『Field Artha』を主宰する綾乃さんにとって、シュリカリのヨガ※1との出会いは、人生の風向きを大きく変えるものでした。
※1 インドのヨガ哲学と瞑想をベースにしたもので、「意識・呼吸・内面の変化」に重きを置くヨガ。派手なポーズや運動性よりも、静けさの中で自分の内側を整える特徴がある。

前編では、その歩みをお届けしました。
後編では、ヨガ教室を主宰するまでの道のり、そして「暮らしの中にあるヨガ」についてお伝えします。
妊娠・出産により、手放すことになったヨガ教室
指導者養成コースを終えた綾乃さんは、同時期に受講した友人とともにヨガサークルを立ち上げます。
「小さいながらも、ヨガをする場所を作れたことが嬉しかったです」
そう話す、綾乃さん。しかしそのサークルを長く続けることは叶いませんでした。
「ふたりとも、立て続けに妊娠が判明して。3ヶ月しかできなかったんです」
綾乃さんは切迫流産で動くことがままならない状態に。そこから、ヨガを教えることから離れることになります。
そのまま出産、育児へと暮らしは大きく舵を切りました。
出産・育児を通して心から腑に落ちた、ヨガの学び
出産して3日目。
お子さんに心臓の病気があることがわかりました。
「正直、何が起きているのかわかりませんでした。その症状が重いのか軽いのかもわからない。ただ、『健康に産んであげられなかった』って思ってしまって…。その後、発達障がいがあることも判明し、子どもに大変なものを背負わせてしまった、と感じて」
子どもに背負わせてしまったことに、落ち込んでしまう期間もあったけれど、わが子と接していく中で少しずつ、心が変化していくことを綾乃さんは感じたのだと話します。
「それも全部ひっくるめて、この子は唯一無二。可愛くて、大好きで…!私にとって、わが子は100点満点なんです」

“生まれながらに100点”。養成コースで学んだあの言葉が、心から理解できた瞬間だったといいます。
ヨガ教室をすることはできなかったけれど、子どもとの暮らしの中でヨガの哲学が生きていました。
すれ違いも、時をかけて分かり合う
お子さんが生後6ヶ月の頃から、夫・寛之さんはアメリカへ単身赴任。半年に一度しか会えない日々が続きました。
夫が大切なわが子をオンライン越しにしか見ることができない日々。一緒に暮らせない中でのジレンマがあったのではないでしょうか。
「その当時、夫婦間の子どもへの理解の差は正直あったと思います」
同じ親であっても、見えている景色は少し違っていたのかもしれません。その距離は、すぐに埋まるものではないだろうとも思っていたのだそう。
それでも「焦らなくていい」と思えたと、綾乃さんは当時を振り返ります。
「子どものことを理解するのに、時間をかければいいと思えたのは、ヨガの学びがあったからだと思っています」
夫の寛之さんは帰国後、東京で家族と暮らす時間を経て、埼玉での定住を決意。
現在はさいたま市見沼区で『Salad Field』として新規就農し、農家としての歩みを重ねています。

この決断もまた、家族との暮らしを見つめ直した先にあったもの。
時間はかかったかもしれないけれど、このペースでよかったのだと、綾乃さんは静かに受け止めています。
『まめたんく』との出会い、そして再始動
埼玉への移住後、ヨガ教室ができたらとレンタルスペースを探し続ける日々を過ごしていた綾乃さん。
「なかなかぴったりくる場所に出会えなくて、正直少し疲れてしまっていた時もありました。そんな時は一時的に探すのをお休みしたりして」
そんなある日、SNSに流れてきたのは、立ち上がったばかりの『一般社団法人まめたんく』のSNS投稿でした。
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早速メッセージで連絡を取り、代表の根岸毅さんや運営代表に相談。まめたんくでのヨガ教室開催が決まりました。それは2023年のこと。お子さんは小学生になっていました。


ヨガは、暮らしの中にこそある
現在、まめたんくで定期開催されているシュリカリのヨガ。

派手さはなく、静かで、私のペースでヨガをするひととき。

「今こうしてヨガ教室を開催できていることが、本当にありがたいです。これからも、私のペースで続けられたら」
綾乃さんの言葉は、どこまでも自然体です。
ヨガの学びはポーズの中だけでなく、暮らしの中にこそ生きていました。

自然に任せて生きる。
ヨガ哲学を学んだ先にあったのは、心の穏やかさと、「ありのままで完全」という考え方でした。
北浦和で、静かに続いていくヨガの学びの場。『Field Artha』。
その静かなヨガのひとときは、誰かの人生の風向きを、そっと変えているのかもしれません。





