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フード  |    2025.07.05

浜松・味噌工房キシタが紡ぐ“縁”|みそを仕込む体験が、“ひととひと”をつなぐ

みそを自宅で作っているという方は、どのくらいいらっしゃるでしょうか?

「手前みそ」という言葉もあるくらい、格別なおいしさだと言われる手作りみそ。いつか作ってみたいと思っている方も多いかもしれません。

しかし、実際は

「カビとか、保存が心配…」
「周りに相談できる人がいなくてちゃんと作れるか不安」
「たくさん仕込まないといけないんでしょ?作ってもきっと食べきれないよ」

と、なかなか一歩踏み出せない方も多いのではないでしょうか。

そんな“手作りみそ”の世界へ、扉をやさしく開いてくれるのが、浜松にある「味噌工房キシタ」です。

「初めて来られた方はみなさん『難しそう』『自分にはできなさそう』とおっしゃるんですけど、みそ作りってやってみると意外とシンプルなんですよ」

柔らかな笑顔でそう話すのは、味噌工房キシタのオーナー・木下美樹子さん。
静岡県浜松市で開催しているみそ作りの講座には、2回、3回と何度も通っている参加者も多いと言います。

自宅でのみそ作りを伝え続けている木下さんにお話を伺うと、ただのみそ作りを超えた「味噌工房キシタ」ならではの魅力がありました。

笑顔とともに迎えてくれた、みそ作りの“案内人”

知らなければ通り過ぎてしまいそうな一軒家が「味噌工房キシタ」です。

呼び鈴を鳴らすと、家の中から「どうぞー」という声が聞こえてきます。声に従ってジャスミンの香りがフワッと香る庭を通って玄関扉を開けると、木下さんが笑顔で出迎えてくれました。

「いらっしゃい、来た道は大丈夫だった?」

少しだけひんやりした空気と、漂う麹の甘い香り…まるでおばあちゃんの家に帰省したときのような感覚になりました。思わず「ただいま」と言いたくなってしまったほどです。
肩の力がふっと抜け、呼吸がしやすくなるような安心感が、木下さんの笑顔にはあります。

木下さんとの出会いは、浜松で奇数月の第3土曜日に開催されている「かもえのあさいち」。手づくりみその販売を通して来場者と語らうその姿が印象的で、多くの方が木下さんとの会話を楽しみに訪れていました。

「かもえのあさいち」で出会った木下さん。輝くような笑顔が印象的

▼作り手との交流を通して、自分で食を選ぶ大切さと楽しさを教えてくれる「かもえのあさいち」はこちらをチェック!

そんな和やかな空気とは裏腹に「日本の伝統的な保存食の文化を絶やしたくないんです」と静かにこぼした言葉には、深い覚悟と強い想いがにじんでいました。

さらに興味を惹かれたのは、購入者から聞こえてきた「味噌工房キシタで作ったみそを食べたら、もう市販のみそに戻れなくなってしまって…」という声。

味噌工房キシタは、一般的なものの5倍の麹を使ったみそが特徴です。多くのひとを魅了する豊かな風味のみそを自分で作る体験ができます。

初対面でも笑い声が生まれる、みそ作り体験

最初に受講生がベルをチリン♪と鳴らすのが定番。この音から講座がスタートします

味噌工房キシタの講座は、座学より“体験”が中心です。本来、みそ作りは大豆を浸けたり煮たりと、仕込みだけで約1日かかりますが、講座ではその工程をあらかじめ済ませ、麹と塩を混ぜる工程からスタートします。
準備が整っているからこそ、みそ作りの“ハイライト”に集中できるのです。

作業用の容器に麹を入れ、まずはほぐしていきます
今回は10キロ(奥)と2.5キロ(手前)の体験

一見「楽に作れそう」と思ってしまうかもしれませんが、実はこの工程が一番の山場です。

「意外と力がいるので、驚く方もいらっしゃいます」と木下さん。
全身を使って揉みこむ工程に、受講生からも「腰が限界…」「足がしびれた…」という声も聞こえてきました。

