年生で知った縄文土器の魅力、学芸員・土屋さんとの交流で深まる興味
鈴木さんの縄文土器との出会いは、小学2年生までさかのぼります。担任教諭から、土器を拾える場所を教えてもらったことをきっかけに、父親と小田原市内の遺跡に足を運ぶようになりました。鈴木さんのお目当ては、農作業や工事の際に地表に出てきた土器や石器のかけら。作業をしている人に許可をもらい、採集を続けてきました。
ある時、図書館の企画展で出会った学芸員の土屋健作さんに、拾った土器片を見てもらったところ、煮炊きに使用した縄文土器であることを教えてもらいました。鈴木さんは当時をこう振り返ります。
「僕が土屋さんに見せたのは、たった3cmくらいのかけらだったんです。模様もないし、もしかしたら土管の一部かもしれない。表面がツルツルしていたので、現代のものかなとも思いました。それを見てすぐに、時代や全体の形状、用途まで土屋さんは教えてくれて。衝撃を受けました」
この出会いをきっかけに、鈴木さんは土器片を採集しては、土屋さんに持っていくようになりました。
「どんどん教えてもらいたくなったんです。『この日はいいですか』と、土屋さんの都合を聞いて訪ねて、拾った土器を広げて見せました。土屋さんは、保管方法や時代の見極め方などいろいろなことを教えてくれました」
論文発表からイベントの講師まで、多岐にわたる発信活動
小学5年生の時には、縄文時代早期(約10,000年前)の土器を発見し、その調査結果をまとめた論文を土屋さんと共著で発表しました。この土器を採集した地域では、これまで約5,000年前から人々の生活が始まると考えられていたので、地域の歴史が大きくさかのぼる貴重な発見となりました。土器片の計測や拓本(*参照)など、細かい作業の連続を、鈴木さんは「達成感があり、とても嬉しかった」と振り返ります。
さらに、中学2年生の時にも、全国的に珍しい土器片「両面顔面把手(りょうめんがんめんとって)」を採集し、研究結果をまとめて土屋さんと共著で発表しました。土屋さんのサポートを受けつつ、自分の意見を発表できたことに、大きな満足感を覚えたと言います。
鈴木さんは論文以外にも、小田原市郷土文化館で開催されたイベントの講師を務めたり、「おだわらMIRAIアワード2023」でプレゼンテーションを行ったり、精力的に活動してきました。自分の好きなものや夢中になっているものを、公の場で発表することに躊躇する人も少なくないなか、鈴木さんは「僕はこれが好きだし、一番楽しい」と、今後の発信活動にも意欲を見せています。
*拓本(たくほん)…石や金属に彫られた文字や模様を、原形のまま紙に写し取ったもの、およびその技法。
“ワクワク”を刺激するしかけを忍ばせた、鈴木さん考案の展示
小田原市郷土文化館では、2024年8月から10月にかけて企画展「学校に眠るお宝展」が開催されました。小田原市内の小学校で、長らく日の目を見ることなく保管されてきた縄文土器や石器、陶磁器などの本物の考古資料を展示し、郷土を学ぶ教材として改めてその価値に光をあてることを目的にしています。
展示室の一部のスペースには、鈴木さん独自の視点で考えた企画も展示されていました。その1つが「縄文土器をみつけよう!」。並べられたかけらの中から、実際に手に取って本物の土器片を探し出します。いざ目の前にすると、どれも怪しく見えてきて、大人でも真剣モードに。探求心を刺激される、ワクワクする展示でした。
もう1つが、矢じりや槍などに使われた黒曜石の展示です。目を凝らして見てみると、北海道や長野など、小田原市外の黒曜石にまぎれて、溶融スラグがあることに気づきます。溶融スラグは、ゴミを焼却した後に残った焼却灰が固まったもので、黒曜石と間違われやすい物質。本物と並べてそっくりさんも展示してしまおうという遊び心は、小学生の頃から歴史の遺物に触れてきた、鈴木さん独自のユニークな視点です。
この企画展の関連イベント・郷土研究講座「学校に眠る郷土のお宝を発掘!」では、専門家や教育者と並んで、鈴木さんも講演を行いました。来年1月に開催される歴史探求会「荻窪の遺跡を歩こう」でも、講師として受講生とともに遺跡を巡り、土器を洗う体験を行う予定です。
▶来年1月に開催される歴史探求会「荻窪の遺跡を歩こう」の詳細はコチラから。
子供の興味を刺激できる学芸員になりたい
現在も土器片の採集を続けている鈴木さん。小田原市郷土文化館にも度々足を運び、必要に応じて土屋さんのサポートを受けながら、土器の調査を行っています。現在、高校1年生の鈴木さんは自身の今後について、こう話します。
「将来は博物館などで学芸員として働きたいと考えています。発掘作業への興味はもちろんありますが、土屋さんのように、歴史に興味を持つ子供たちを増やしたいという気持ちも強いです。博物館を訪れた子供の好奇心を、どうすればもっと伸ばせるか。それを意識できる学芸員になりたいです」
小学生の頃からずっと見つめ続けてきた土屋さんの姿は、鈴木さんにとって目標でもあります。
「土屋さんのように、展示室に顔を出して、来館者の方に説明したり、興味を刺激する働きかけをするというのが、学芸員の重要な仕事だと感じているので、僕もそうなりたいですね」
互いに影響を与え合う関係が、新たな可能性を生む
鈴木さんの目覚ましい活躍を、最も近くで見守ってきた土屋さんにも、話を伺いました。当時、小学5年生の鈴木さんと一緒に取り組んだ論文について、土屋さんはこう振り返ります。
「図化や細部の観察は、小学生や中学生でもできると考えていたので、私から調査を勧めました。本人にやる気があるなら、ぜひやってほしいと。いざ始めてみると、小さい子なりの大胆さがいい味を出していて、やってよかったなと感じましたね」
鈴木さんとの交流は、土屋さんにも変化をもたらしました。
「もともと一般の方にも興味を広げていきたいという意識は持っていましたが、実際に鈴木さんと接していくなかで、その実践方法や工夫を考えるにあたって、大きな刺激をもらいました。間近で若い人の熱意に触れる機会は、なかなかないと思うので、私にとっても貴重です。一般の方、特に若い世代の関心を広げていくにはどうすればいいか、今後も鈴木さんと一緒に考えていければ嬉しいなと思います」
互いに刺激を与え合い、ユニークな取り組みを続けてきた鈴木さんと土屋さん。小田原市郷土文化館を舞台に、今後はどのような企画で地域を盛り上げていくのでしょうか。さらなる活躍に期待が高まります。
小田原市郷土文化館
住所:神奈川県小田原市城内7-8
電話番号:0465-23-1377
休館日:年末年始(12月28日~1月3日)、臨時休館あり
営業時間:午前9時00分~午後5時00分(展示室)
※入館は午後4時30分まで
※新型コロナウイルス感染症対策として、休館や開館・利用時間を変更する場合があります
関連リンク
公式サイト:https://www.city.odawara.kanagawa.jp/public-i/facilities/kyodo/
・令和6年度企画展「学校に眠るお宝展」の詳細はコチラから。
アクセス:JR・小田急・箱根登山・大雄山線「小田原駅」下車、徒歩15分