編み方は2000通り以上。修理しながら、何十年と使い継がれる家具。そんな「ラタン工芸」の世界をご存じでしょうか。
橋本籐工芸は創業から55年、浦和の地で一つひとつ丁寧にラタン製品を手がけてきた老舗籐工芸店です。大阪から埼玉へ。職人の技と想いは、今も静かに受け継がれています。
時代が変わっても、変わらないものがある。暮らしの中で生きるラタン工芸の魅力を、じっくりとご紹介します。
編み方が2000種類以上?知られざるラタン工芸の世界
大阪から東京へ——丁稚奉公から始まった職人の道
「チャンバラして遊んでたら、師匠に『そんな大事なもので遊ぶな。暇なら手伝え』って言われて始まったんだそうです」
創業者である父、橋本昭一さんの修業の始まりを話すのは、橋本籐工芸・社長の橋本幸昌さん。

戦争で両親を亡くした昭一さんは、大阪にある祖父の家に引き取られました。その近所にあった籐屋(とうや)の前にあった輸入品の籐工芸用の材料。それでチャンバラをしていたことがきっかけで、籐屋の店主と顔見知りになり丁稚奉公するまでになったのだそうです。
お子さんがいなかった籐屋の師匠にとっては「息子のよう」な存在だったのでしょう。
十数年の修行の後、自分の店を持つために上京。そして、埼玉県浦和市(当時。現在はさいたま市)での出店を迎えます。
分業から専業へ|全ての工程を担う橋本籐工芸の強み
当時の籐工芸は分業制。しかし昭一さんは、全ての工程を師匠から教わることができたのだそうです。その修業には人の2倍かかりましたが、教わった技術を生かし新しい籐屋の創業を実現させようとしました。
しかし関東で出店することは、大阪から上京した身には苦労が多かったそう。店の基盤づくりにはかなり時間を要した昭一さん。
開業資金も貯まり、少しずつ周囲とのご縁が繋がっていき、開店までの地盤が固まっていったのでした。
全ての工程をひとりで行うのは、バリエーション豊かな家具や雑貨類を作ることができるということ。これは、橋本籐工芸の大きな強みになるのでした。
手が覚えている技術|用途で変わる2000通りの編み方
「お父さんは『手が覚えているから』って言ってスルスルと編めるんですけれど、私たちにはまだまだ」

そう話すのは幸昌さんの妻、貴恵さん。
橋本家へ嫁いできた貴恵さん自身も籐工芸の職人。お店では、貴恵さんがラタンかごを編む姿が見られます。職人がラタン雑貨を編む姿を見られるのも、橋本籐工芸ならでは。
かごやバッグ、家具作りなどで使用する編み方は、一体どのくらいあるのでしょう。

「編み方は2000種類以上あります。実際は数え切れないくらいです。ただ、この編み方も使う人のことを考えて編まないと。複雑な編み方になれば、それだけ重量が増してしまいますから」と幸昌さん。
たとえば、かごならば持ちやすいものがいい。軽さを考えて作るとしたら、複雑な模様は適さない…。
数多くある編み方は、使い心地を考えて選択する。使い手目線のものづくりをする。それが、作り手である橋本籐工芸の「哲学」です。
「涼しさを呼ぶ家具」暮らしに溶け込むラタン製品と快適さの秘密
座ればわかるその違い!ラタン家具の快適な座り心地の秘密
持ってみると軽く、座ってみると優しい感触。
取材時に座ったラタンの椅子。驚くほどに柔らかで優しい座り心地です。

「籐の家具って繊細に思われがちなんですが、実はかなり丈夫なんです。湿気にも強い。乾燥に弱いくらいで、うちの商品は多少乱暴に扱っても壊れません」
幸昌さんの話を聞いていると、ラタン家具こそ日本の気候に合っているとわかります。夏は高温多湿になる日本。「涼しさを呼ぶ家具」と言われるラタン家具であれば、ひんやりとした肌触りも良いことでしょう。


座り心地が良いのにも、理由が。
「籐をUの字に曲げるだけでも歪みが出る。だから、籐の力をどこで逃がすかを考えないと、歪んでガタついたり座りにくくなる。そこまで考えて家具の設計をしています」
「お客さんに座ってもらって、その一瞬で『あっ、座りやすい』とならないとダメなんですよ。デザインも大事だけど、まず座り心地が良くないと」
この話からも幸昌さんの「職人魂」を感じます。そんな家具だからこそ、心地よい使い勝手になるのですね。
経年変化も味わいに|ラタン雑貨を育てる愉しみ
軽さや使い心地だけでなく、「経年変化」もラタン雑貨の魅力のひとつ。
「本来であれば、何も塗る必要性はないんですよ。自然に色が変わっていく…。昔の人は色の変化を楽しんでたんですよね」
塗りがなくても、そのまま使い続けることで変化していくラタン家具や雑貨。自然の素材、生きているからこそ愉しめる「経年変化」。時間をかけていくほどに、味が増していく。まさに「ラタン雑貨を育てる愉しみ」です。
塗りがなくても味わいがあるラタン雑貨ですが、塗りのものも、もちろんあります。染めつける材料は、柿渋や洋服の染料などを使用。気候によってその加減は異なるそうです。やはりここでも自然に寄り添ったラタン雑貨づくりが見られます。

「他の自然素材、例えばアケビとかヤマブドウなどのバッグは、手の脂で柔らかくなっていきます。だから、むしろどんどん触ってほしいくらいです。大切にしすぎるほうが悪くなることがあるんですよ」
と幸昌さん。
手の脂もラタン雑貨や家具にとってみたら経年変化のための「プラス要素」。聞けば聞くほど奥深い、ラタン雑貨の魅力に引き込まれていきます。
橋本籐工芸が手がけるラタン製品は、ただ美しいだけでなく、長く使い続けることで魅力が育つ「暮らしの工芸品」です。2000通り以上あるという編み方、設計から座り心地まで計算された椅子、そして使うほどに味わいが増す雑貨たち。


創業者が大阪から東京、そして浦和へと歩んだ「ものづくりの道」には、時代に左右されない職人の強さとやさしさがありました。
次回【後編】では、修理で蘇る大正時代のラタン家具や、三代目の挑戦、そして新たな時代に向けた発信についてご紹介します。
店舗情報
橋本籐工芸
住所:埼玉県さいたま市浦和区岸町4-26-1
電話:048-822-8422
営業時間:10:30~17:00 日曜日定休
公式サイト
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