『楽器のまち』で世界の楽器を平等に展示している浜松市楽器博物館。前編では見て聴いて体験できる『目に見える楽器の世界』をご紹介しました。
後編では楽器を通せば見えてくる『目に見えない世界』へとご案内します。
音だけじゃない!楽器から聴こえるストーリー
浜松市楽器博物館では、楽器を通して『目に見えない世界』に触れる体験にも力を入れています。
楽器は、その素材や形、音の出し方や音色、
さらにはそこから生み出される音楽を通じて、
それぞれの地域と時代に生きた人びとの叡智や感性を、
鮮明に映し出してくれます。
引用:楽器博物館とは | 浜松市楽器博物館
浜松市楽器博物館の入口やホームページに掲載されているメッセージです。
「楽器から叡智や感性なんてわかるの?」と思った方も多いでしょう。
百聞は一見に如かず。
浜松市楽器博物館で発見できる、楽器の秘められた物語をご紹介します。
似ている楽器がこっちにも?楽器の裏に歴史あり!
館内を巡っていると、エリアは違うのに似たような楽器が展示されていることに気が付きます。
例えばこちら。
中央アメリカの北に位置するグアテマラの『マリンバ』です。展示されている楽器は、グアテマラの通貨単位でもある国鳥ケツァールがデザインされています。法律で国の楽器と定められているほど国民的な楽器です。
実はアフリカエリアでも、同じような楽器が展示されていました。
アフリカの言葉でマは『たくさんの』、リンバは『木の棒』を意味しています。木琴の原型になったと言われている楽器です。
アフリカ大陸とアメリカ大陸。遠く離れているふたつをつなぐのは『奴隷貿易』です。多くのアフリカ人が奴隷としてアメリカ大陸に渡った際に伝わったと言われています。
「同じような楽器が別の地域にもあるのを見つけたら、背景に何か隠されている証拠です」と広報担当の増田さんは話します。
教科書でしか知らない歴史上の出来事も、楽器にとっては大きなターニングポイント。楽器は人類の歴史も教えてくれる存在なのです。
地域が異なるのに同じような楽器は、他にも展示されています。見つけたら、ぜひ楽器に隠された歴史をひも解いてみてください。
楽器の素材に注目すると見えてくる食文化!?
次に『チャランゴ』というギターに似た楽器を見てみましょう。
南米アンデス地方の弦楽器です。アンデス地方の民族音楽の演奏に使われています。『コンドルは飛んで行く』で耳にした方も多いのではないでしょうか。
展示されているのはボリビアのもの。ウクレレより少し大きく、丸いフォルムが可愛らしいチャランゴですが、実は楽器の裏側にアルマジロの甲羅が使われているのです。
アンデスではアルマジロを食べる文化があり、食べられない甲羅を使って楽器が作られました。現在はアルマジロの甲羅で作られたチャランゴは少なくなり、木製が多くなっているそうです。
浜松市楽器博物館では展示品をケースに入れていないため、左右上下から覗いたり、目の前まで近寄ったりして楽器を見ることができます。
「世界の楽器を同じ温度・湿度で均一に管理するのは、あまり褒められたことではないのです」と増田さん。
楽器が生まれた地域が違えば、気候や環境がまったく異なります。竹でできた楽器は、乾燥すると割れる恐れもあるそう。保管やメンテナンスの面から見ても、管理が簡単とは言えません。
それでもケースに入れず展示をしているのは「楽器を身近に感じてほしいから」です。
「楽器に近づいて質感や素材に驚いたり、新しい発見をしたりするほうが大切だと私たちは考えています」
チャランゴの裏側がどうなっているかは、実際に足を運んだときのお楽しみ。ぜひ展示されている楽器の裏側を覗いてみてください!
