埼玉・入間市の「池乃屋園」では、今年も高品質な狭山茶の製造が続いています。
前編では茶師・池谷英樹さんの技術と製茶工程のこだわりを紹介しました。後編では、茶師であり茶商でもある池谷さんが語る今年の製造の振り返り、業界の課題、そして狭山茶の未来への挑戦をお伝えします。
今年の製造を振り返る
池乃屋園の今年の一番茶と二番茶は、色味も良く、作柄も安定していたようです。
収穫量も例年より多く、「基本に忠実な管理方法、はさみの入れ方や入れ具合を守ったことが、結果として品質と収穫量の安定につながった」と池谷さんは振り返ります。

二番茶は、一番茶の収穫後に芽を伸ばすため、短期間で力を蓄える必要があります。
畑に余力がなければ十分に育たず、二番茶の出来栄えは茶園全体の力を示すバロメーターになるといいます。
「二番茶が良ければ、一番茶も間違いない」
一反の畑で600kgを目標にしても、管理が不十分な場所では300kgしか収穫できない。一方で、収量の多い畑では同時に品質も高いとのこと。二番茶の芽を見ながら、茶園管理の深さを感じることができたと話してくれました。
池乃屋園のこだわりと茶商としての強み
池乃屋園では、製法においても独自のこだわりを持っています。
前編でも詳しくお伝えした通り、蒸し時間は他のお茶屋さんに比べて長く設定されており、渋みを抑えて誰が淹れても美味しく感じられるお茶を目指しています。
季節やトレンドに合わせた色や香りの調整も可能で、微調整を重ねながら製造しています。
こうした工夫は、他産地のお茶の品質や傾向を知っているからこそ実現できることです。

池乃屋園の大きな強みは、製茶職人としての技術と、商人としての視点を併せ持つことにあります。
各産地のお茶を見てきた経験が、品質の適正価格を判断する目を養い、つくった茶葉をふさわしい形で市場へ届ける力につながっています。
池谷さんは「製造と流通、両方を理解することが何よりの強み」と語ります。
品質と価格のバランスを見極め、適正なタイミングでお茶を届ける。
この柔軟な発想こそが、池乃屋園が高品質を維持しながら狭山茶の価値を外に広げていく原動力になっています。

狭山茶をもっと届けるために―生産量拡大の背景
今年から池乃屋園は、卸部門の会社を吸収したことで販売量も着実に増加しました。
行き場のなかった二番茶や仮に落としてしまう葉をお茶にすることも可能になり、生産量の増加につながったと池谷さんは話します。二番茶の需要は高く、製造は非常に良い状態で終えることができたそうです。

販売量を増やすにあたっては、社員の役割分担や体制にも変化が。
すべてを池谷さん一人で管理するのではなく、各担当に仕事を任せながら全体を調整したそうです。番頭として長年商売を回していた人材も迎え入れ、現場の幅を広げつつ、茶園としての安定も維持しています。
こうした取り組みは、単に量を増やすためだけではありません。
「狭山茶をもっと外に届ける」という意識の転換でもあります。
限られた時間の中で、自分がやるべき仕事を明確にし、製造者としての品質管理と、商人としての判断力を両立させる。
それが、池乃屋園らしい生産拡大の形であり、池谷さんの覚悟が感じられる部分です。

狭山茶業界の課題と、変わりゆくお茶の価格
近年、日本茶の市場では急激な変化が起きています。
2025年秋には、鹿児島県や静岡県を筆頭に全国各産地で、秋冬番茶が例年の5~7倍にまで高騰するという異常事態も報じられました。背景には、世界的な抹茶ブームによって原料がてん茶製造に回り、煎茶用の茶葉が不足していることや、ドリンク用途の茶葉の需要拡大があります。
池谷さんも、この流れを「一過性ではない」と見ています。

「これまでの相場低迷で離農や廃業が進み、日本茶全体の生産量が減っています。
抹茶原料への製造シフトは来年以降も進み、急須用のリーフ茶はますます減少するでしょう。
もう需給バランスが崩れていて、今年はその転換期。完全にフェーズが変わってしまったと感じています」
こうした状況の中で、池乃屋園は自園・自製・自販の体制をより強化しています。
「他力ではなく、自力で生産量を増やしていくことが必要」と池谷さん。
耕作放棄地の活用や、生産量の多い品種への転換も視野に入れながら、地域内外の生産者と連携して取り組んでいます。
「現実的には、すべてを自分でまかなうのは難しい。
生産量のあるお茶屋さんと連携し、生産と販売を分業することで、それぞれの役割をはっきりさせる。
一人ですべてをこなす時代ではなく、連携が必要だと感じています」
実際、池乃屋園では今年、市内の大規模生産者と協力し、池乃屋園を販売窓口として県内外に多くのお茶を流通させることができたといいます。
相場が乱れる中でも安定的に供給を続けられるのは、茶師としての品質管理と、茶商としての判断力を併せ持つからこそです。
変化の時代を、恐れずに見極める。
池谷さんの視線の先には、狭山茶が“持続可能な産地”として残っていくための現実的な解があります。

おわりに
最後に池谷さんは「お茶は季節ごとに味わいが変わります。秋・冬に向けて作られるお茶は、焙煎を強めほっこり楽しめるお茶にしています」と話します。生産者としての顔だけでなく、茶商としての顔も持つ池谷さんだからこそ、狭山茶の価値を守り、広く届けられるのです。
畑の管理から製茶、販売まで一貫して行う池乃屋園の姿勢は、狭山茶の未来を支える力になっています。
ぜひ現場を訪れ、茶師と茶商の両面で支えられた狭山茶の味わいを体感してほしいと思います。

池乃屋園
住 所:埼玉県入間市西三ツ木59
電 話:04-2936-0639
営業時間:9:00~18:00
定休日:日曜日・祝日 ※4〜5月、12月は無休
Instagram:japanesetea_ikenoyaen




