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スポット  |    2025.03.01

3.11を越えた命のリレー|アクアマリンふくしまとゴマフアザラシの物語

2011年初春、福島県いわき市の水族館「アクアマリンふくしま」は、大きな期待に包まれていました。
ゴマフアザラシ「くらら」が、第1子の出産を間近に控えていたからです。

Spotted Seal Kurara
命のリレーは「くらら」から始まった(画像提供:環境水族館アクアマリンふくしま)

アクアマリンふくしまが初めて授かったアザラシの赤ちゃんは、くららのおなかで順調に育っていました。
もうすぐ、もうすぐ新しい命に会える。誰もが出産を心待ちにしていた幸せな日々は、3月11日を境に一変してしまいます。

Aquamarine Fukushima March 2011
被災後のアクアマリンふくしま(画像提供:環境水族館アクアマリンふくしま)

午後2時46分、東日本大震災が発災。
国内観測史上最大の地震と大津波が、アクアマリンふくしまに壊滅的な被害をもたらしたのです。

今回の記事では、アクアマリンふくしまの上席獣医技師、富原聖一さんにお話を伺いました。
3.11を越えて現在へ、そして未来へとつながっていく、ゴマフアザラシの命の物語をお届けします。

東日本大震災直後のアクアマリンふくしま

東日本大震災と大津波は、アクアマリンふくしまのライフラインに大打撃を与えました。設備の損傷で水の循環が止まり、停電のため水槽の温度管理も不可能に。大規模な地盤沈下で配管が損傷したため、排水さえできなくなってしまいました。

Aquamarine Fukushima after quake
大震災による地盤沈下(画像提供:環境水族館アクアマリンふくしま)

深刻な被害に、海獣たち(ゴマフアザラシ、トド、タイヘイヨウセイウチ)も避難を余儀なくされます。おなかに赤ちゃんを抱えたくららは、千葉県にある「鴨川シーワールド」への避難が決まりました。

当時のアクアマリンふくしまは車両が津波に流され、身動きが取れません。鴨川シーワールドは海獣たちの移動をサポートし、トラックや重機をすべて手配してくれたそうです。

くららが避難したのは、発災から5日後の3月16日でした。

Kurara's escape
避難するくらら(画像提供:環境水族館アクアマリンふくしま)

富原さんはその日を「くららを無事に送り出せた時点で安心した」と振りかえります。

「アザラシは、ちょっとしたことでエサを食べなくなるほど繊細な動物です。でも、鴨川シーワールドさんはアザラシの飼育に関して、国内トップクラスの技術を持っていますから。僕たちは全面的に信頼して、くららを託しました」

生き物の避難後、アクアマリンふくしまではスタッフ総出の復旧作業が始まっていました。電気も水もない過酷な状況のなか、水道管の修理やブロックの片づけなどを手作業で進めたそうです。東日本大震災が残した爪痕は、重機や業者の手配もままならないほど深刻でした。

くららが灯した大きな光

2011年4月7日、くららは避難先の鴨川シーワールドで、オスの赤ちゃんを出産しました。

Kurara's baby
鴨川シーワールドで生まれたくららの赤ちゃん(画像提供:環境水族館アクアマリンふくしま)

慣れない環境でのスムーズな出産に、富原さんは喜びより先に驚きを感じたといいます。

「避難後、くららがエサを食べない時期があったと聞いて、無事に生まれるかどうか心配していました。鴨川シーワールドさんのケアが素晴らしかったからこそ、くららは問題なく出産できたんだと思います。送られてきた赤ちゃんの写真を見たら、もう可愛くて可愛くて!」

アザラシの赤ちゃんは人工飼育になることもありますが、くららはとても子育てが上手。誰に教わるでもなく初乳を与え、立派に育て始めました。

Kurara and her baby
出産後のくららと赤ちゃん(画像提供:環境水族館アクアマリンふくしま)

子どもが順調に成長していた頃、アクアマリンふくしまでは少しずつ復旧が進んでいました。水槽の中で崩れた擬岩(作り物の岩)を直したり、ひびが入ったガラスを交換したりと、やることは山のようにあったといいます。普段は異なる業務を行うスタッフが互いに協力し合い、手探りで作業を進めていきました。

やがて、安部義孝館長(当時)は、開館記念日にあたる7月15日の再オープンを決意します。アクアマリンふくしまが立ち上がり、東日本大震災からの「復興ののろし」を上げるために。富原さんたちは日付を逆算して再開計画を立て、力強く動き始めました。6月下旬には地盤沈下で傷んだ配管が復旧し、水槽に海水を貯められるようになったそうです。

