静岡県伊豆市に位置し、観光名所や文化的なスポットが豊富な修善寺。この地に平安時代から伝わる伝統工芸品が「修善寺紙」です。源頼朝の決起文にも使用されたと云われており、約1000年の歴史を持つと推測されています。これほどに由緒がありながらも、3年前までは後継者不足により、町のボランティア団体によってなんとか残っている状態でした。
そんな修善寺紙を継いだのは、この地に縁もゆかりもなかった舛田拓人さんです。以前は大阪の大手企業に務めていた舛田さんですが、現在は伊豆市に移住して修善寺紙をつくる職人となり、和紙ビジネスで世界に挑戦しようとしています。舛田さんが修善寺紙に見出した勝機とは何だったのでしょうか? 話を伺いました。
修善寺紙の強みは「歴史の長さ」
ーー舛田さんが和紙職人を目指した経緯を教えてください。
前職は、日本では名の通るスポーツメーカーでサッカーシューズを作っていました。その経験の中で、世界の競争の厳しさや、商品開発にかけるリソースの違いを実感しました。海外の企業は商品開発に多くの人材と資源を投じており、その技術力とスピード感に驚かされることが多かったです。
このまま日本企業に所属していても世界企業には歯が立たない。このまま大きな組織の一員として会社の利益を追求する物づくりをしていくべきなのだろうか。そう考えたとき、個人事業で「自分が作ったものを広めるビジネスをしたい」と考えるようになりました。
しかし、人口が減る一方の日本市場だけでビジネスをしていくことには不安がありました。そこでどんなビジネスなら個人でも始められて世界でも勝機があるのか、模索したすえに行きついたのが「日本の伝統工芸品」です。
そう思い立ったらすぐに行動に移しました。後継者を探している伝統工芸品を探し、2021年9月から修善寺紙の継承者としてビジネスを始めました。
ーーなぜ修善寺紙を選んだのでしょうか?
伝統工芸品の職人になるために調べを進めていくと、職人として独立するまでのお金が大きな課題だということを知りました。跡継ぎを探している伝統工芸品の中でも、修善寺紙は地域おこし協力隊の制度が利用でき、事業が流れに乗るまでの生活費が援助されるところが大きな決め手になりました。
地域おこし協力隊における私のミッションは、修善寺紙の職人となり認知を広めることです。修善寺紙を作ることはもちろん、和紙の原料を自分で栽培できるようになるために、岡山県で栽培方法も学びました。他にも、福井県にある和紙の産地を視察し、どのように和紙を商品化するのかも学びました。
修善寺紙でビジネスをしていた前任者はいなかったので、和紙でビジネスをしている職人のもとへ足を運んで、和紙ビジネスを勉強させてもらう必要がありました。地域おこし協力隊の制度で3年間生活費を稼ぐ必要がなかったので、すべての時間を「修善寺紙を学び・広める活動」に費やすことができたことはとてもありがたかったです。
結果的に、この3年間で修善寺紙のビジネスで収益を上げ、生活の基盤を作ることができました。現在、修善寺紙の仕事の収入だけで生活できています。
ーーなぜ日本の伝統工芸品で、世界へ挑戦できると考えたのでしょうか?
今の時代は、商品自体の品質が物の良さだと思われることが多いと思いますが、品質の差は徐々に少なくなってきていると感じます。そうしたときに、商品の背景にある、品質以外のなにかに価値を感じる時代が来るのではないかと考えたからです。
日本が世界に勝るもののひとつに「歴史の長さ」があります。そのなかでも修善寺紙のように1000年以上の歴史をもつ伝統工芸品は、世界的に見ても非常に珍しいです。「長い歴史をもつ伝統工芸品は、世界に出ても差別化できるのではないか」と大きな可能性を感じました。
和紙ビジネスの突破口は「紙すき体験」
ーー舛田さんが始めた和紙ビジネスにはどのようなものがありますか?
和紙自体を商品として販売することや、和紙の製品を売ること、和紙の紙すき体験などがあります。他にも、修善寺紙の原料をすべて地元産にしてブランド価値を高める活動も行っています。そのために、休耕地を原料栽培に活用する試みもスタートしました。ただ、こちらは苦戦しています。たとえば、いま原料のひとつであるミツマタを栽培していますが、同じ畑でも順調に育つ木もあれば、全滅してしまう木もあります。栽培方法は岡山県のミツマタ農家さんに直接習った方法をベースにしていますが、土壌が違うせいか上手くいかないことも多いです。試行錯誤しながら進めています。
ーー実際に和紙ビジネスを始めて、反響はいかがですか?
