万博イタリア館の旅は、目に見えるものだけでなく、心の深い部分にも響く体験だった。
後編では、“Spiritualità(宗教)”のエリアで出会った名画と彫刻、サルデーニャの“歌う岩”、そして静寂に包まれる屋上庭園へ。日常を離れ、深呼吸したくなるような時間がそこには広がっていた。

第3章:心を打つ名画と彫刻──精神性と芸術の融合

「Spiritualità(宗教)」エリアで展示されていたのは、カラヴァッジョの傑作《キリストの埋葬》。1602〜1604年頃に描かれたこの作品は、ローマの教会の礼拝堂に飾られていた作品で、光と影を巧みに使ったリアルな描写が、鑑賞者に強い印象を残していた。
この絵に描かれているのは、キリストが十字架から降ろされ、墓に納められる瞬間。一見すると深い悲しみに包まれた場面だが、会場で解説を聞いて、これが“希望”という光を描いたものでもあると知り、少し見え方が変わった気がした。

こちらは、ミケランジェロが制作を途中で断念した大理石をもとに完成された《復活したキリスト》の大理石彫刻だ。 当初はローマの教会に設置するために制作が始まったが、素材に不具合が見つかり、一度は放棄されたという。 しかしその後、この石は新たな彫刻家の手で仕上げられ、時を経て今に伝えられてきた。
復活を象徴するその堂々とした姿には、どこか崇高な気配が漂っていた。私はただ、言葉を忘れて、静かに見入ってしまった。

中央に展示されているのは、イタリア館の目玉ともいえる《ファルネーゼ・アトラス》。紀元2世紀につくられたとされる、世界にひとつしかない大理石の彫刻。
膝を曲げ、背中を丸めながら、両腕で天球を支えるアトラスの姿は、まさに“知の重み”そのもの。星座や四方位が刻まれた球体は、当時の天文学の知識を今に伝え、精巧な彫りからは人間の探究心や努力がにじみ出ているように感じられた。
今回、日本では初公開となるこの作品は、イタリアが万博で伝えたい「文化と科学の融合」を象徴する存在。芸術に詳しくなくても、目の前に立てばその存在感にきっと圧倒されるはずだ。
第4章:そっと触れると響く音――サルデーニャの“歌う岩”

「Territorio(国土)」セクションで筆者が特に心を奪われたのが、サルデーニャ州の展示に登場していた“歌う岩”のアート作品だ。
展示されていたのは、彫刻家ピヌッチョ・ショーラ(Pinuccio Sciola)による石の彫刻で、そっとなでるように触れると、美しく幻想的な音が響き出す、不思議な作品。

この作品は、サルデーニャ島の小さな村・サン・スペラーテにある「Giardino Sonoro(音の庭)」でも展示されており、イタリアでも特別な存在として親しまれている。岩を優しくなでたときに生まれる音は、まるで命が宿っているかのような温かさを感じた。
展示空間では、筆者もスタッフの方に勧められて岩に触れる機会があり、その響きのやさしさに心が震えた。にぎやかな会場の中で、静かに耳を澄ますときにだけ出会える、そんな一瞬の芸術体験だった。
※サルデーニャの展示は期間限定(6月22日~28日まで)
第5章:屋上庭園で感じる静けさと調和

館内での濃密なアート体験のあと、屋上に出ると、そこにはまるで別世界のようなイタリア式庭園が広がっていた。噴水や彫刻が配されたこの空間には、静かな時間が流れていて、風の音や鳥のさえずりまでもが心地よく響いてきた。
屋上庭園には、イタリア人作曲家カテリーナ・バルビエリによるサウンドインスタレーション《Nest of Silence》も設置されている。鳥のさえずりや電子音が響く“音の作品”で、機械と自然の共生をテーマにした没入型の体験が楽しめるそうだ。

庭園のすぐそばにあるレストラン「イータリー」では、ブラータチーズや本場のパスタ、ピザ、デザートまで、イタリア各地の味が楽しめる。週替わりで紹介される各地域の郷土料理を通じて、五感で味わうイタリア旅行がここで完結する──そんな気分になった。
終章:今、この場所にしかない出会いを

“芸術が命を再生する”というテーマは、パビリオン全体を通して、静かに、しかし確かに心に刻まれた。美しさと知、感性と科学。イタリアが届けてくれたのは、時代や言語を超えて響く、かけがえのない出会いだった。
◆大阪・関西万博 イタリア・パビリオン公式サイト
※この記事は、イタリアパビリオンの許可を得て取材・撮影を行っています。
