愛知県北設楽郡・東栄町。深い森と澄んだ空気に包まれたこの町では、鎌倉時代末期から続く伝統行事「花祭」が今も大切に受け継がれています。
国の重要無形民俗文化財にも指定されているこのお祭りは、五穀豊穣や無病息災などを願い、神事や舞を行うもの。開催期間(11月~1月)には、地区外からも多くの観光客が訪れます。
面積の9割以上を森林が占めるこの町は、チェンソーアートや天然温泉など、自然を生かしたアクティビティも豊富。近年は田舎暮らしを希望する人の移住先としても注目が高まってきています。
そんな東栄町で、地域おこし協力隊として活動していた一人の女性が、森の香りと土地の神秘性をテーマに、アロマブランド「kiyomari(きよまり)」を立ち上げました。
ブランド名には、「その人本来の美しさを引き出したい」という彼女の想いと、「清く生まれ変わる」という花祭の思想が込められています。
東栄町の森林が持つ豊かな香りと、神秘的な雰囲気を日常の中で感じてもらいたい――。その願いから生まれた「kiyomari」。
本記事では、彼女が東栄町で活動を始めた背景や、ブランド誕生の物語、そして森とともに描く未来のビジョンについてお届けします。
名古屋から東栄町へ──「美」を軸に始まった、新しい挑戦

写真:青木さん提供
かつては名古屋でメイクの仕事をしていた青木さんが東栄町に移住したのは、コロナがきっかけでした。
「お客様に触れられなくなったこともあって、仕事について考えるようになったんです。
美容の仕事もひと通り網羅できたので、自分としてはやりきった感もありました。そんな時に、美で町おこしをする東栄町の記事を見つけたんです」
東栄町はファンデーションの原料となる鉱物セリサイトが日本で唯一採掘される土地。世界中に美を届けるまちとして、コスメづくりや地元食材を通じた町おこしが行われています。
学生時代に訪れたグアテマラで、自然とともに暮らす生活に魅せられた青木さん。グアテマラへ行くことも考えたのですが、コロナ禍の当時は海外渡航も困難でした。
「母と2人で町内を巡って、担当者の方ともお会いしました。『グアテマラに行きたいと思っているので、数年だけでもいいですか?』と尋ねたら、『1年だけでもぜひ来てほしい』と言われて。その場で決まってしまいました」
そう言って笑う青木さんは実は東栄町とも意外なつながりが。
「母に『あなたはこの町の病院で生まれたのよ』と言われたんです。不思議な縁を感じました」
思いがけないつながりを知ったものの、不安や迷いはなかったのでしょうか?
「川の水がすごくきれいなことが、移住の決め手になりました。前々から川のきれいな所に住みたいと思っていたんです。グアテマラにある湖にも少し似ていて、ここだ!と」

写真:青木さん提供
そう言って恥ずかしそうに笑う青木さん。その後、東栄町へ移住し、地域おこし協力隊として美による町おこし「ビューティーツーリズム」の仕事に関わるようになります。
「手作りコスメ体験の講師から始まって、色々な仕事に携わりました。その中で、何かイベントをやりたいと考えるようになったんです」

写真:青木さん提供
こうして生まれたのが「ビューティーツーリズムウィーク」。インスピレーションをくれたのは、心惹かれてやまない地グアテマラでした。
「グアテマラの民族衣装はアイデンティティや多様性をすごく尊重しているんです。そうした文化に惹かれて、数年前、民族衣装を巡る旅をしました。
5日間、毎日違う村へ行って毎日違う景色を見ました。その時の感覚を色々な人に味わってほしいと思って、東栄町の場所や文化をテーマにした『ビューティーツーリズムウィーク』を企画したんです」


写真:青木さん提供
使われなくなった旅館でのメイク体験や、花祭をテーマにした切り絵のワークショップなど、東栄町の魅力を余すことなく詰め込んだ「ビューティーツーリズムウィーク」。
「地域の美しさを引き出したい」という青木さんの想いに共感してくれた地元の人たちとのつながりが、何よりうれしかったと語ります。
しかしながら「ビューティーツーリズムウィーク」を終えた後、青木さんは燃え尽き症候群に。一時は地域おこし協力隊を辞めることも考えたそうです。
「『ビューティーツーリズムウィーク』を無事に成功させて、一気に力が抜けてしまったんです。『これが私が本当にやりたかったことだ』と意気込んでいたのもあるのかもしれません。
過去のOBやOGとも比べてしまっていました。起業したり自身のブランドを立ち上げたり、第一線で活躍している人たちがまわりに多かったんです。当時は劣等感に苛まれていました」
そんな青木さんの心の支えとなったのが、役場の担当者。「あなたが好きなことをやるのが地域のためになるから、自分が好きなことをやってほしい」と言ってくれたそうです。

