前編では、澤田屋の看板商品である「くろ玉(くろだま)」について、広報を担当している黒澤さんからお話を伺いました。後編も引き続き、黒澤さんにお話を聞きながら、季節の玉菓子や澤田屋のこれからについて深掘りします。
前編はこちら
澤田屋だからできるお菓子作りをするための決断
創業当時の澤田屋は、和菓子のほかに洋菓子も製造していた歴史があります。これまで、和菓子と洋菓子を販売していましたが、洋菓子を辞めて商品数を絞る決断をしました。
「洋菓子の歴史も古いので、辞めるという決断は本当に辛かった。でも、これまでの洋菓子の技術を活かして和菓子というくくりに縛られず、澤田屋だからできるものを作っていこうと。和と洋があると世界観が統一できなくて、こだわるところにもこだわれず伝わりにくいと感じました。洋菓子を辞めることは、澤田屋ならではという部分を大事にしたいというための決断です」
現在、澤田屋で提供しているお菓子は年間で40種類ほどあります。定番のどら焼きや羊羹のほかに、澤田屋だからできるお菓子を販売しています。

チョコレートが美味しく感じる冬の季節に販売される生チョコ大福。手作りの生チョコをこしあんで包み、さらに求肥で包んでいます。これまで培ってきた洋菓子の技術を取り入れながら、和菓子と融合させたお菓子です。

ごるふまんは、昭和33年にゴルフコンペの景品用に作られたお菓子でしたが、好評で商品化されました。一度休止していましたが、お客様の声が多くあり復活。改良を重ねて、冬限定で販売されています。刻んだ栗を混ぜた黄身餡を、ミルク生地で包んで焼き上げたお饅頭に、ホワイトチョコレートがかかっています。
販売店舗は、多いときで40店ほど展開していましたが徐々に縮小します。現在、直営店は本店のみにして、くろ玉だけはお土産品として卸すようになりました。
「澤田屋だからできることに絞り込めば、そこに集中して力を注げます。本店でやりたいことを全部やろう、くろ玉に集中しようと決めました。とはいえ、絞り込むというのはすごく難しかったです」
「今まで続けてきたことを辞めることは、過去の否定みたいに囚われてしまうこともあるので、少しずつ本当に少しずつ進めていました。しかし、コロナをきっかけに、そうは言っていられない状況になって。実際、すごく厳しい状況でしたし、辛い日々が続いていました。コロナがあって、考える時間をもらったおかげで一気に行動に起こせました」
こだわりを詰め込んだ「季節の玉菓子」

コロナで考える時間が増えたことで、以前から構想のあった「季節の玉菓子」の商品開発を始めます。
「季節の玉菓子を作るにあたって、くろ玉の味変みたいなことはしたくない思いがありました。くろ玉は昭和4年に発売してから2024年で95年になる看板商品ですし、澤田屋の名前よりも知られているくらいです。私たちにとって大切なお菓子なので磨いていくことはしていくけれど、変にいじる勇気はありませんでした」
中途半端な商品は出さないと決め、新作は早くて1年、大体2年をかけて磨き上げた商品が販売されます。
くろ玉の賞味期限が常温で3週間に対し、季節の玉菓子は冷蔵で4日間。期限が短いぶん、素材の良さを最大限引き出し、美味しさを注ぎ込んで作れるという思いがありました。これまで受け継がれてきた和菓子と洋菓子の技術を取り入れながら、澤田屋だからできるお菓子作りに取り組みます。
春夏秋冬、そのときに味わえる美味しさをぎゅっと閉じ込めた季節の玉菓子は、2020年に「くり玉」からスタートしました。
2024年現在、季節の玉菓子は以下の8種類。季節限定、期間限定で販売されます。
- いちご玉
- 抹茶玉
- 檸檬玉
- キャラ玉
- チャイ玉
- ショコラ玉
- 柿玉
店頭もしくは、澤田屋オンラインショップから購入可能です。
当時の職人たちが試行錯誤の末に作り上げたくろ玉のように、こだわった美味しいお菓子を作りたいという思いから始めることになった季節の玉菓子。制限なく自分たちの純粋な気持ちで作りたいという強い意思を持ったのは、2014年に発売したキャラ玉が原点にありました。
「当時、くろ玉に並ぶお土産として山梨県産のさつまいも『あけの金時』を使ったお菓子を作ってほしいという依頼があったんです。材料のほかに、お土産として渡しやすいよう賞味期限は2週間にすること、常温で作ることが求められていました」
細かな条件が決められていたなか、試作を重ねて完成したキャラ玉。お客様にも好評で人気の商品となりました。その一方で、お菓子作りに対して考えることもあったのだとか。
「今だから言えることですが、試作を重ねていくと『もっとこうしたら美味しくなるのではないか』という場面が出てきます。でも、決められた条件を満たせないので諦めなければならない部分もありました」
今、求められているものを作ろうと当時出来るすべてを注ぎ込み、意を決して完成させましたが「それでいいのか?」という気持ちもあったそう。この経験から季節の玉菓子には「何の縛りもなく自分たちだけの純粋な気持ちで作りたい、澤田屋らしさを大切にしたい」という思いが反映されています。
年を重ねるごとに変化するお菓子

