地域創生メディア  Mediall(メディアール)

オンリーワン・ナンバーワンがそこにある 応援の循環を作る 地域創生メディア

フード  |    2026.07.21

京都最古の花街・上七軒を支える仕出しの味|おかもと紅梅庵

京都最古の花街「上七軒」

京都には、伝統的な五つの花街がある。祇園甲部、宮川町、先斗町、祇園東、そして上七軒。その中でも上七軒は、室町時代に北野天満宮再建の際の余材で七軒の茶店を建てたことに始まる、京都最古の花街だ。

豊臣秀吉が催した北野大茶会では、この地の団子が献上されたとも伝わっている。西陣という日本最高峰の織物産地と隣接し、その旦那衆に支えられながら、上七軒は独自の文化を育んできた。

上七軒の石碑。祇園や先斗町とは異なる、落ち着いた空気をまとった京都最古の花街だ。どこか凛とした佇まい。観光客で賑わう京都にありながら、こうした風情が今も残っている。そんな上七軒とともに、紅梅庵は70年以上歩んできた。

花街という言葉から、多くの人は芸舞妓の華やかなイメージを思い浮かべるかもしれない。実はその華やぎは、緻密な分業制によって成り立っている。お茶屋が場所を提供し、置屋が芸舞妓の生活と教育を担い、そして仕出し屋が料理を作る。この三者が連携することで、はじめて花街の座敷は成立する。

重要なのは、お茶屋には厨房がないということだ。料理はすべて、仕出し屋から届けられる。つまり仕出し屋は、花街という特殊なコミュニティの「内側」に深く組み込まれた存在なのだ。

仕出し屋として始まった物語

おかもと紅梅庵の創業は70余年前にさかのぼる。出発点は、地域に料理を配達する仕出し屋だった。

上七軒という土地で仕出し屋を始めるということは、花街の座敷に料理を届けることを意味する。花街で、芸舞妓がもてなすお茶屋の客人たちに、自分たちの料理が問われるのである。

会席コースの一例。
花街で仕出し屋として磨いてきた技が、こうした一皿一皿に込められています。

バブルの崩壊、リーマンショック、コロナ禍。この70年の間に、日本の経済は幾度も大きな波に揺さぶられてきた。花街を取り巻く環境も、例外ではなかったはずだ。それでもおかもと紅梅庵は、上七軒とともに乗り越えてきた。

その源泉を探るとき、一つの仮説に行き着く。それは、時代とともに変化を取り入れながらも、京料理の真髄をどこよりも追求し、高めてきたからではないか。その積み重ねが、花街にふさわしい品格ある料理を作り上げてきた。それこそが、紅梅庵を支え続けてきた揺るぎない土台ではないか。 

上七軒とともに自らも歩む

30年ほど前、おかもと紅梅庵は大きな転換を遂げた。昔からある京町家を改築し、お客さんを迎える座敷を設けたのだ。坪庭と床の間のある小部屋は当時のままの形で残されており、今も静かな佇まいを保っている。

そうなのだ。仕出し屋として花街を内側から支えてきた店が、座敷を持つことで自らも「迎える」側に転じたのである。この変化は、単なる業態転換ではない。一見さんお断りの文化の中で、選ばれた客人だけが堪能してきた「お座敷の味」を誰もが愉しめる場所を提供する。この「暖簾の開放」とも言える決断が、紅梅庵の座敷を特別なものにしているのではないだろうか。

紅梅庵の入り口。一見さんお断りの文化が根づく花街の中で、誰もが訪れることができるように、この暖簾は開かれている。

さらに、おかもと紅梅庵は現在、上七軒の店舗会「匠会」のメンバーでもある。個の力だけでなく、コミュニティとして地域を守る意識がそこにある。上七軒という花街が続くからこそ、紅梅庵も続く。紅梅庵が続くからこそ、花街の食文化も守られる。その相互依存の関係も、70年の歳月を支えてきた一つの要因だろう。

北野天満宮と紅梅庵

おかもと紅梅庵の住所は、京都市上京区今出川通御前東入社家長屋町。その名が示す通り、北野天満宮の東門からほど近い場所に位置している。
学問の神様・菅原道真公を祀る北野天満宮は、上七軒の歴史と切り離すことができない。冒頭で触れたように、上七軒の起源そのものが北野天満宮の再建にあり、神域の厳かな空気をまとっているのだ。

