橋本市役所の裏道にある居酒屋「酒彩処 紬」(以下、紬)。「紬」と大きく書かれた黒い暖簾をくぐると、カウンター越しに、関西弁交じりのテンポよい会話が聞こえてきます。

声の中心にいるのは、オーナー、村田江梨子さん。ともにカウンターに立つスタッフとは10年以上の付き合いがあり「ママ」の愛称で親しまれています。

2014年秋に創業した自店、紬。ここもまた、橋本市のご当地グルメ「はしもとオムレツ」認定店のひとつです。
紬がはしもとオムレツに参加したのは、10年前の2016年。橋本市役所から「協力してもらえないか」と打診を受けたことから始まります。
かつて橋本市役所で受付として働いたこともある村田さんは、当時の担当者とは顔なじみ。プロジェクトが産声を上げた同年、初期メンバーの一店として認定の駒を進めました。
主婦経験や料理学校、カフェでの調理経験を経て「自分のお店、できたらええなぁ」とぼんやり抱いていた村田さん。
紬創業には、巡り巡ったご縁や「導き」が重なって辿り着いたのだと懐古します。
居酒屋の提供するはしもとオムレツとは。そして、紬の創業に至るまでにあったエピソードとは。昼下がり、カウンターの席で隣り合いながら、これまでの物語をお伺いしました。
オムレツのヒントは出汁巻き玉子。「和風派」「明太派」2通りの味わいを展開
紬で提供しているはしもとオムレツは「和風オムレツ」と「明太マヨオムレツ」の2種類です。
開店当時から居酒屋メニューのひとつとして出していた和風オムレツを、そのまま認定メニューに登録。後発で明太マヨオムレツも作成し、現在のレパートリーに至ります。
オムレツ考案のヒントになったのは、出汁巻き玉子。メニューを考えていたときに「ありやな」とひらめくも、紬は個人店。
運営に加えて調理も村田さんが担うことから、工数が多いと懸念の種になります。
美味しいメニューを、いかに簡単な調理方法で提供できるか。それを考えていたある日「オムレツはどうやろう」と思いつきました。

和風オムレツは、とろとろのオムレツを、別添えの昆布出汁とともに頂くという独自のメニュー。
「イメージは出汁巻き玉子風オムレツ。オムレツと出汁を別々に提供して、口のなかで一緒にしたら、出汁巻き玉子になるやないですか」と斬新なアイデアが根幹にあります。
「なるほど、その手があったか」と驚く筆者。村田さんは「…やろ?」とお茶目に笑みを浮かべました。

口のなかでとろりとほどけていくオムレツは、お箸でつかむとするっと通り抜けるほどの柔らかさ。さっぱりした大根おろしと昆布出汁が合わさり、すいすいと頂けます。
オムレツを平らげた後、丸ごと全部きれいに頂きたくて、出汁をそのままくいっと飲み干します。昆布出汁にたまごのまろやかさが加わり、深みのある味わいに。
お酒の飲めない筆者は「ここで一杯、くいっとアルコールを流せたらかっこいいだろうな」と、粋な大人像に憧れを馳せました。

もうひとつ、はしもとオムレツとして認定されているのが明太マヨオムレツ。素朴な味わいのプレーンオムレツに、自家製の明太ソースがとろりとかかっています。
オムレツの切れ目からスプーンへひょいと乗せ、ひとくちぱくっと頂くと、プチプチとした明太子がアクセントに。
まろやかなマヨネーズの甘みが効いており、辛味が苦手な人でも手を伸ばしやすいクリーミーな味わいが広がります。
明太子の粒を残すのがもったいなくて、スプーンで最後までかき集めていた筆者に「『明太ソース残すのもったいないから、パスタと合わせたいわ~!』って言われたことあるねん」と村田さん。
替え玉ならぬ、締めパスタが欲しくなるのも納得の一皿です。

選択に悩んだら「こっちやで」と導かれる。縁とタイミングが合わさって誕生した自店
紬が創業されたのは2014年秋。当時、キャリアの分岐点にいた村田さんは、転職するか、お店を経営するかの二択に揺れます。
当時30代前半だった村田さんは「お店を開くなら、これがラストチャンスかな」と見切りをつけていました。
17歳のときからのアルバイトを皮切りに、飲食、葬儀会社、農業のお手伝いなど、ありとあらゆるサービス業を経験してきた村田さん。
昼はカフェ、夜はスナックと、働く場所を掛け持ちしていた時期もありました。
村田さんは「ジェンダーレスの世になっているとはいえ、女でできることは限られているかもしれない。けれど、一か八かで商売したら、頑張れるかもしれない」と決意します。
さらに、創業への拍車をかけたのは、活動範囲を広げるなかで出会った知人からのお声がけ。これが、今の紬がある場所との出会いにつながります。

村田さんのモットーは「うまくいったほうがあるなら、その流れに従う」ということ。
「きっと、天から導かれているんやと思います。このとき、もし転職のほうがうまくいっていたら、お店は開いていなかったですからね。
やから『こっちに行きなさいよ』って導かれたんやなって思います」と当時を振り返ります。
「いろんな想いをつむいでいきたい」漢字一文字に込めた唯一無二のコンセプト
そうして誕生した自店の名前は、村田さん自身がこだわって命名。当時「店名をつけるなら漢字一文字で」と決めていたものの、なかなかしっくり来ず数日が経過したそうです。
そんななか、転機となったのは、とある社長さんからの言葉。「人と人、愛をつむいでいく…『紬』って名前はどうや?」と提案を受け、「……それや!」とピンと来たといいます。

自店を設けて約12年。村田さんに今後取り組んでみたいことをお聞きすると、「『紬』の名がいい意味で残っていくといいな」と話します。
「私の肌感覚ではあるんですけれど、都会よりも、田舎のほうが、お店を見る視線はシビアだと思うんです。
味、接客、何かがポロっと変わると一気に客足は減ってしまう。とはいえ、人情味のなかに息づく厳しさが、ありがたくもあります。お店をするなら橋本かなって思いますね」
思春期には家出、コロナ禍では「精神的に折れて、居酒屋を辞めようと思ったこともある」と振り返るなど、これまで決して順風とはいえない期間を何度も経てきました。
折れ線がマイナスに向かうときも「天から『頑張れよ、やめんなよ』って導かれているんやと思います」と自分を鼓舞し、ここまで歩みを進めてきました。
人と人、場所、そして、愛をつむぎ合う場。村田さんの込めた「紬」のコンセプトは、これからも、橋本のまちにあたたかく根づき続けます。
店舗情報
店名:酒彩処 紬
住所:〒648-0072 和歌山県橋本市東家1丁目1-10 Mハウジングビル1F
定休日:日曜日
営業時間:17:00~22:00(L.O.21:30)
電話番号:0736-33-5002
Instagram:@tumugi.11.12
アクセス
南海高野線、JR和歌山線「橋本駅」より徒歩17分
南海りんかんバス「橋本市役所前」より徒歩2分



