地方創生メディア  Mediall(メディアール)

オンリーワン・ナンバーワンがそこにある 応援の循環を作る 地方創生メディア

もの・こと  |    2025.10.16

耕作放棄地から生まれた挑戦!茂木町の和牛ブランド「もてぎ放牧黒毛和牛」の生産者が懸ける想い

栃木県東部にある茂木町で育てられている「もてぎ放牧黒毛和牛」は、栃木県内の有名レストランやホテルで使われている和牛ブランドです。もてぎ放牧黒毛和牛の生産者である「セオファーム」の瀬尾亮(せおまこと)さんは、海上自衛隊を46歳のときに退職し、畜産のノウハウがない中で和牛農家を始めました。

肉牛を育てる一般的な手法は牛舎での飼育ですが、瀬尾さんは日本でも数少ない「放牧」のスタイルを取っています。

今回は、瀬尾さんにもてぎ放牧黒毛和牛をブランド化するまでの苦労や、和牛に懸ける想いを聞いてみました。

▼今回お話を伺った人

瀬尾亮さん
2002年に海上自衛隊を退職。その後、パートナーの実家である栃木県芳賀郡茂木町にて、黒毛和牛の飼育に取り組む。
2020年に挑戦したクラウドファンディングでは約200人の支援者から300万円の資金調達を実現。2022年には「もてぎ放牧黒毛和牛」として商標登録を取得。

妻の家業が傾いたのを機に、海上自衛隊から畜産農家へ転身

瀬尾さんが黒毛和牛の繁殖を始めたのは2002年で当時46歳。以前までは海上自衛隊に勤めており、畜産に関する知見はほとんどなかったと言います。なぜ海上自衛隊を辞めて畜産農家への道を選んだのか、聞いてみました。

瀬尾さん
「海上自衛隊の仕事は私にとっては非常にやりがいのあるものでした。しかし一方で、より良くするために提案したことが棄却されるなど、思うようにいかないことも多々ありました。
そういった出来事が続き『やりがいが見いだせず、先が見えなくなったな……』と感じた矢先に、妻の実家の家業が傾いていました。私の中では同時に『これからは自分の思ったことを表現して生きていきたい』という想いもあったので退職を決断。妻の実家へ戻ることにしました」

しかし、実家の家業である林業は産業全体が厳しい状況に置かれていたことから、継続するのは困難だと思った瀬尾さん。原木しいたけの栽培などの山仕事もこなしながら、土地の適性を元に最適な事業を調べた結果、和牛の繁殖という結論にたどり着きます。

瀬尾さん
「この周辺の土地の特徴として、耕作放棄地が多いことが挙げられます。図書館でいろいろ調べていて『放牧形式の和牛繁殖は耕作放棄地でできる』ということだったので、やってみようと決めました。
まずは1頭からはじめ、それがうまくいったので近隣の耕作放棄地を借りて17頭まで増やしていきました」

放牧は牛舎で育てる場合よりも病気になるリスクが少ないことから、ワクチンはほとんど打ちません。また、土地に生えている雑草が主な食事となることから食費を大幅に節約できるため、コストを抑えられることも始めるのに最適だったそうです。

「悪臭がすごいから……」当初反対していた住人も土地を貸してくれるように

2025年現在、トータル8.1ヘクタールもの広大な敷地で放牧により黒毛和牛を飼育している瀬尾さん。地主さんの理解を得ながら飼育に励んでいますが、一方で、始めた当初は近隣住人からの反発もあったと言います。

瀬尾さん
「始めるにあたり『悪臭がすごいから……』という理由で反対を受けました。とはいえ、私が育てる和牛は、豚や鶏などの他の畜産と比べると臭いは控えめです。また、私たちが取る放牧形式では臭いが拡散されること、また糞尿が自然に還るという点から、生活には支障がないことを根気強く説明しました」

土地に生えた雑草は牛が食べてくれるので草刈りの手間が減るというメリットがあることを伝え、また地域の方に向けて開いた説明会では町や県の職員を交えたこともあり、納得してもらえたとのことです。実際に筆者も農場へ行きましたが「風が吹くとちょっと臭うかも……」くらいの感じで、散歩は気持ちよくできると思いました。