ほぐれた麹に塩を入れ、全身を使って揉み込んでいきます

しかし「これは絶対に明日は筋肉痛ですね」「間違いないです!」と笑い合い、「わあ、そっちはいい感じですね」「だいぶ練りあがってきましたよね」とお互いみその様子を見比べながら作業すれば、不思議と「もうちょっと頑張ろうかな」と前向きな気持ちになっていきます。

ワイワイ、ガヤガヤとした明るい雰囲気は、味噌工房キシタの魅力のひとつです。

今回も講座中に市内のおすすめのお店を紹介し合い、受講生同士の会話も盛り上がりました。

最後につぶしたものと混ぜていきます

「仲間と共にみそ作りをすると、自然と会話が生まれるんです」と木下さん。

「お話をしたり、励まし合ったりして、気づけば受講生同士で笑い声が聞こえることもあります。講座で一緒にみそを作る意味は、この雰囲気にこそあると思うんです。手も口も一緒に動かすことで、思ったよりも時間が経つのが早く感じられますよ」

ここまでまとまってきたら、みそ作りもラストスパート

「混ぜる工程のとき、私はそっと席を外すようにしています。すぐに声がかけられる距離にはいますが、それぞれみそや自分と向き合ったり、受講生同士で会話が生まれたりする大切な時間だと考えているからです」

混ぜている間に部屋に広がる麹の甘い香り
少しずつ硬さを増していく感触
すりつぶした大豆から伝わるひんやりとした温度

みそ作りの講座は、五感で感じ、心で味わう体験が溢れていました。

混ぜる工程を終えて手を洗った受講生からは「うわぁ、手がすべすべ!」という嬉しそうな声も。

りんご大の団子を作り、保存容器へ入れていきます
お疲れ様でした!

無心になって揉み込む作業をするグループもいれば、初対面でも会話がはずんで笑い声が絶えないグループもある、と木下さんは話します。

「講座を続けていく中で気付いたんです。そのときの参加者がどんなふうに向き合っているのか見ながら接するようにしています」

これまで、10代から60代以上まで幅広い世代が参加し、市内だけでなく横浜や名古屋など遠方から訪れる方もいたというみそ作り講座。参加者の声を聞きながら、木下さんは少しずつ講座のやり方も柔軟に変えてきたと話します。

ひとりの受講者との出会いが、木下さんの想いを変えた

「みそ作り教室を始めた頃は、純粋に健康や身体にいいからと思っていたんですが、徐々に日本の”よいもの”をつなげていきたいという気持ちに変わっていったんです」

考え方が変わったのは、ある受講生がきっかけでした。

その方は、会社の取り組みの一環として、同僚と参加された30代の男性。
ぬか漬け作りの講座も開催している味噌工房キシタでは、体験後にぬか漬けの試食ができます。そのとき、男性がぬか漬けを口に運んだ瞬間、眉間にシワが寄り、表情が曇ったのを木下さんは目撃しました。

講座の最後にいただいた、木下さんお手製のおみそ汁とぬか漬け

「ほんの一瞬だったんですけど、その表情が気になりました。その後もぬか漬けには手が伸びないのを見て『あれ、苦手だったのかな?』と考えていたんですが、実は違ったんですね」

みそやぬか漬けに対する反応は、幼いころの体験や印象が強く影響を受けることがあります。

たとえば、別の日に体験に来た40代の男性は「懐かしい味」と言って、ぬか漬けを次々と口に運んだそうです。彼に理由を尋ねると、幼いころにご家族がみそやぬか漬けを自宅で作っていたと分かりました。

「そこで気づいたんです。大人になっても、どんなに期間が空いたとしても、味はずっと覚えているんだなって」と木下さんは話します。

「一方で、一度も食べたことがなければ、たとえ日本の伝統食であっても“馴染みのない味”や“クセのある味”として敬遠されてしまうこともあります」

もちろん、クセのある味でも食べてみて好きだと感じる方もいるでしょう。ですが、子どもの頃食べなかったものに、大人になってから挑戦するのはどうしてもハードルが高くなるものです。

「小さな頃から“本物の味”に触れているかどうかによって、そのひとと食との距離は大きく変わります。みそやぬか漬けのような日本の伝統食に自然と親しめる土台を育てることが、きっと未来へと伝えていく力になる。そう感じているからこそ、身近な食の場である自宅でのみそ作りを伝えたいと思うようになりました」

「これまでも、これからも」木下さんがつなぐ”知恵”のバトン

みその上に乗せるのはカビ対策のわさび。受講生が思い思いの形を作ります。講座が終わった後も、木下さんがLINEで相談に乗ってくれるので心強い!