6月26日、アクアマリンふくしまに大きな光が灯ります。
くららが子どもと一緒に、鴨川シーワールドから帰ってきたのです。

Welcome back Kurara
帰ってきたくらら(画像提供:環境水族館アクアマリンふくしま)

子どもは白い毛が抜け変わって、大人と同じゴマ模様になっていました。名前が決まっていなかったため、富原さんは「くららベビー」と呼んでいたそうです。

Welcome back Kibou
まだ小さなくららベビー(画像提供:環境水族館アクアマリンふくしま)

富原さんは子どもについて「あの子には、頑固なところがあるんですよ」と、とても愛おしそうに話します。

「くららには慣れ親しんだ我が家でも、子どもには初めての環境ですから、なかなか泳ごうとしませんでした。でも、そのうち足が滑って、水に落ちてしまったんです。陸に上がった後、くららベビーはゴロンと転がって、ふてくされていました。それを見て、この子は頑固なんだなと思いましたね」

7月に入ると、タイヘイヨウセイウチも帰ってきました。再オープンに備え、大水槽には6,000尾のイワシが搬入されたそうです。避難していたユーラシアカワウソや魚たちが戻ったり、新たな生き物が加わったりして、空っぽだった水槽が賑やかになっていきます。

そして、2011年7月15日。
アクアマリンふくしまは、東日本大震災からわずか4カ月で再オープンを迎えました。

Naming ceremony
命名式セレモニー(画像提供:環境水族館アクアマリンふくしま)

この日に行われたのが、ゴマフアザラシの子どもの命名式。
くららが東日本大震災を乗り越えて守った、アクアマリンふくしまの大きな光は「きぼう」と名づけられました。

つながっていく命のリレー

東日本大震災は、被災地で暮らす人々に大きな傷跡を残しました。深い悲しみ、風評被害、望まぬ人生の変化……。「震災のときはどこにいたの」という言葉が、あいさつ代わりになっていた時期もあるほどです。

そんな日々が続くなか、アクアマリンふくしまを訪れる人たちを癒したのが、きぼうの愛らしい姿でした。

Kibou
人気者になったきぼう(画像提供:環境水族館アクアマリンふくしま)

水槽をのぞき込むお客さんたちの目の前で回って見せたり、人の動きに合わせて泳いだり。きぼうは、お客さんと遊ぶのがとても上手でした。大きな落ち葉を持ったお子さんが水槽の前に来たときは、落ち葉を追いかけて夢中で泳いだそうです。

9月に入ると、きぼうの父親・ユキナも避難先から戻り、家族が揃いました。翌年の春には、避難を続けていたトドの夫婦が帰ってきたり、ユーラシアカワウソに赤ちゃんが誕生したりと、嬉しいニュースが続きます。どんどん賑やかになるアクアマリンふくしまで、きぼうは順調に成長していきました。

そして、くららは2番目の赤ちゃんをおなかに宿したのです。

Kurara
くららは美人さん(画像提供:環境水族館アクアマリンふくしま)

動物園と水族館には「ブリーディングローン」という制度があります。

希少な動物を「世界共通の財産」とする考え方の下、それぞれの施設が繁殖のために、動物を貸し借りする仕組みです。ブリーディングローンには、動物たちの子孫を絶やさず残すのはもちろん、血統が偏らないようにする意味も含まれています。

2013年4月、くららは第2子となるメスの赤ちゃんを出産。きぼうはブリーディングローンにより、青森県の浅虫水族館へ移ることになりました。

Kibou in the aquarium
アクアマリンふくしまの大水槽で泳ぐきぼう(画像提供:環境水族館アクアマリンふくしま)

富原さんは、旅立ちが決まったきぼうを感傷的な思いで見ていたといいます。

「当時はアクアマリンふくしまが復興して『希望が叶った』と実感していました。だからこそ、きぼうという名前のゴマフアザラシを送り出すことで、希望の光が全国に広がればいいなと思っていたんです。でも、その一方で大きな寂しさもありました。やっぱり、きぼうは本当に可愛かったですから」

6月17日に浅虫水族館へ移動したきぼうは、2018年に第1子、2020年に第2子の父親になりました。2023年5月9日には第3子が誕生しています。

Kibou's son
きぼうの3番目の子ども(画像提供:青森県営浅虫水族館)

一方、くららは順調に出産を重ね、6頭の子どもに恵まれました。

アクアマリンふくしまの動物たちは、基本的に展示水槽で出産します。くららが子どもを産むたびに、真っ白な赤ちゃんの姿が、人々の心を和ませてきました。

2021年3月23日に生まれたのが、現在アクアマリンふくしまで暮らしている、第6子の「だいふく」。この子はエサを食べられるようになっても乳離れしなかったため、他の子どもたちよりぽっちゃりしていたそうです。

