
年が明けて早ふた月が過ぎ、初詣には行きそびれたままという方もいるのではないでしょうか。
もしそうなら、いや、初詣と言わず折があればぜひ参詣にお薦めしたい聖地を紹介しましょう。
ここは、春まだ遠い中国地方の山里。広島県安芸高田市甲田町、標高約800mの大土山(おおづちやま)です。
頂上は山の東部にあり、付近には『念仏岩』『潜り岩(こぐりいわ)』等といわれる巨大な岩石が点在しています。
隣接する向原町からは登山道が整備され、しばしば登山客の姿も見られます(※『大土山憩いの森キャンプ場』は、老朽化に伴い令和5年4月より使用禁止)。
本記事では、車で甲田町から登り向原町へ抜けるルートで紹介しています。
神のご座所『天ノ岩座神宮』へ
今回の目的は山の西部、標高約600mにある『天ノ岩座神宮(あまのいわくらじんぐう)』です。
神殿はなく盤座信仰(いわくらしんこう:岩石等が対象の太古の信仰形態)とされる場所です。
ひときわ大きな『千畳敷』と呼ばれる岩石は、神代の昔、神々が会議を行った場所と伝わっています。
目指すは巨大な岩石といえども麓からその姿や景観はまったく見えません。
町道からの狭い登り口は土地勘がなければ見過ごしてしまいそうなので注意が必要です。
登り口を入ってすぐ、麓の廃校小学校を左に見ながら緩くアクセルを踏み進みます。



校舎3階の窓には「ありがとう小田小学校」の横断幕が見える。
山道を登るにつれて、大寒波の名残り雪が溶けないまま道幅を狭めています。
エアコンの効いた車内でも徐々に気温の低下を感じ、設定温度を2度ほど高くして走行します。
ところどころ木漏れ日が照らす日当たりの良い場所を通過するときには、暖かな気配に緊張が少し緩むようです。
さらに、両脇に常緑樹が迫るくねくね道を進み、不意に開けた景色の先には、木々が伐採され剥き出しの肌に雪を纏った山の姿と、眼下の休耕田がいっそう寒々しく寥々と映っていました。



山道は、参道。怯まず急がず穏やかに

凍った轍(わだち)が慎重な音で道案内をしてくれています。その音に妙な孤独を感じつつ心はどこか穏やかになっていました。
右に左に何度もハンドルをきり、だいぶ登ってもうじき目的の場所と思ったあたり、アスファルトは途切れ砂利道に変わります。
その上に凍った雪がさらに分厚く被さって、慣れない走行環境に軋むような緊張感が増していきます。ハンドルをいっそうきつく握り、アクセルは注意深く踏み込み、じわりじわり進みます。
静かにそーっと這うようなイメージでやって来た場所は、真白い大鳥居が建つ遥拝所です。

悠久に佇む岩石の群…設計図にはない景観
最終目的の『天ノ岩座神宮』まで行くには、白い大鳥居を左に見て徒歩または車で右側の砂利道を行きます。季節や天候等の条件がよければ徒歩で大鳥居をくぐり、すり鉢地形の参道を歩くこともできそうです(大鳥居手前から先の参道は車両通行禁止)。
ようやく辿り着いた先、神額に『天岩座』と記したもうひとつの鳥居があり、その向こう側の最も奥の一番高い所に鎮座するのが『千畳敷』と呼ばれる巨岩です。
威厳あるその胴体をぐるりと一周巻きつけた太い注連縄は、まるで岩肌と一体化した様相で、それがまた物言わぬ磐座(いわくら)の歴史と格を表しているようでもありました。

◾️鳥居のなかで最も古い形態といわれる神明鳥居(しんめいとりい)。
直線的でシンプルな構造で、貫(柱と柱をつなぐ横木)が柱の両脇に出ていない形。
自然物や現象を崇めていた古の時代よりその姿は今に伝わっている。


人波も、破魔矢も、おみくじもない静寂の参詣所
ひとりで訪ねたこの日、ほかに出会う人もなく落ち着いた心持ちで過ごしながら遠景に目をやれば、遥か遠く墨の濃淡で描いたような山の連なりが見えます。
岩石群が見てきた長い長い時間軸のほんの刹那を共有しているのだと考えると、自分がちっぽけに思えてやや感傷的な気分に浸ったりもします。
自然のなかに点在する岩たちを、近くから遠くからじっくり観察してまわれば、それらの手触り、温度、質感、匂い、色、形、シミ、亀裂、影などの要素が絡み合って、見る方向、見える向き、また見えていない箇所への想像も加わり、さまざまな姿、物、景色あるいは物語などが心象風景として際限なく広がっていきます。
誰もいない山の上の聖地。美術館や博物館とはひと味違う、内証に響くアート鑑賞のようでもありました。




帰路の風情も心地よく
静かな滞在時間に心を満たし帰路へ。最初の分岐で左へ進み、行きとは違う道を通り向原町へ下ります。
来た時同様に続くくねくね道。途中、「神の使い」と言われる野生鹿に2頭、出会いました。勝手ながら歓迎されたようなポジティブな妄想を安心材料に、慣れない山道でハンドルをきります。
道の両脇にはベルベットみたいな苔が岩を包み、また、山水画を想起させる景色が現れ、オブジェのような岩石に圧倒され、普段身を置くことのない景色のなか、あえて窓を開放し冷たい空気を吸い込みながら、穏やかで清らかな心地になっていました。
季節を変えて何度でも訪ねたい。清々しい余韻が残る山里のポツンと聖地でした。





基本情報
天ノ岩座神宮
鎮座地 : 広島県安芸高田市甲田町上小原大土山
最寄駅:JR芸備線吉田口駅(3220m)、JR芸備線向原駅(5380m)、JR芸備線甲立駅(5680m)
大土山本宮(宗)天ノ岩座神宮
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