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人  |    2025.11.08

人とのつながりが世界を広げる。喫茶店店主がひらいた子どものための居場所「となりの平屋」

「いらっしゃいませ! 」桃の里として知られる山梨県笛吹市一宮町にある一軒家から、子どもたちの元気な声が聞こえてきます。ここは「となりの平屋」。隣接する「喫茶kivis」の店主の井上真由美さんが2023年から始めた、子どもたちのための居場所です。

地元の人に愛される喫茶店を16年間経営してきた井上さんは、これまで子どもと日常的に関わる機会は少なかったそう。そんな井上さんがなぜ子どもの居場所をつくったのでしょうか。その背景には、人との出会いが教えてくれた”ある大切な気づき”があったようです。

今回はとなりの平屋で行われる「子ども食堂と子ども町商店街」に足を運び、子どもたちが目を輝かせて参加する姿や、活動に込められた温かい思いを取材しました。

小さな店主のアイディアが光る「子ども食堂と子ども町商店街」に密着

桃やぶどうの畑に囲まれ、一宮浅間神社からほど近い閑静な住宅地にあるとなりの平屋。白い壁に赤茶色の屋根が目印です。2~3カ月に1度行われる「子ども食堂と子ども町商店街」が開催されるこの日は、子どもの古着のTシャツと古いぬいぐるみで作られた看板が、来場者を出迎えていました。

子ども町商店街とは、子ども一人ひとりが手作りした小物やゲームなどを、実際のお金を扱ってお客さんに販売する催しのこと。マルシェへの出店経験が豊富な大人も参加するため、年齢を問わず誰もが楽しめるイベントです。接客を通して子どもたちが初対面の人と接したり、敬語で話したりする練習の場にもなっています。

イベントが始まる10時に合わせて訪れたこの日は、小学5年生の子どもたち3人とその保護者たちが集まっていました。子どもたちが開いたのは、夏祭りを連想する射的、宝探し、輪投げのお店。景品には、海で拾った貝殻や手作りのプラバンキーホルダー、粘土細工などが用意されていました。

途中、大人向けに肩たたきや足もみのサービスを始める子も現れるなど、自由な発想と行動力で自分のお店を運営する姿に感心させられます。同じ空間では、保護者たちが子どもたちを見守り、安心して過ごせる環境が整っています。

お昼になるとお楽しみの子ども食堂の時間です。子どもは無料、大人は500円で食事ができます。この日のメニューは夏野菜サラダ、ミートボールトマト煮、自家製フォカッチャ。部屋中に食欲をそそるいい香りが漂っています。

ミートボールを一口食べた男の子が「うまっ! 」と声を上げると、周りの保護者たちも思わず笑顔に。一つの大きなテーブルを囲み、おしゃべりしながら、和気あいあいと食事を楽しむ時間は、午後の活動に向けてエネルギーをたくわえるひとときです。そして食べ終わると、保護者たちに教えてもらいながら、子どもたちが食器を洗います。

午後になると、再びお客さんが訪れ始めます。子どもたちは笑顔で迎え、一生懸命に接客していました。

時刻は15時、充実したイベントもこれで終了です。ここからは後片付けと掃除を行います。みんなで手分けして畳を掃いたり、テーブルを拭いたり。この場が、子どもたちの成長の機会にもなっていることが分かります。

掃除を終えると、お待ちかねのご褒美タイムです。この日得たお金で喫茶kivisの自家製ドリンクを飲む子がいれば、「貯金する!」と大事そうにお財布にしまう子も。お金の使い道には、それぞれの考えがあるようです。

帰り際、子どもたちに「となりの平屋のどんなところが好き?」と聞いてみました。県内外から集まり、性別も異なる子どもたち。口をそろえて「みんなで遊べることが楽しい! 」と満面の笑顔で答えてくれました。

心を軽くする居場所「となりの平屋」が生まれた理由

子どもたちが生き生きと活動する姿を見ていると、井上さんがなぜ、このような居場所づくりを始めたのか気になります。その始まりは、喫茶kivisをオープンして10年目の2019年でした。

喫茶店として使っている建物と同じ敷地内にある、まったく手入れのされていない平屋の使い道について漠然と考えていたとき、ある事実を知って心が動かされました。

「当時、親の経済的な事情で、7人に1人の子どもが十分な食事をとれないと知りました。それでこの平屋があるなら、子どもたちの居場所になるような、子ども食堂をやってみようと思ったんです」

この地域は農家が多く、祖父母と暮らしている子どもも多いため、一見すると子どもの世話ができない家庭は少ないと思われています。しかし、近くの小学校の先生から聞いた「生活リズムが乱れている子が一定数いる」と言う言葉が、井上さんの心に引っかかっていました。