「季節の玉菓子は、季節限定品なので新作ができたら毎年同じものを販売しようという気持ちでいました。しかし、毎年販売の時期を迎えると『去年のままでいいのかな、もっとできるのでは?』という気持ちが止まらなくて」
「改良して販売することもあれば、改良しても『去年ここまでこだわったから、このままで良かったんだね』となる場合もあります。毎年、新鮮な気持ちで出させてもらっています」
当初は、最高の食材を使って作るという気持ちが一番にあったそうです。季節の玉菓子に向き合い、年数を重ねていくうちに「山梨の素材を使って、山梨のことを伝えることが役目ではないか」という気持ちの変化に至ります。
「山梨は美味しいものが豊富で、頑張っている生産者さんもたくさんいます。この地で百年以上続けてこれたのは皆さまのおかげです。地域貢献の意味も込めて、季節の玉菓子に意味を持たせるようになりました」
2024年3月から期間限定販売される「いちご玉」は4年目を迎えます。コロナ禍で、山梨県内にある農園のいちごが廃棄されてしまう状況を知ったのがきっかけで、いちご玉は誕生しました。
2年目までは山梨県産のいちごを使用して販売。コロナが明け、県内のいちご農園が日常を取り戻した3年目は、県産のいちごと全国のいちごをかけ合わせた商品にするなど、毎年改良を重ねて販売されてきました。
2024年は、甲府市のいちご農園「苺屋あとりゑ」で育てられた、4種類のいちごだけを使用して作られたいちご玉が提供されます。
日常の会話からアイデアが生まれる
季節の玉菓子のアイデアは、普段の会話から出てくることが多いのだとか。情報を仕入れてきたら、みんなで意見を出し合います。試作をするときには、職人との意見交換でぶつかることもあるそうです。
「和菓子は歴史が深く、職人たちも学んできた基礎があります。こちらは、それを覆すようなことを言っちゃう。職人たちの技術と、出てきた意見を取り入れて『これはどうかな』とすり合わせていきます」
こんなことができるんだ、というお菓子の可能性が広がり面白いですよ、と話してくれました。

2023年に秋の玉菓子として販売されたチャイ玉は甲府市城東にあるカレー店LIV SPICE(リブスパイス)さんとのコラボ。カレーを食べているときの他愛のない会話にあった「チャイ玉なんていいんじゃない?」から生まれたそう。
試行錯誤の末、最終的に行き着いたのは「LIV SPICEさんのチャイを表現する」こと。口に入れた瞬間から、スパイスの豊かな風味が広がります。付属のソースをかけると、一層深みのある味わいが楽しめます。

2024年の冬の玉菓子として販売されたショコラ玉。チョコレート餡の香りづけには、甲州市勝沼にあるGRACE WINE 中央葡萄酒の甘口ワイン「周五郎」を使用しています。
職人たちのなかでは、チョコレートの香りづけはリキュールという常識があるなか、澤田屋だからできることをやってみようと、ワインを取り入れています。口に入れるとふわりとワインの香りが広がり、チョコレート餡との相性が抜群です。
普通のお菓子屋ではなく人が集まる場所に
創業当時から変わらず、現在の地で営業を続けている澤田屋。2016年に建物の老朽化に伴い、店舗をリニューアルしました。新しく生まれ変わった店舗は、商品を購入するだけでなく店内で過ごす時間を楽しんでもらえるような空間が広がっています。
お菓子作りの様子を見学できる実演コーナーや、購入したお菓子を食べられるフリースペースもあります。(※2024年3月現在、実演コーナーはイベント開催時のみとなっています)
また、店舗の2階にはイベントスペース「espace櫻町(エスパスさくらちょう)」があり、着付け教室やワークショップ、音楽コンサートなども開催されています。
「商品を購入するだけでなく、気軽に甲府の中心に来てもらえるきっかけになれば」と、話してくださいました。

リニューアル記念に作られた「櫻町38番地」は、最中にピーカンナッツを使用したキャラメルヌガーを閉じ込めた和洋折衷のお菓子です。現在の住所は中央ですが、創業当時は櫻町という地名でした。名前が変わった現在でも、親しみをもって呼ばれている名前を絶やさぬよう名付けられています。
くろ玉とともに「恩送り」でつなぐ未来

最後に、これからの澤田屋について伺うと、このような答えが返ってきました。
「私たちが大切にしている言葉に「恩送り」というものがあります。今は五代目なのですが、今あるのは先代たちのおかげ。次世代に恩送りをすることで、感謝の気持ちを伝えられるかなと思っています」
※恩送り:誰かから受けた恩を直接その人に返すのではなく別の人に送ること
また、恩という字の意味と、くろ玉との関係についても話してくださいました。
「恩という漢字には、包み込むとか重ねるとかそういう意味もあって。まさに、あんこに羊羹を包んだくろ玉の形なんです。恩という字の意味と、くろ玉の形が重なるのは偶然ですが、この偶然が運命的にも感じられて。恩送りをするためのお菓子だよっていうことを、お客様にも楽しんで頂けるようにしていきたいです」
「県外から来てもらう人には、楽しんでもらうスポットになればいいなと思います。地元の人には、くろ玉があることで楽しいとか幸せとか、感謝の気持ちを伝えるものとして、くろ玉を思い浮かべていただければ良いなと思っています」
くろ玉の形でもある丸には、中心にぎゅっと力が集まる、平和、途切れることなく続くなど、素敵な意味があるのだそう。
大きくしていきたいとか全国展開や世界を目指すとかではなく、山梨の地でくろ玉が誕生し、これからもずっと続けていく未来を作ることが使命、とも話してくださいました。
くろ玉があって今の澤田屋があることにたどり着き、これからもくろ玉とともに歩んでいく。
これまで繋いできた技術を磨きながら、自分たちらしさを大切にしたお菓子作りの追及はこれからも続きます。
お店の情報
澤田屋 本店
■住所
山梨県甲府市中央4-3-24
■電話番号
055-235-1331
■営業時間
ショップ 10:00-18:00/カフェ 10:00-17:00(LO)
■定休日
元日・毎週火曜日
※但し火曜日が祝日、1月最初の火曜日、12月最終の火曜日は営業
■ホームページ・SNS
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