講座の中で木下さんは、何度も「みそを最初につくった昔の日本人はすごい」と話していました。

「だって、カビですよ(笑)『最初に食べたひとは勇気が必要だっただろうな』とか、『どうして食べようと思ったんだろう?』とか、つい想いを馳せてしまうんです」

日本の風土や気候が育んだ“みそ”を伝えるということは、日本人の知恵を未来へ届けることでもあると、木下さんは語ります。

「誰かが見つけて工夫して作り始めたみそは、何百年と受け継がれてきたからこそ、今も私たちの食卓に存在しています。そのバトンを、私も次の世代へと渡すひとりになりたいですね」

最近はInstagramを見て、学校や企業からのお問い合わせも増えてきているそうです。驚いていると言いながらも、木下さんの表情は柔らかく、輝いていました。
少しずつでも、みそ作りが新たな広がりを見せているという実感が、彼女にとって何よりの喜びなのだと表情から伝わってきます。

あなたの手で仕込むみそが、文化を世界へ未来へとつないでいく

今後の夢をお聞きすると「海外の方にも日本のみそを広めていきたい、食べてもらいたい」と話してくれました。

「日本食はユネスコ無形文化遺産にも登録され、今も健康的な食事として海外の方からも注目を集めています。それなのに、味噌について日本人が日本の食文化を知らない、説明できないでは悔しいじゃないですか。なので、今は浜松で少しでも多くの方にみそ作りや酵母の魅力を伝えられるように活動を続けています」

点から線に、線を面に。
私ができることは小さなことかもしれないけれど、その小さなことが少しずつ広がって大きくなっていけばいい、と木下さんは話してくれました。
最近では、浜松で働いているインドネシアの方も体験されたそうです。

「ひととひとがつながるコミュニティが好きなんです。だから、実際に会って体験をしたり、お話をすることを大切にしています。味噌工房キシタで出会った受講生との縁、受講生同士のつながりや、お店・企業とのご縁が広がっていくのを見ると、本当に嬉しくなるんですよ」

木下さんの言葉からはただ“みそ作りを教える・伝える”だけでなく、“つながりを育てている”という感覚が伝わってきました。

みそ作りの先に広がっていたのは、食卓の楽しさだけでなく、人と人とのあたたかなご縁。
自分で仕込んだみそが、気づかぬうちに誰かと、未来と、静かにつながっていく——
そんな光景が、味噌工房キシタでは静かに息づいています。

一杯のみそ汁が、ちょっと愛おしく感じられるような、そんな体験をしてみたくなったら、そっと味噌工房キシタの扉を叩いてみてください。木下さんが笑顔でこう迎えてくれます。

「いらっしゃい、よく来たね」

店舗情報

味噌工房キシタ

住所:静岡県浜松市中央区小沢渡町1690-1

アクセス:JR高塚駅より徒歩約20分
     JR浜松駅より車で約20分(駅前からバスあり)

営業時間・定休日:要問い合わせ

講座:

・手づくりみそ作り方講習     
・<出張>手づくりみそ作り方講習 
・ぬか漬けの作り方講習      
・手作りみその販売・・・・・・・・・200g ¥500~

要予約(InstagramのDMまたは、HPのお問い合わせから)

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この記事を書いた人

中村 ことは

パン職人ライター。趣味は旅行・神社仏閣巡り・着物。 歴史が感じられるものや場所、職人の技がきらりと光る工芸品も大好物です。 静岡県西部を中心に、私だからこそ紹介できる魅力を発信していきます。

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