楽器の変化が映し出す時代が求める音
楽器は、時代の変化も敏感に映し出しています。
鍵盤楽器を例に見てみましょう。
写真は1791年のチェンバロ。全体が木でできていて、きれいな木目が印象的です。
しかし、展示されている順番に鍵盤楽器を見ていくと、金属フレームが使われ始めることに気付きます。
写真は1869年パリのピアノです。チェンバロにはなかった金属の棒(支柱)が奥から手前に渡されているのがわかるでしょうか。
19世紀後半には、さらに金属の割合が増えたピアノが現れます。
内部に大きな鉄製の枠(フレーム)が使われています。さらに弦も太くなり、張り方も平行から交差させる形に変化しました。
鍵盤楽器の内部が変わったのは、より大きな音を求められるようになったためです。当時は貴族の館にあるサロンでの演奏が中心だった演奏環境が、大きなコンサートホールへと変わっていった時代でした。
弦を強く張れば、大きな音は出ます。求める音を出すために大きなクマ約1頭分だった張力は、ゾウ約5頭分にまでなりました。木製ではとても耐えられません。
そこでフレームに金属を使い、弦自体も太く硬くして、強くなりすぎた張力に対応できるようにしたのです。
「大きな音が求められるようになった影響は、鍵盤楽器以外にも見られます」と増田さん。中にはそのまま姿を消してしまった楽器もあるそうです。
「楽器は当時の最先端技術を取り入れ、人々の好みや求める音色、演奏環境によって少しずつ変わっていきました。ただ時代のニーズに合わなくなってしまっただけで、昔の楽器が悪いわけではありません。なので、私たちは楽器に対して『進化』とは言わずに『変化』と表現しています」
楽器を時代別に展示している浜松市楽器博物館では、展示を読みながら館内を巡ることで、時代ごとの特徴や移り変わりも楽しめます。
社会の変化をしっかりと受け止めている楽器は、時代のニーズや人々の価値観、人類の技術の進歩を映し出す鏡でもあるのです。
楽器のストーリーを知りたいなら『ギャラリートーク』がおすすめ
館内は解説や展示はありますが、通常の博物館や美術館などに比べて説明が少なくなっています。
「楽器に語ってもらうことを意識しています」と増田さん。
説明を少なくする分たくさん展示品を見てもらえるようにと、楽器の展示スペースを広く取っているそうです。
展示やイヤホンガイドの利用でも十分楽器の意外な一面を発見できますが、もっと詳しく知りたい方は『ギャラリートーク』がおすすめです。
1日約4回開催されている『ギャラリートーク』では、学芸員の方が来館者の前で楽器をわかりやすく紹介してくれます。
筆者が訪れたときに開催されていたセルパン(フランス語で『蛇』の意味を持つ低音金管楽器)のギャラリートークでは、15分ほどの間に
- 楽器の歴史や特徴
- 音が出る仕組み
- 演奏する上での大変さ
- デモ演奏
と、たくさんのお話をお聞きしました。
興味の引き方やお話がお上手で、ついつい聞き入ってしまいます。何より、学芸員さんの引き出しの多さに驚かされました。
「ギャラリートークでは、お客さまの反応や年齢層によって話す内容を変えています」と増田さん。
「授業で習ったような単語や、誰もが知っているエピソードとのつながりから楽器を説明する場合も多いです。馴染みのない楽器を少しでも身近に感じて興味を持っていただけるように、日々試行錯誤を繰り返しています」
増田さんからは、世界史で耳にするフランス革命や産業革命などの言葉や、有名なアニメのタイトルが飛び出すことも。
(楽器とのつながりが気になる方はぜひ楽器博物館へ!)
「楽器によっては本当に多彩なストーリーを持つものもあるので、どこをどう切り取って15分にまとめるか、毎回頭を悩ませています」
楽器の魅力を知ってもらいたいという学芸員さんの熱意と努力が伝わってきます。
ギャラリートークで取り上げる楽器は日によって異なるため、事前にホームページで確認し、狙いを定めて参加してみてください。
楽器が奏でる”世界”を聴きに浜松市楽器博物館へ
今回浜松市楽器博物館を取材させていただき、楽器が持つ『世界』に圧倒されました。
「言葉をひとつ覚えるだけでも、楽器博物館に来ていただいた意味があると思っています」と増田さんは話します。
「たくさんの要素が関わり、交わり、絡まり合って成り立っているのが楽器です。新しい発見で今までの常識が覆されることも珍しくありません。我々スタッフも、常に新しい情報を入れています。楽器を通して新しい発見をひとつでも持ち帰っていただければ嬉しいです」
普段は楽器に触れない方も、毎日音楽を耳にしているでしょう。音楽は現代でも身近な存在です。
音楽と切っても切り離せない楽器は、現代と同じように昔から人々の生活のすぐそばに存在していました。文化や人々の価値観、時代の移り変わりなど、今は知ることが難しい見えないものも示してくれます。
海や大陸を越え、時代さえ超えて、過去の人々の想いに触れられる浜松市楽器博物館で、楽器が奏でる無限のストーリーに耳を傾けてみませんか?
浜松市楽器博物館
住所:静岡県浜松市中央区中央3-9-1
アクセス:浜松駅北口から徒歩約10分
駐車場:専用駐車場はなし
※周辺に有料駐車場あり
開館時間:9:30~17:00
休館日:毎月第2・4水曜日
(祝日の場合は翌日、8月は無休)
年末年始
ほか、整理や点検などで臨時休館日あり
入館料:大人800円、高校生400円
※中学生以下、70歳以上は無料
※20名以上で団体割引あり(予約必須)
電話番号:053-451-1128