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もの・こと  |    2026.06.20

1万人の募金が繋いだ「志」秋山兄弟生誕地の理事長に聞く物語【後編】

愛媛県松山市にある秋山兄弟生誕地。司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』のファンであれば、一度はその名を耳にしたことがあるでしょう。しかし、この場所が戦後、「市民の手」によって、いかにして奇跡的な復元を遂げたかを知る人は多くありません。

後編では、この聖地を守り続ける公益財団法人「常盤(ときわ)同郷会」の理事長の山崎薫さん(以下、山崎さん)に、復元に込められた情熱や、現代に生きる「秋山精神」についてお話を伺いました。そこには、時代が変わっても色褪せないドラマがありました。

前編はこちら

「坂の上の雲」の奇跡丨松山の秋山兄弟生誕地で感じる歴史【前編】

1. 「1万人、1億円」の募金が動かした復元プロジェクト

とても物腰の柔らかい山崎さん

秋山好古・真之兄弟が生まれ育った生家は、1945年の松山空襲によって一度は消失してしまいました。しかし、戦後60年という節目に、この場所はかつての姿を取り戻します。

「平松昇前理事長と松山の有志の尽力により、復元公開にこぎつけたのは2005年のことでした。その3年前から募金運動を始めたのですが、当初はなかなか思うように集まらなかったそうです」と山崎さんは振り返ります。

当時の暮らしが再現されています

転機となったのは、三者の動きが重なったことでした。

NHKによるドラマ化の決定、中村時広・松山市長(当時)が掲げた「『坂の上の雲』のまちづくり」、そして常盤同郷会による復元への情熱。これらが相乗効果を生み、全国から約1万人、総額1億円もの募金が集まったのです。

山崎さんは「単に建物を建て直すだけではありませんでした。全国の有志が『秋山兄弟の精神を後世に伝えたい』という一心で動いた結果なのです」と語ります。その言葉には、特別な熱量が込められています。

2. 時を越えて向き合う兄弟:銅像に込められた「再会の物語」

生誕地の庭に足を踏み入れると、まず目に飛び込んでくるのが、向き合うように配置された好古と真之の銅像です。実はこの配置には、当時の常盤同郷会役員さんたちの深い「願い」が込められています。

弟・真之の像は、イタリアの彫刻家マリオ・リナルディが制作したもので、本体は東京の海上自衛隊幹部学校にあります。一方、兄・好古の騎馬像は、戦時中の金属供出によって一度は失われた昭和11年当時の像を、子孫の協力や最新技術を駆使して再現したものです。

歴史を感じさせる「秋山両将遺邸之碑」

「真之は大正7年に50歳を前に亡くなりました。兄弟揃って松山に帰り、ゆっくり昔語りをする間もなかったはずです。だからこそ、この生誕地では二人が向き合い、落ち着いて語り合えるように、この配置にしました」

歴史の荒波に揉まれた二人が、100年近い時を経て、再び故郷で視線を交わしている。その風景こそが、来訪者の心を打つ「物語」となっています。

3. 「道場」としての誇り:焼け野原から続いた教育の灯

武道場もあります

秋山兄弟生誕地のもう一つの顔、それは「武道場」としての役割です。現在、敷地内にある道場は、戦後まもない1949年に、空襲を免れた青少年修練道場を移築したものです。

バラックが並び、復興もままならない時代に、ここでは親を亡くした子供たちのために映画会や芝居が開かれ、地域を元気づける拠点となっていました。

「愛媛県から払い下げを受けて以来、現在も週4日は柔道、週3日は合気道の稽古が行われています。好古さんの魂を継ぎ、文武両道の場として、今も小中高生たちが汗を流しています」

現在も地元の精神的拠点

山崎さんは、毎年1月と3月に行われる兄弟の生誕祭についても教えてくれました。東京や横浜から秋山家の子孫が訪れ、地元の学生たちが記念スピーチやお茶会、琴の演奏、餅つきでお祝いをします。

歴史を「過去の遺物」にするのではなく、今を生きる若者たちの息遣いとともに守り続けているのです。

4. 豆腐一丁から始まった「一事」を成す生き方

「お父さん、赤ん坊をお寺へやっちゃ厭ぞな。おっつけうちが勉強してな、お豆腐ほどのお金をこしらえてあげるがな」これは、弟・真之が生まれた際、貧しさゆえに里子に出そうとした両親に対し、わずか9歳の好古が訴えた有名な言葉です。

好古は、近所の風呂屋で薪を拾い、釜を焚く仕事で家計を助けながら学問に励みました。 

在りし日の生活風景を物語っています

「『男子は一生に一事を成せば足る』という好古さんの哲学は、この極貧の生活の中から生まれたものです。あれもこれもと欲を張るのではなく、これと決めた一つに全力投球する。その潔さが、現代の若者にも響くのではないでしょうか」

好古は晩年、陸軍の最高位に上り詰めながらも、故郷・松山で中学校の校長を務めました。6年間、一度も遅刻・欠勤をせず、自身の姿で「質実剛健」を生徒に示し続けたのです。

5. 松山という「屋根のない博物館」のハブとして

松山市は現在、「『坂の上の雲』のまちづくり」として、市内全体を「フィールドミュージアム」に見立てた活動をしています。「坂の上の雲ミュージアム」で全体像を学び、松山城の天守閣から街を見渡し、そして「秋山兄弟生誕地」に足を運ぶ。

山崎さんは、出張の合間にふらりと立ち寄る40代、50代のビジネスパーソンや、おじいさんに勧められてやってくる中学生たちの姿を、愛おしそうに語ります。 

取材を終えて:今こそ求められる「坂の上の雲」

実際にお話を聞くと、展示内容がより深く理解できます

山崎さんのお話を伺い、秋山兄弟生誕地が単なる「古い家」ではなく、「地域の志」が集積した奇跡の場所であることを痛感しました。好古が重んじた「質実剛健」や、一つのことに専念する力。

これらは、情報が溢れ、自分を見失いがちな現代社会において、最も必要な「心のコンパス」かもしれません。

秋山兄弟生誕地を訪れた際は、山崎さんや当番の研究員さんから話を聞くとよいでしょう。この場所には、100年前と変わらない「上を向いて歩く勇気」が、今も確かに息づいています。

施設情報:秋山兄弟生誕地
項目内容
施設名秋山兄弟生誕地(公益財団法人 常盤同郷会)
住所愛媛県松山市歩行町二丁目3-6
開館時間10:00〜17:00
休館日原則月曜日(月曜が休日の場合は開館)
観覧料一般:400円 / 高校生以下:無料
アクセス市電「大街道」電停より徒歩約3分
電話番号089-943-2747

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この記事を書いた人

世界のわたなべけん

地域に眠る人・場所・想いを取材し、 文章✕映像✕出版✕AIで編集、 世界に向けて発信しています。 神社仏閣、地域活動、仕事など、 現場に足を運び、空気感を伝えることを大切にしています。 地域の価値を最大化し、世界に届けるのがテーマです。

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