東急田園都市線つきみ野駅の改札を出て左に進むと、徒歩20秒ほどで赤い提灯が見えてくる。夜の闇の中で静かに灯る赤提灯の明かりは、飲兵衛たちの喉を潤すオアシスとでも言わんばかりに煌々と輝いている。
仕事終わりのサラリーマンや学校終わりの学生さん、子どもを連れてやってくるご家族、そして地元の常連さんが賑わうこのお店の名は「酒酒(しゅしゅ) つきみ野店」だ。
「酒酒 つきみ野店」は、こじんまりとした居心地のよい店内と、店主である“たくさん”の人柄が魅力的な居酒屋である。実直で素直なたくさんの接客は、静かに飲みたい時でも楽しく飲みたい時でも、どのような気分にもフィットする心地よさが良い。
だが、今でこそ自分の接客スタイルを確立させ、多くの常連さんに慕われる店主のたくさんにも、お店を引き継ぐ際にはさまざまな葛藤があったという。
今回の取材では、大和市のつきみ野で居酒屋を営む「酒酒 つきみ野店」の店主、たくさんがお店を引き継ぐまでのストーリーに迫った。
「酒酒 つきみ野店」を引き継いだ理由とは?
たくさんが「酒酒 つきみ野店」の店主として先代のマスターからお店を引き継いだのは、2022年1月のことだった。すでに「酒酒 つきみ野店」で働いていたたくさんは、先代マスターから「店を引き継ぐ気はないか?」と話を持ち出されたという。
その頃、会社員の道が完全に途絶えたわけでもない年齢だったはずだが、たくさんはなぜ「酒酒 つきみ野店」を引き継ぐ決心をしたのだろうか。
—— なぜ「酒酒 つきみ野店」を引き継ぐ決心をしたのでしょうか?
「当時33歳で就職先もなく、今からサラリーマンをやっても報われないな、と思いました。歳も歳だし、平社員でやっていく根性がなかったのもあります。リスクはあるけど自分が上に立ってやりたいと思ったし、社員もやろうと思えばできるけど、そんな安定よりも頑張り次第で収入が上がるここ(酒酒)の店主をやってみたかったんです」
当時のたくさんは、現状の暮らしに満足しているわけでもなく、でも今からサラリーマンをやる決心もつかずにいたという。
しかし筆者からすると、ここでお店の経営をやってみるというのも非常にリスクだし、根性が必要だと思う。会社員のように自分が失態を犯してもフォローしてくれる仲間はいないし、失敗したら自分に責任のすべてがのしかかってくる。お店が潰れたら、それこそ報われないと思うのだ。
——お店を経営することの方が勇気が必要だと思います。なぜ、あえて茨の道を?
「すべてが自己責任にはなるけど、だからこそ自分が納得して働けるかなと思いました。それに、ここ(酒酒)だったらお客さんがいっぱいいるし、単純に焼き鳥が美味しくて絶対売れるだろうなとも感じたためです」
事実、たくさんが作る焼き鳥は絶品だ。特にレバーはおすすめなので、訪れた際には必ず食べてほしい。焼き鳥が美味しいなら、やはり人は来るだろう。だが、それだけでは成り立たないのが接客業。たくさん自身がお客さんの心を掴まなければ、リピートにはつながらないことも往々にしてあるだろう。
——たくさんが引き継いだあとに、お客さんの反応も変わるのではないかと、怖くはなかったのでしょうか。
「自分がお店に立つようになって、内向的だけど意外にお客さんがついてくれていました。もしかしたら(お店を任されても)いけるかもと自信がついたことも、酒酒でやろうと決めた理由かもしれません」
自分のキャリアに対して悩むことも多くあったに違いない。ただ、今その時点で持てる限りのカードを使い、自分と向き合った結果が最善の選択を生み出しているのだと思う。たくさんが33歳の時点で就職先がなかったという事実も、きっと「酒酒 つきみ野店」を引き継ぐための伏線だったに違いない。実際にお客さんがついて、今もなおお店を切り盛りできているのは、たくさん自身の努力と過去の選択の結果なのだと感じる。
居酒屋「酒酒 つきみ野店」を経営するうえでのこだわり
——「酒酒 つきみ野店」を経営するうえで、こだわりはありますか?
「引き継いだ身だから、最初は特にこだわりも何もなくて、教えられたことをただやってるような感じでした。でも今は、従業員を大事にしていることがこだわりだと思います。それは、従業員が楽しいって思ってくれることが単純に嬉しいからですね」
従業員が楽しく働いてくれることが嬉しいと語るたくさん。実は、たくさん自身が学生の頃にアルバイトをしていた居酒屋の店長が、いつもピリピリピリして不機嫌を撒き散らし、バイト自体が楽しくなかったという経験があるそうだ。この経験こそが、今の従業員を大事にするというこだわりに繋がっていると語っていた。
——従業員を大切にすることは、お店にとって何か意味はあるのでしょうか?
「従業員ありきでお店は成り立ってるから、バイトの子が長く続けてくれれば日々の業務も楽になります。もちろん同じくらい常連さんも大切で、従業員の雰囲気がお客さんにも伝わるから楽しいお店づくりは欠かせません。それに、忙しいときにピリピリしていたら、お客さんに気を遣わせちゃうと思うんです。それでオーダーができなかったり話しかけられなかったりしたら、お客さんからするとちょっと嫌かなと思うんです」
従業員に対してゆるく接することがお店の余裕に繋がり、その余裕がお客さんにも心地よさを与えるようだ。たしかに「酒酒 つきみ野店」は、お店が混んでいても従業員は焦っておらず、どことなく落ち着いた雰囲気が漂っている。それに「忙しそうだし、あとで注文すればいっか」と遠慮してしまった経験は誰にでもあるだろうけど、お客さんの立場からすると、お店に気を遣う行為は真の意味でお酒を楽しめなくするのかもしれない。
——従業員だけでなく、お客さんに対してもこだわりはありますか?
「結果的にお客さんが楽しんでくれればいいと思っています。お店に来て喜んでもらえないと次も来てくれないから、まずは自分が楽しんでお客さんを楽しませたいと考えています」
お店には、たくさんを目当てにやってくる人も多い。地元の居酒屋だから常連になってもらうための努力は当たり前なのかもしれないが、こればっかりは人と人との相性もあるから、簡単にはできないことだと筆者は思う。それでもたくさんに多くのお客さんがつくのは、たくさん自身が自分らしく楽しく営業しているからなのかもしれない。
「酒酒 つきみ野店」は、大和市の東急田園都市線つきみ野駅から徒歩30秒ほどのところにある。まだ訪れたことのない人は、ぜひ一度、行ってみてほしい。
なお、後半では「酒酒 つきみ野店」に集まるお客さんが、良い人だらけであるカラクリについて迫っていきたいと思う。
【酒酒 つきみ野店】
- つきみ野駅から徒歩1分
- 20席(4名がけテーブル3、カウンター8席)
- 火曜日定休日
- 営業時間17時〜24時(日曜は23時で閉店)
- お通し代1人¥330
- 「酒酒 つきみ野店」〒242-0002 神奈川県大和市つきみ野4丁目5-1
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