2025年1月23日、フランスの権威ある美食グルメガイド『Gault&Millau(ゴ・エ・ミヨ)magazine』の「ラムにたずさわる世界の15人」に選出された日本人醸造家がいました。
世界で最もラム酒が人気な国の一つとされるフランスでも認められた日本産ラムはどのようにして生まれたのか。千葉県南房総市にある「ペナシュール房総株式会社」の房総大井倉蒸留所に伺いました。
南房総の「隠れ里」から世界へ
千葉県南房総市の山間部、ジャングルクルーズのような細い道を登った先に、戦国時代からタイムスリップしたような武家屋敷門が忽然と現れます。里見氏の落ち武者が身を潜めたとされるこの隠れ里にあるのが、ペナシュール房総株式会社の蒸留所です。

代表の青木大成さんが「舵取りこそ自分ですが、事業という船を動かして来たのは乗組員となってくれた仲間たちの力です」と語る通り、蒸留器から抽出されたラム酒には、南房総の、そして全国から青木さんの想いに共感して集まった仲間たちの物語が詰まっています。
戦後の食糧難と台風を乗り越えたサトウキビ
東京で音楽関係の仕事に就いた後、32歳で故郷に帰り、実家の寿司割烹店を事業継承。併設したBarで地元の仲間たちと「いつか自分たちの酒が造れたらいいな」と夢を語っていた青木さんに事業化のきっかけをくれたのは地元のお年寄りたちでした。
「酒を作るなら、ここでのサトウキビ作りを教えてやる」
一年を通じて温暖な南房総には戦後の食糧難を自家栽培のサトウキビが支えたという歴史があります。彼らはその時代を知る生き字引のような存在でした。
2019年の春、海岸沿いの耕作放棄地で試験栽培を開始。しかし、秋には夢を打ち砕くかのように「令和元年房総半島台風」が南房総を襲いました。
甚大な被害を受けた町で瓦礫の撤去などに追われていた青木さんが、11月になってふと畑を見に行くと、そこには台風で茎を捻じ曲げられながらも、太陽に向かって力強く伸びていくサトウキビの姿がありました。
「サトウキビの姿に復興に向かう自分や故郷の姿を重ねて、柄にもなく熱くなって口を滑らせました(笑)」
青木さんは、その写真に「南房総ラム酒製造計画-Rhum de la Péninsule de BOSO-」と書き添えてSNSに投稿。

この一枚がきっかけとなり、全国からラム愛好家や酒造りの専門家たちがひっきりなしに南房総を訪れるようになりました。
「酒の世界って奥が深いから一度ハマると抜け出せない人ばかり。全国のラムおたくが世界中の銘柄や海外の蒸留所の知見を南房総に持ち込んでくれたんです」
夢をカタチにしてくれる蒸留器と幼なじみ
親戚が所有する空き家だった古民家を改修して2022年7月に稼働を始めた「房総大井倉蒸留所」はそんなラムおたくの集合知によるものだそうです。

「同じ原料でも蒸留の仕方で多様な味を引き出すことができるのがラム造りの奥深さでもある」と二基の蒸留器を設置。ひとつは給食用の回転大窯を改造した手作りの直火回転窯型蒸留器。


そして、もうひとつが袖ケ浦にあるコトブキテクレックス製のハイブリッド蒸留器。

運んできた部材を組み立てたのは、幼なじみの三瓶幸雄さん。
「人が少ない町なので、何かやるときはいつもうちから10秒のところに住んでいる彼に声をかけるんです」
介護施設で働きながら青木さんのBarを手伝っていた三瓶さん。農業高校の出身で現在は原料となるサトウキビ栽培の為に立ち上げた農業法人「合同会社きびラボ」の代表も務めています。
ラム酒のためのサトウキビ栽培
サトウキビの栽培は海岸沿いの無霜地帯と呼ばれる霜の降りない温暖な土地にあった耕作放棄地を利用して行われています。農薬を使う大量生産の製糖用ではない、ラムを造るためだけのサトウキビ栽培です。
農法はブルゴーニュの神様と称される醸造家のアンリ・ジャイエに学んだもの。土地の個性を最大限に活かす自然栽培です。手刈りした雑草をマルチに。砂糖を搾り取った残渣を地元の牧場の飼料として堆肥と交換。浜辺に流れ着いた海藻を肥料にするなど地域資源を循環させることでラム酒に南房総のテロワールを存分に含ませるそうです。
収穫の最盛期には「BOSOパイレーツ」と名付けた収穫サポートの数百人が口々に「またタダ働きかよ」と冗談を言いながら手伝いに来てくれるんだとか。多くが愛好家だからこそ、17世紀にカリブ海の西インド諸島で誕生したラムが背負っている暗い歴史——アフリカから奴隷として連れて来られた人々によるサトウキビ栽培に支えられていた酒であることを知っているのです。

収穫されたサトウキビはフレッシュなうちに畑近くで搾汁され、蒸留所の発酵槽に運ばれます。サトウキビ由来の野生酵母を活かし、自然発酵に近い形で約1週間かけてアルコール度数9%ほどのもろみに。単式蒸留器による一次蒸留で30%のスピリッツが、再蒸留によって65%のラム原酒が生成されるそうです。

2023年8月には最初の正規品となる「BOSO Rhum blanc Agricole Soleil-太陽-
(房総ラム アグリコール ブラン ソレイユ)」をリリース。サトウキビの搾り汁を100%直接発酵・蒸留して造るアグリコールラムでラム酒の中でもサトウキビのフレッシュな香りと味わいを持つ希少酒です。

ペナシュールBOSOの奇跡
販売開始から1年半が経った2024年末、青木さんの元に一通の外国語メールが届きました。
「最初は迷惑メールかと思いました(笑)」
送り主は「Gault&Millau(ゴ・エ・ミヨ)」。1972年にパリで創刊された権威ある美食グルメガイドを発行しているフランスの出版社です。
「マガジン誌のラム酒特集であなたを紹介したい」という依頼でした。半信半疑で写真を送ると、2ヶ月後の2025年1月23日に発売された『Gault&Millau magazine』に「ラムにたずさわる世界の15人」として掲載されていました。

ヨーロッパからは想像を超える反響が寄せられました。フランスからのオファーに応える為、JETRO(日本貿易振興機構)の伴走支援を受け海外輸出も進めています。
「ラムおたくの知見が集まったから、たった数年で国際的な評価を受けるものができた」と言う一方で「でも、地元では全然飲まれていないんですよ」と青木さんは笑います。地元のお年寄りたちからは「せっかくサトウキビがあるんだから焼酎を作れ(笑)」と言われるんだとか。

地元のあたたかな人々に支えられ、南房総の海賊たちが造り上げた「Rhum de la Péninsule de BOSO」は海を越え、世界へと旅立っていくのです。
ペナシュール房総株式会社
住所:千葉県南房総市千倉町南朝夷1019
公式HP:https://rhumboso.com
Instagram:https://www.instagram.com/rhumboso/




