厚紙で作った箱にデザイン性の高い紙を貼り合わせた、高級感のある化粧箱「貼り箱」。光沢紙・和紙・布などの貼る素材や加工によってさまざまな表現が可能で、美しい色や風合いが目を引きます。
この貼り箱に魅せられ、趣味からはじまり貼り箱師となったのが、東京都世田谷区に住む東海林尚美さんです。現在、会社員として働く傍ら、貼り箱を作るプロとして活躍しています。「箱作りからワクワクをもらう毎日が楽しい」と話す東海林さんに、貼り箱作りを始めたきっかけやその魅力について伺いました。
身近で活躍!贈り物に彩りを添える特別な箱「貼り箱」とは
貼り箱師が作る「貼り箱」とは、私たちの身近なところで使用されています。たとえば、お菓子、アクセサリー、化粧品、宝石などを入れる箱。贈答品のパッケージとして使われており、誰でも一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。形状は、マッチ箱のようなスライド式のタイプから引き出し型、バニティバッグのようにさまざまなタイプがあります。
厚紙で作られた貼り箱は、包装紙と異なり強度があるので、中身をしっかりと保護できます。また、デザイン性に優れており高級感や特別な雰囲気を演出できるので、商品の価値を高めてブランドイメージをアップさせてくれるのが魅力です。
貼り箱の魅力は、中身を特別なものにしてくれること
日々貼り箱作りに勤しむ東海林さんは、その魅力についてこう語ります。
「箱というものは、本来は大切な物を入れたり包んだりするための、いわば脇役です。しかし、贈り物として手渡すとき貼り箱に入れると、中身の価値を一層引き立て、特別な存在へと昇華させてくれます」
さらに、オーダーに合わせて好きな形や大きさに仕上げられることも、貼り箱の魅力とのこと。たとえばカラフルな鉛筆立てや、ユニークな三角形や星形の箱、贈り物にぴったりのサイズの特別な箱など、既製品にはない多彩なデザインが可能です。
ミリ単位の精密さが光る職人技で、美しい仕上がりに
貼り箱師の仕事は、厚紙で作った箱に紙を貼り付け、美しい仕上がりに整えることです。一見、簡単そうに見えますが、芯となる厚紙の寸法が1ミリでもずれると、箱がうまく組み立てられず、完成度が下がってしまいます。
制作は、まず芯となる厚紙で箱の土台を作ることから始まります。次に、その箱を包むための紙を、美しく仕上がるように寸法を見極めて丁寧にカットし、最後に特殊な接着剤で貼り付けるのです。この貼り合わせの際も、ハケで塗る糊の加減一つで紙がたるんだり歪んだりしてしまうため、繊細な調整が欠かせません。
東海林さんは「貼り箱作りは細やかな集中力と経験がものをいいます。とくに紙の寸法の測り方や糊の付け方には気を使いますね。ほんの少し加減を間違えるだけで、仕上がりが変わってしまいますから。そのたびにやり直すのも大変ですが、それがこの仕事の面白いところでもあります」と語ります。貼り箱には、経験を積んだ職人の確かな技が求められるのです。
仕事漬けの毎日から救ってくれたのが貼り箱だった
東海林さんと貼り箱の出会いは今から30年ほど前にさかのぼります。当時の東海林さんは一般事務の会社員として仕事漬けの毎日で、自宅と会社を往復するだけの日々にモヤモヤを抱えていました。そして「この状況を変えたい」と没頭できる趣味を探し始めたのです。
最初に夢中になったのは、あいさつやお祝いの気持ちを込めて贈るカード「グリーティングカード」作りでした。
「昔から和紙や洋紙をコレクションするのが好きだったので、集めた紙を使って作り始めました。色の美しさや紙質のやわらかさなど、紙の持つ風合いを感じるのが楽しかったですね」
カード作りをきっかけに、さらに紙にこだわりを持つようになった東海林さん。ネパールの手すきの紙や、個性的な柄の洋紙など、さまざまな紙を購入するようになり「紙の世界」に夢中になっていきました。そして、紙の魅力を表現できる貼り箱に出会います。