「もしかしたら、抱えている悩みや問題を周囲の大人に相談できない子どもがいるのかもしれない。そのような子どもたちが、一日中遊べて気晴らしになる場所をつくってあげたい、そう思ったんです」

まず、活動を始めるにあたり、周囲の人々に「子ども食堂をやる」と宣言した井上さん。すると、運営を手伝いたいという人や、使っていない食器を寄付してくれる人が次々と集まってきました。子どもが店を出すというアイディアは、運営メンバーの一人が、「子ども食堂をもっと多くの人に知ってもらうために」と提案してくれたそうです。

「保護者のみなさんは、安心して過ごせる場所をつくる上で必要な存在です。初めて来る親子には『どちらから来られたのですか?』などと声をかけるなど、温かく迎え入れることを意識しています。大人同士が信頼関係を築いている環境だからこそ、子どもたちも初対面の人に対して警戒心を抱くことなく、リラックスして交流を楽しめるんです」

となりの平屋の室内にはガーランドなどの飾りがあり、ワクワクする雰囲気が漂っています。こうした雰囲気づくりについて、「きれいにし過ぎないことを意識している」と井上さん。イメージは「畳の上で寝転べて気を遣う必要がない、田舎のおばあちゃん家」のような場所です。部屋の飾りつけやTシャツで作った看板は、忙しい井上さんに代わり参加者たちがつくりました。おかげで、室内は手づくり感あふれる秘密基地のような空間となっています。

多世代交流で「世界が広がる体験」をしてほしい

井上さんは2023年7月にとなりの平屋の活動を開始し、多くの人たちとのつながりが生まれてきました。運営費の多くは喫茶kivisの売り上げから捻出していますが、買い過ぎた食材を持ってきてくれる方や、頼めば桃を届けてくれる桃農家の同級生など、地域の人々に支えられ活動を継続しています。

となりの平屋は主に子どものための居場所ですが、大人も大歓迎です。誰でも来られる場所にしているのには、こんな理由があります。

「子どもたちがいろんな世代の人と交流することで、社会性が身についたり、出店などさまざまな経験ができたりする場所にしたいんです。実は私は、以前までは知らない人と話すのが苦手でした。でも、喫茶店を営む中で人との関わりを通して世界が広がることを知りました。子どものうちから、そうした『世界が広がる経験』ができる場所があれば良いなと思っているんです」

実は取材したイベントの日、心温まる場面がありました。子どもたちがもらったお菓子を、その場にいた大人たちに分けてくれたのです。井上さんはその行動に感動し、「社会性が身についているのかも知れないと思うとうれしいですね」と話してくれました。

宝探しに挑戦。景品として子ども店主の自慢の粘土細工をゲット!

「信頼できる人が集まり、子どもが安心できる居場所」を守り続ける

となりの平屋が目指すのは、「誰もが息抜きできる場所」。井上さんが理想とするのは、「一人にはなりたくないけれど、大人数が苦手な子でも気軽に来られる場所」です。そのため、規模を大きくしていくつもりはありませんが、何か新しいことをさせたい保護者や地域の大人など、いろんな職業や経験を持つ大人に子どもたちと関わってほしいと考えています。

「初めて来る子は、知らない人と接することに不安を感じると思うんです。だから来てくれた子どもたちには、『ここにいる人はみんな信頼できる人ばかりだよ』と伝えて、安心してもらえるようにしたいですね」

となりの平屋の活動が知られるにつれ、井上さんのもとには、将来的に子ども食堂をやりたいと考える方から相談が寄せられるようになったそう。そんな方々に井上さんはこう伝えます。「少しでもやりたいと思うなら、規模は小さくても、やってみたら良いと思います」と。子ども食堂の運営方法を学んだ経験がないながらも、保護者たちと相談しながら、少しずつ形にしてきた井上さんらしいアドバイスです。

子どもだけではなく、大人も最初の一歩を踏み出すきっかけとなる、となりの平屋。人との出会いをきっかけに、考え方が変化した井上さんは、今では子どもたちに「世界が広がる喜び」を届けています。この小さな平屋で交わされる会話や経験が、やがて、子どもたちの人生を豊かにする土壌となるように。そんな思いを込めて、この場所を守り続けていくつもりです。

となりの平屋

住所:山梨県笛吹市一宮町中尾651
インスタグラム:https://www.instagram.com/tonarinohiraya/

喫茶kivis

住所:同上
インスタグラム:https://www.instagram.com/kivis651/

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この記事を書いた人

yanagi

生まれも育ちも山梨県の取材ライターです。山梨でも「面白いこと」に取り組んでいる人々を取材し、地域の魅力を発信していきます!趣味は旅・エンタメ・聖地巡礼(映画・ドラマ・小説など)・トレッキング・ロードバイク。フェアトレード・ソーシャルビジネス・SDGsに関心あり。

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