北野天満宮の東門(重要文化財)
紅梅庵は、この東門からほど近い場所に位置している。

紅梅庵が応えてきたのは、決して観光のついでに立ち寄るような、気楽なにぎわいではない。お宮参りや七五三、長寿の祝い、そして法事といった、人生の重要な節目に天満宮を訪れる人々が、特別な時間を過ごすための宴席。あるいは、地域の伝統を支える名士たちの寄り合いの場として、この店は選ばれ続けてきた。

北野天満宮という大きな神域に溶け込みながら、外から来る一見の客にも座敷を開放する。天神様に敬意を払いながらも、品格を忘れない。深く根を張りながらも、自立した道を歩く。この地で長く暖簾を守り抜いてきた足跡が、その佇まいに重なるのである。

女将さんが語る紅梅庵の流儀

紅梅庵の味の核となっているのは「だし」だ。

味のベースとなるだしには、紅梅庵ならではの「割合」がある。この味を守っているのは、長年、紅梅庵を支えてきた熟練の料理人だ。炊き合わせ、蒸し物、どんな料理も、このだしの味が土台となって仕上がっていく。

コストを優先するために美味しさを犠牲にはしない。だしの味をしっかりと立たせ、奥行きのある旨みを生み出すこと、それが紅梅庵の流儀だ。長年積み重ねてきた譲れない一線でもある。

それは季節の食材選びにも通じる。夏になれば旬の鱧(はも)を提供する。その時期にもっとも美味しい食材を味わってもらう。料理人は毎日市場に足を運び、目で見て選んだ食材を仕入れる。とくに良い食材がある日は、決まったメニューに固執せず、コース料理に柔軟に組み込むこともあるという。

会席コースの蒸し物、えび芋まんじゅう。京野菜のえび芋をすりつぶした生地に鯛の身が包まれている。だしの奥行きのある旨みが、素材の味をさらに引き立てる一品だ。

お客様からの要望にもできる限り応える。食材の好み、座席の希望など、細やかな対応の積み重ねが、紅梅庵への信頼に繋がっている。おもてなしをしていて一番嬉しい瞬間は、「美味しかった」「ここに来てよかった」「また来ます」というお客様の言葉だと女将さんは語る。そんな姿勢があるからこそだろう。他府県から、季節ごとに紅梅庵の味を求めて足を運ぶお客様もいるという。

70年を超える歴史の中で、紅梅庵は時代の変化に合わせて、その姿を少しずつ変えてきた。座席は畳から椅子席・掘りごたつへ、決済は現金からキャッシュレスへ、予約は電話に加えてネット予約も導入した。ホームページにはネットショップも開設し、おせち料理は今では関東を中心に、毎年多くの注文が届くという。

紅梅庵の客席は全席、掘りごたつあるいは椅子が用意されており、足の負担を気にせず料理を味わうことができる。

インバウンドへの対応も進めてきた。英語メニューを用意し、舞妓さんを招いた宴席で外国人観光客をもてなすこともある。通訳を介して踊りやお座敷遊びを楽しむ様子は、「万国共通の楽しさ」を感じさせるという。

一方で、京料理の繊細な旨みは、世界のあらゆる国の人に同じように伝わるわけではない。年々増えるインバウンド客の中には、もっと「わかりやすい味」を求める人もいるという。それでも、紅梅庵の味を安易に寄せるようなことはしない。「日本の方、地元の方に喜んでもらいたいのが一番」これは女将さんが、そして紅梅庵が大切にしてきた変わらない軸だ。

「上七軒に来たら、おかもとさん、紅梅庵さんで間違いない」そう思ってもらえる店であり続けたいと、女将さんは語ってくれた。地元のお客様、そして遠方からもひいきにしてくださるお客様に支えられて、紅梅庵の流儀はこれからも貫かれていくのだろう。

紅梅庵のご主人と女将さん。

紅梅庵の詳細情報

住所:〒602-8395 京都府京都市上京区社家長屋町678
電話:075-462-1335
交通:京福電鉄北野線「北野白梅町駅」より徒歩約15分
営業時間:昼 11:30 – 15:00 (L.O. 14:30) / 夜 17:30 – 21:00 (L.O. 18:30)
定休日:火曜日(祝日は営業)
駐車場:あり(9台)
URL:https://okamoto-kyoryori.com/
Facebook:https://www.facebook.com/OkamotoHongMeiAn 
Instagram:https://www.instagram.com/koubaian/ 

記事をシェアする

この記事を書いた人

中垣 昇

大阪府高槻市在住。地域の企業・店舗の魅力を引き出す中小企業診断士ライターです。製造現場のミドルマネジャーとして人と向き合ってきた経験と、コーチとしての傾聴力を背景に、相手の心が感じられる温かな記事を大切にしています。

関連記事