春野さんの代表作のひとつである『バスが来ましたよ』(文:由美村嬉々 絵:松本春野 アリス館)は、目の見えない男性が主人公の実話を基にした絵本です。この男性は、病気のために視力を失い、訓練を受けて職場に通勤する練習をしていました。しかし、交通量の多いバス停では、乗るべきバスに乗れない日々が続いていました。
ある時、小さな子どもが「バスが来ましたよ」と声をかけてくれたことで、男性の心は安らぎ、その後10年以上にも渡り、子どもたちからバスのサポートを受け続けたという物語です。
この作品は賞を3つ、部数も5万部を売り上げる大ヒット作となりました。
親切のバトン
春野さんは「この作品は『親切のバトン』なんです」と言いました。
「最初に男性の手を引いた女の子が、成長してバスに乗らなくなっても、それを見ていた別の子たちがその役割を担っていく。親切のバトンが受け継がれていく、そういう社会であってほしい」
想像できる範囲で戦争の苦しさを表現
春野さんのもうひとつの代表作『トットちゃんの 15つぶの だいず』(原案:黒柳徹子 文:柏葉幸子 絵:松本春野 講談社)は、黒柳徹子さんの自伝的小説『窓ぎわのトットちゃん』(著:黒柳徹子 絵:いわさきちひろ 講談社)を題材にした作品です。戦時中の食糧難を背景に、トットちゃんが1日に15粒の大豆で生活しなければならないというエピソードを描いています。
この話を依頼されたとき、戦争を直接経験していない世代として、書けるかどうか悩んだそうです。
「私も母親ですから、15粒の大豆しか子供に手渡せない苦しさというものは想像できます。その気持ちなら書ける。このお母さんの表情は書けるかもしれない。空から降ってくる爆弾をリアルに書くことはできない。苦しんで死んでいく人たちをリアルに書くことはできないけれども、この15粒の大豆、またシーンは書けるんじゃないか」
そのような思いで引き受けたこの作品もまた代表作となりました。
ーー今後はどのような作品を手掛けていきたいですか
「アジアの子どもを描きたいです。私は、日本で一番、日本の子どもを上手に描けるようになりたいと思っていたんです。そしてありがたいことに、この仕事を続ける中で、日本の子供をたくさん描かせていただいています。では次はどんな子どもたちを描きたいかと思ったとき、我が子にどんな子どもたちと友だちになってほしいか考えました」
「今は中国の人たちが教育移住などでたくさん近くにいて、知り合う機会があります。そういう中で違う文化や違和感をネガティブに捉えることをしてほしくないんです。なぜなら、子どもはどんな状況でも友だちになれるからです」
いわさきちひろの孫と言われてきた松本春野は母となり、今を生きる絵本作家として、実感を込めて最善だと思う作品を世に出していこうとしています。
ーーその次回作は具体的にどのような物語なんでしょうか。
「中国の料理家ウー・ウェンさんの子供時代を描いた絵本です。料理家さんなので、餃子作りの絵本なんです。餃子というのは、お正月に食べたり、家族が集まるときに食べる、ちょっとうれしい特別なものなんですよね。餃子作りの本ですが、家族を描く絵本にもなっています」
とても楽しみだし、描けることになって嬉しいと、まるでご自身の描く子どものように屈託のない笑顔でした。
松本春野の魅力は、絵本作家としてだけではありません。
その講演会は、書きつくせないほど、素晴らしい内容でした。頻繁に講演をなさっているようなので、お近くの方はぜひ、足を運んでみてください。
【次回作について】
料理家ウー・ウェン先生の少女時代のお話を絵本にした『きょうはぎょうざの日』(監修:ウー・ウェン 文:石井睦美 絵:松本春野 講談社)が2025年春に刊行予定です。
松本春野さんの描くかわいらしい中国の少女シャオチンと家族の心あたたまる、おいしい物語をお楽しみに。