熊本県の人吉球磨地方には、この地方で唯一のもやし屋さんが残っています。
そこで作られるもやしは人吉球磨地方のお雑煮やラーメン店などで使用され、この地域の食文化にはなくてはならないものです。
今回は、そんな人吉球磨の食文化を代表する食材を作られている”山元もやし”の代表である山元憲治さんに、その歴史やこだわりなどをうかがってきました。

山元もやしの始まりは先代から
山元もやしが創業されたのは、およそ60年前。憲治さんのご両親がはじめられたとのことで、創業初期は今の工場がある人吉市下林町ではなく、同市内の下青井町にあったそうです。
ですが、もやしの製造には大量の井戸水が必要にもかかわらず、井戸水の水が不足し、また立地上水害などにも見舞われやすいことから、今の住所に移転して来られました。
現在では、憲治さんが二代目として山元もやしを引き継いでおられますが、憲治さんも最初からもやし屋になろうとしたわけではありません。きっかけとなったのは、憲治さんのお母さんが体調を崩されて事業を手伝うようになったことです。
憲治さんは当時働いていた会社を辞め、もやし屋として働くこととなりました。
当時は山元もやし以外にも2店舗のもやし屋があったそうですが、もやし屋の重労働や後継者不足などにより店舗は減っていき、今では人吉・球磨地方では唯一のもやし屋となっています。

山元もやしは人吉球磨地方の食事になくてはならない食材
山元もやしでは通称細もやしと太もやしと呼ばれる2種類のもやしを作られており、年末だけは季節限定で長もやしというもやしも作られています。


通常品の2種類は人吉球磨地方の定食屋やラーメン店などで見かけることが多く、長もやしは年始のお雑煮などに使われています。なかには全国テレビに常連の有名ラーメン店もあるほど。
こうしたもやしは地元のスーパーにも並んでおり、人吉球磨地方のスーパー・飲食店全体で50店舗近くも卸先があるとのこと。その一方で、人吉球磨地方以外の卸先では鹿児島県伊佐市にあるスーパー1店舗のみということで、山元もやしは名実ともに”地域の名物食材”だと言えます。
初めて食べた方からは「このもやしは美味しいね」と直接好評の言葉をいただくこともあるそうで、地元でも「山元もやしでないといけない」と言う方もいらっしゃるほどの定番のもやしとなっています。
なぜ山元もやしは美味しいの?
このように地域でも好評の山元もやしについて、「なぜ美味しいのか?」を直接憲治さんに尋ねてみたところ「詳しい理由はわからない」とされたうえで、「おそらく井戸水の質ではないか?」と話されていました。

憲治さん曰く、原料や基本的な作り方などは大手もやしメーカーと大きく変わらないそうで、「それでも他とは違い美味しいと言われるのであれば井戸水の性質しかないのではないか」とのこと。
山元もやしの味は熊本名水百選など、数々の名水地を備える人吉市だからこそ作れるものなのかもしれません。

また、製造過程以外でのこだわりとして、憲治さんはスーパーなどへの納品時にできるだけ鮮度のいいもやしの納品を心掛けていらっしゃいます。
消費者の方にできるだけ新鮮な状態のもやしをお渡しできるよう、もやしの色や手触りなどをプロの視点から確認されているそうです。こうして新鮮なもやしのみを納品されています。
そういった納品時の細やかな検品も山元もやしが美味しいと感じられる理由のひとつなのでしょう。

2020年の大水害の苦難を支えてくれたのは周囲の言葉
このように、地域になくてはならない存在である山元もやし。
ですが、決して順風満帆な道のりを歩んできたわけではありません。特に、2020年7月の九州豪雨による大水害では山元もやしも被災し、2メートル近くの高さまで工場も浸水しました。1階の事務所の屋根にはいまだにその当時のあとがシミとして残っています。

被災した際、復旧の費用や今後の事業継続の見通しも踏まえ、憲治さんはご自分の代で山元もやしを閉業することも考えたそうです。
ですが、息子さんからの「自分も手伝うからもやし屋を続けたい」との声と、周囲からの「またもやし屋を復活してほしい」という励ましの声もあり、憲治さんは再度もやし屋として事業を再開することを決められました。
再開を決めてからの行動は早く、2020年の7月に被災したにも関わらず、再建のための資金繰りなどにも苦労しつつも、同年の11月には事業を再開されたそうです。
こうして復活した山元もやしですが、すべてが元通りというわけではありません。人吉市内に限っても、水害前後で飲食店の店舗数が大きく減少しています(平成28年314か所→令和3年247か所 ※第30回人吉市統計年鑑、第35回人吉市統計年鑑より出典)
それに伴い、山元もやしの飲食店への卸売り件数なども減り、人件費や原料費などの高騰もあって以前より苦しい状態が続いているとのことです。
ご自身が働く時間を増やすことでパートさんの労働時間を減らして人件費を削減したり、冬場には月に20万円も燃料費のかかるボイラーの稼働をできるだけおさえるため、よそのもやし屋さんから低い気温下でのもやしの育成に関する情報などを仕入れながら、燃料費削減などにもに取り組まれています。

社会環境の変化が激しい大変な状況のなかでも、依然として地域に残された食文化の一翼を担う貴重な存在である山元もやし。人吉球磨地方を代表する食材のひとつとして、今後の事業継続が多くの地元民から期待されていることは間違いありません。
人吉球磨を訪ねた際は、ぜひ一度山元もやしのもやしを食べてみてくださいね!
有限会社山元もやし
〒868-0083 熊本県人吉市下林町2001
電話番号: 0966-22-5522
※もやしの店頭販売はしておりません。市内のスーパーをご利用ください。