和紙を使用した商品に関しては、あまり需要がないと感じます。今は洋紙がとても進歩していて、和紙に似せた洋紙は一般の人では見わけもつきませんし、コストも圧倒的に洋紙が安いです。何度か企業から「和紙を使った商品のパッケージを作れないか」とお話をいただきましたが、コスト面がネックになり頓挫してしまいました。
逆に予想以上に需要があったのは、紙すき体験です。体験事業を始めてまだ1年程ですが、年間400名以上の方にお越しいただいており、どんどんお客様が増加しています。紙すき体験の売り上げは、全体の売り上げの約5割です。こんなに需要があるとは正直驚きましたが、まずは求められているところから伸ばしてみようと思い、現在は紙すき体験の内容構築に力を入れています。
ーー紙すき体験でこだわったポイントはなんですか?
修善寺紙がこの土地に根付いているものだということを、肌で感じてもらえる内容にしたことです。ただ紙すきを体験してもらうだけでなく、修善寺紙の歴史や材料について説明するところから始まり、原材料となるミツマタやトロロアオイの畑の見学も含まれています。歴史を知ってもらうことはもちろんですが、修善寺の自然があるからこそ、修善寺紙がこの土地で続いてきているということを、ぜひ目から感じてほしいです。
私は子供の頃に多くの物づくり体験に参加してきましたが、淡々とただ作業をするだけの体験にはどこか味気無さを感じていました。だから自分の提供する紙すき体験では、五感を使って楽しんでもらえるようにこだわりました。
ーーお客様からの反響はいかがですか?
お客様は初めに歴史の説明から入るととても驚かれるのですが、最後にはみなさん笑顔で帰られます。「歴史や材料の植物、道具についても丁寧に教えていただきました。また伺いたいです」といったように満足した喜びの感想をたくさんいただいています。
ーー海外からのお客様への対応で工夫していることはありますか?
前職でコミュニケーション力や英語力が鍛えられたので、ホームページは英語表記のページを作成し、外国人のお客様への対応もすべて英語で行っています。職人と聞くと、物静かで少し話しにくい印象を持つ方もいるかもしれません。でも私は「話せる職人」もいいのではないかと思い、お客様となるべくコミュニケーションをとるようにしています。
外国人のお客様は事前に予約を入れる方以外に、町で配布しているチラシを見てお店に来られて、その場で「紙すき体験をしたい」と声をかけてくれる方も多いです。
そのような場合もすぐに英語で対応できるので、紙すき体験のお客様を呼び込むために役立っていると感じています。
今では全体の5割が海外からのお客様です。日本らしい体験を求めてくる外国人観光客にとって、和紙を作る体験をすべて英語で対応してもらえることは満足感が高いようです。「時間をかけて、すべての手順を英語で詳細に説明してくれた」と嬉しい感想もいただいています。自分の想像よりもはるかに良い感想を受けて、紙すき体験をより多くの人に提供することが、世界へ和紙の認知を広げるための足がかりになるのではないかと可能性を感じています。
新たな目標は「海外での認知」を広げること
ーーこれから新たに挑戦したいことはありますか?
海外ツアー会社に紙すき体験を取り扱ってもらうことで体験事業を広げたり、店舗で紙漉きナイトショーを開催できないかプログラムを考えています。また、私たちの拠点は多くの外国人が訪れる温泉地や観光地に位置しているため、まずはここを訪れる外国人の方々に和紙作りの魅力を届ける施策を検討しています。地域の特性を活かしつつ、より多くの人に体験を提供する方法を模索していきたいと思っています。
ーー現在、海外での和紙の認知度はどのぐらいでしょうか?
今はまだ和紙の認知度は世界でもばらつきがあり、海外の方で“washi”という言葉を知っている人は、3割程度だと感じます。フランスなど、日本を好きな国の方には広く知られている感覚がありますが、そうでない国には全く知らない方もいるのが現状です。だからこそ伸びしろがあると感じます。
ーー今後の意気込みを教えてください。
和紙職人として、修善寺紙を必要としてくれる人を増やし、その方々へ末永く修善寺紙を届けていきたいです。そのために、修善寺紙の認知を広げる活動をしていきます。2024年4月には、以前からお付き合いのあるデザイナーさんからのご依頼で、イタリアでの展示会に和紙で作ったドリッパーを展示させていただきました。今後もこのように、修善寺紙が多くの人の目にとまるような試みをしていきたいです。
前任のいない、マニュアルのない、ゼロから手探りで行うことばかりですが、良くも悪くも全部が自分に返ってくる“修善寺紙の世界”は楽しくて仕方がありません。今こんなに充実した毎日が過ごせているのも、支えてくれる地元の方々がいるからこそ。私が修善寺紙をビジネスとして成功させ、後の時代に引き継いでいくことで、地域に貢献していきたいと思います。
修善寺紙谷和紙工房
〒410-2416
静岡県伊豆市修善寺1302-4
(駐車場有)
E-mail:tactribo5810@gmail.com
Tell:050-3699-4284
HP:https://tacshuwa.base.shop/