最初は難色を示していた住人の方からも、次第に「うちの土地も良かったら使ってくれ」と言われるようになったそうです。瀬尾さんは土地を借りるにあたり、地主さんをはじめとした地域の方とのコミュニケーションを大切にしています。

瀬尾さん
「私たちが作る和牛は、地主さんのお力添えがあってこその物だと思っています。土地を借りているのでお金のやり取りはありますが、それだけではうまくいかないものです。
なので、どんど焼きなどの地域行事には牛肉を差しいれるなどして、良好な関係を築くようにしています」

土地をただ借りるだけでなく、地域の人たちとのやり取りを大切にしていることから、もてぎ放牧黒毛和牛は「地域全体に育てられている和牛」と言えるのかもしれません。

クラウドファンディングで300万円の調達を達成!商標登録や有名レストランでの取扱いも実現

画像提供:一般社団法人Social Up

2020年、セオファームはクラウドファンディングに挑戦しました。これがきっかけでセオファームの和牛は大きく変化しますが、当の瀬尾さんは実行することは考えていなかったそうです。

瀬尾さん
「クラウドファンディングの話が来たのは、町の職員を中心に構成する団体『Social Up Motegi(現 一般社団法人Social Up)』からでした。茂木町のブランディングを図ることを目的とした組織なのですが、当時は面識が全くなかったので『怪しいなぁ』と思っていました。
一方で、私としては『よりおいしい牛肉を作るためのフィードバックが欲しい』と思っていました。クラウドファンディングについて話を聞いていくと、消費者からフィードバックをもらえてより美味しい牛肉を作るきっかけになるのではないか、と思ったので実行することにしました」

結果、約200人もの支援者を集めて300万円の調達額を達成し、成功を収めます。支援者の中には東京都や神奈川県など、栃木県外からの支援もあったそうです。また、茂木町内の精肉店でも取扱いが始まりましたが、こちらには京都からの問い合わせもあったとのことです。

そして、栃木県内にある有名レストランで取り扱ってもらえるようになり、また「もてぎ放牧黒毛和牛」という名称で商標登録をし、ブランド化を図ります。

茂木から始まった和牛ブランドは、クラウドファンディングをきっかけに全国に名が知れ渡るようになりました。

放牧和牛の技術を若い人へ継承したい

和牛のブランド化を実現し、有名レストランやホテルでも提供されている「もてぎ放牧黒毛和牛」。瀬尾さんに、今後の展望について話を聞いてみました。

瀬尾さん
「若い人へ私たちの技術を継承したいと考えています。現状、一般的な飼育手法は『牛舎の中での管理』であり、放牧ではありません。私はもう71歳になるため、いつまで続けられるかわからないのが正直なところです。
うちで技術を学んで独立し、放牧を広めていく。独立した後も連携しながら、また新しい人を育てていく。放牧和牛を産業として確立していきたいですね。」

現在、セオファームには豊田潮音さんが従業員として働いており、将来的には独立を見据えています。

筆者は取材後、もてぎ放牧黒毛和牛をいただきましたが、普段口にする牛肉よりも味が濃いうえに脂身が少なく、とても食べやすかったです。

瀬尾さんの挑戦は耕作放棄地という地域の課題を価値に変え、地権者との対話を重ねることで、使われなくなった土地を資源として活用しています。瀬尾さんの地主さんや地域の方とのやり取りを聞いて、もてぎ放牧黒毛和牛は「地域全体に育てられている和牛」だと感じました。

「もてぎ放牧黒毛和牛」は、今や茂木町の新たな象徴となりつつあります。瀬尾さんが未来へつなごうとしている技術と想いは、これからも地域の担い手たちによって受け継がれ、この町の風景を、そして食卓を、より豊かに彩っていくことでしょう。

セオファーム

Eコマース:https://socialupmote.thebase.in/
Instagram:https://www.instagram.com/motegi_houboku_kuroge_wagyu/

記事をシェアする

この記事を書いた人

土田たかひさ

栃木県宇都宮市在住のライター。 出身は愛知県で、親の転勤などの都合でこれまでに東海地方を中心に6県で生活をしてきた経験あり。 地域の面白いと思ったスポットやお店を紹介します。

関連記事