Daifuku baby
赤ちゃん時代のだいふく

2024年9月19日、子どもたちの父親・ユキナがこの世を去ってしまいます。アクアマリンふくしまは悲しみに包まれ、館内に献花台が設置されました。

くららの孫がやってきた

ユキナを失ってから2か月が過ぎた、11月26日。

アクアマリンふくしまに、小さなゴマフアザラシがやってきました。
青森県営浅虫水族館で生まれた1歳の男の子「だいき」。きぼうの3番目の子どもです。

Welcome Daiki
到着した日のだいき(画像提供:環境水族館アクアマリンふくしま)

浅虫水族館へだいきを迎えに行った富原さんは、初めて会った瞬間「あっ、きぼうと同じ顔だ」と思ったそうです。

Kibou now
大人になったきぼう(画像提供:青森県営浅虫水族館)

アクアマリンふくしまのゴマフアザラシは、くらら・だいふく・だいきの3頭になりました。

だいきはきぼうと同じように、お客さんと遊ぶのがとても上手な子です。愛嬌たっぷりで、浅虫水族館の人気者でした。アクアマリンふくしまに来たときは、青森から「だいきに会えるのはいつですか」と問い合わせが相次いだそうです。

「だいきには、きぼうに似て頑固なところがあるんですよ」と、富原さんは優しい表情で話します。

「とても大切に育てられたので、浅虫水族館さんが大好きだったんでしょうね。移動した日は、車に乗せられる前から怒っていました。到着後は水槽の中で逆さになったまま、ふてくされて。『顔も見せたくありません。帰らせてください』と言っているみたいでしたね。現在はこちらの環境に慣れて、すっかり可愛くなりました」

14年目の3.11を迎えるアクアマリンふくしま

東日本大震災から14年目を迎える、2025年初春。
アクアマリンふくしまのアザラシ水槽では、だいきとだいふくが一緒に暮らしています。

Daiki and Daifuku
左がだいき、右がだいふく(画像提供:環境水族館アクアマリンふくしま)

だいきは、スタッフの後を追いかけるほど人間が大好き。まだゴマ模様が出ていない小さな姿と、お客さんにアプローチする様子の愛らしさに、ファンが急増しているそうです。

そして、くららは……。

Kurara now
最近のくらら(画像提供:環境水族館アクアマリンふくしま)

くららのおなかには、第7子となる赤ちゃんが宿っています。パートナーのユキナが、最後に遺した小さな命。経過は順調で、3月中に生まれる予定です。
※今回は展示水槽ではなく、バックヤードでの出産になります

たくましく続いていく、ゴマフアザラシの命のリレー。その物語を支えてきたのは、未曽有の大震災から立ち上がったスタッフたちの、懸命な努力でした。

Aquamarine Fukushima now
現在のアクアマリンふくしま

最後に、東日本大震災から現在までの足跡を、富原さんに振り返っていただきました。

「『よくここまで来られたな』というのが率直な気持ちです。発災直後は原発事故の影響もあり、まったく先が見えなくて。もうダメなのかな、この水族館は消えてしまうのかな、と不安でした。

当時の安部館長が、7月15日に再オープンすると決めた理由の一つは、職員の不安を取り除くためだったのかもしれません。実際に日程が決まり、僕たちは一丸となって頑張れました。

アクアマリンふくしまは東日本大震災を乗り越え、より骨太な水族館になったと思っています」

2025年2月11日には、来館者が1,700万人に到達したアクアマリンふくしま。未来への歩みは、これからも止まることなく続きます。

※3/24追記

2025年3月22日、くららがオスの赤ちゃんを出産しました!
https://www.aquamarine.or.jp/new-animals/largasealbabyborn2025/

アクアマリンふくしま(公益財団法人ふくしま海洋科学館)

住所:福島県いわき市小名浜字辰巳町50
電話:0246-73-2525
営業時間:〔通常期〕3/21~11/30・9:00~17:30
     〔冬季〕 12/1~3/20・9:00~17:00
     ※最終入館時刻は閉館1時間前まで 
休館日:年中無休
駐車場:1,500台
Webサイト:https://www.aquamarine.or.jp/

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この記事を書いた人

さわきゆり

福島県いわき市でうさぎ1匹と暮らすフリーライターです。 250ccの小さなバイクで走り回ることが大好き。 いわき・福島の魅力をどんどん発信していきますね! いわきには市の魚・目光に由来する「めひかり塩チョコ」があります。 さて、どんなお菓子でしょう? 検索してみてくださいませ。

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