「貼り箱を作るようになってから、紙は立体的になることでより美しく見えることに気付きました。たった1枚の紙に奥深さを感じて、貼り箱作りに夢中になりました」
本格的に貼り箱作りを学び、のめり込む日々
貼り箱作りの奥深さに惹かれた東海林さん。最初の頃は、お菓子の空き箱などに文房具店で売っている糊を使って紙を貼り、自己流で貼り箱を作っていました。そして「もっと腕を磨きたい」と考えるようになったある日、友人からの紹介で、紙専門店が主宰する箱作りのワークショップに参加することに。そこでは厚紙のカットの仕方や、専用の糊で紙を貼り付ける技術など、貼り箱作りの本格的な技術を学ぶことができました。そしてこの日をきっかけに、どんどん貼り箱作りにのめり込んでいったのです。
友人間の口コミで、趣味が仕事になった
東海林さんにとって、貼り箱を作って友人にプレゼントすることは何よりの楽しみとなりました。友人たちからはさまざまな依頼があり、「手芸道具がすべて納まる裁縫箱を作ってほしい」「亡くなった主人が大切にしていた小物を入れる箱を作ってほしい」など、オーダーされるように。しだいに東海林さんの貼り箱が話題になり、口コミによって注文が入るようになったのです。
さらに、フリーマーケットへの出店などを通じて、貼り箱を商品として販売する機会が増えていきました。こうして、東海林さんは貼り箱師となり、今もなお経験を積みながら技術を磨いています。
五感を揺さぶる「紙」の魅力とは
今、東海林さんは貼り箱師歴15年目のベテランの職人です。そしてここまで熱心に制作するのは「紙の魅力に憑かれたから」と話します。
「紙には個性があります。たとえば、洋紙であれば、イタリアの紙は色が美しく、ネパールの紙はかわいい柄が特徴的です。また和紙は触感やインクの香りが魅力だと感じています」
東海林さんは貼り箱師になる前から世界中の紙を収集しており、そのコレクションの数は1000枚以上。 それぞれに独自の特徴があり、眺めているだけでも幸せだそうです。「紙は人間の五感に訴えるところがステキなんです。色や柄は視覚に、さわり心地は触覚に、匂いは嗅覚に、紙を切るシャッとした鋭い音は聴覚に。味覚はさすがにありませんね(笑)」と語る東海林さんの表情は、終始楽しそうです。
イタリアのフィレンツェの装飾紙
スイカ柄のネパールの手すき紙
蓮の柄のネパールの手すき紙
扇子柄の室町千代紙
伝統的な紋所「結雁」柄の江戸千代
妥協しないこだわりの貼り箱作りに毎日が幸せ!
紙好きが高じて貼り箱師になり、活躍の場を広げる東海林さん。プロとして仕事をするうえで大切にしていることは「妥協せずに仕事に取り組むこと」と語ります。
「紙の魅力を活かしたいので、ひとつの箱が完成するまで徹底的にこだわり抜きます。納得がいくまで何度でも手を加えてやり直すんです」と語る東海林さんの表情には、貼り箱師としての仕事への深いこだわりと真摯な姿勢が滲み出ていました。
現在、東海林さんは自宅の一室を工房にして、色とりどりの紙に囲まれながら箱作りに励んでいます。大好きな紙に関わる仕事をすることで、毎日充実感を味わっているそうです。
「最近は、韓国のアイドルグループBTSの曲を聴きながら作業をしています。大好きな紙に触れながら、箱のデザインを考えたり、組み立てたりする時間はとても幸せです」
東海林さんが心から楽しんで作り上げる貼り箱は、素材の紙の魅力を最大限に引き出す技とこだわりが一つひとつを特別な存在にしています。そんな心のこもった箱で贈り物をすれば、贈る側も受け取る側も、きっと幸せな気持ちに包まれることでしょう。
東海林尚美(とうかいりん なおみ)さんのプロフィール
1963年生まれ。東京都世田谷区在住。自動車会社の事務職をしながら貼り箱師としても活動している。好きなものに囲まれて暮らすのがモットー。現在はご主人とパグ犬2匹と暮らす。
お問い合わせ:pugushitoni@gmail.com