写真:青木さん提供
そんな中、人と会うことすら気が重くなっていた青木さんは、時間があれば森へ行くように。木々に囲まれて過ごすうちに、改めて自然の魅力に気がついたと語ります。
「森を見てたら、自分の悩みなんてすごくちっぽけなものに感じたんです。大木に比べたら人間の人生なんてすごく短いじゃないですか。
森に通って、森と対話していくうちに元気になっていきました」
もともと、自然豊かな地域で育った青木さん。幼い頃からすぐそばにいた存在が、そっと背中を押してくれたのかもしれません。
東栄町の森を香りに。アロマブランド「kiyomari」誕生まで
その後、地域おこし協力隊を続けた青木さんは大きな転機を迎えることになります。
「田口高校林業科の生徒たちが、『間伐材を使ってスギやヒノキの精油を作ったので、活用してくれませんか?』と相談に来てくれたんです。
実は名古屋で働いていたときから、森の香りを作りたいと思っていたんです。それで、改めて森の課題やアロマについて勉強をはじめて、植物芳香蒸留士の資格も取得しました」
ヘアメイク時代、自然欠乏症になっていた青木さん。森に行きたくてもなかなか行くことはできないし、市販品は自分が求めている香りではない。
そんな思いが、アロマブランドという形で新たな扉を開いていきます。

写真:青木さん提供
「ただのアロマブレンドではなく、物語をテーマにした香りが作りたかったんです。
東栄町の神秘的な雰囲気や、森の中で澄んでいく感覚を表現したかった。そんな中でクロモジという木を知って、その香りをベースにすることに決めたんです」
和菓子の楊枝にも使われるクロモジは、気持ちを落ち着かせるリナロールという成分を持つ植物。豊臣秀吉をもてなす際、千利休が茶室で使用したという逸話も伝えられています。

写真:青木さん提供
「現場に行って、材料を採取するところから始めました。すべてを知った上で香りを作りたいと思ったんです。
クロモジの蒸留水にスギやヒノキ、ベルガモットやラベンダーなど9種類くらいの植物を調合して、イメージフレグランスを作りました」

写真:青木さん提供
こうして完成したのが「TOEI FOREST(トウエイフォレスト)」。バイオレットリーフというスミレの香りを調香することで、森全体に包まれているような、澄んだ余韻が心に広がっていきます。
地元の方からも「これは東栄町の香りだ」とお墨付きをもらったそうです。
「森に行きたくても行けない時のお守りアイテムとして使ってほしいんです」
穏やかな表情を見せる青木さんは、ブランド名「kiyomari」についても語ってくれました。
「花祭には、大地のエネルギーが弱る冬の時期に、無病息災や五穀豊穣を願って舞うことで、魂が生まれ清まっていくという意味があるんです。
『その人本来の美しさを引き出す』という私のテーマに『生まれ清まり』という言葉がすごくしっくりきて。森の香りを嗅ぐことで、どこにいても自分らしく輝いてほしいという願いを込めて『kiyomari』というブランド名にしました」
「森が全部導いてくれました」と語る青木さんだからこそ、この土地で育まれた想いを香りにできたのかもしれません。
東栄町で見つけた、青木さんの「美」のかたち
しかしながら、森林伐採や放置林など、森を取り巻く現実は決して美しい面ばかりではありません。
8割以上をスギ・ヒノキが締める東栄町の人工林でも、材木の価値が下がり、荒廃した場所が多く見られるようになりました。
「手入れしないと陽も入らないし、木も育たない。森の魅力を感じる一方で、申し訳ない気持ちになることも多かったんです」
青木さんはそうした現状を知る中で、香りという形で自然の価値を伝え、美しい森を次世代へ引き継いでいきたいと考えるようになります。

写真:青木さん提供
「人間にも個性があるように、森にも多様性がある。場所によって香りも表情も違っていて、それぞれの美しさがあります。
行政や大企業ではなくて、小さなブランドだからこそできることがあるんじゃないかと思っています」
香りで森の魅力を伝えながら、次世代へ美しい自然を手渡していく——青木さんの挑戦は、静かに、でも確かに始まっています。
「東栄町は人が温かいところが魅力なんです。ひとりひとりの存在が大きくて、地域愛も強い。今後は東栄町を拠点に、土地や人の美しさを引き出す活動をしていきたいと思っています。
私にとって人生のテーマは『美』なので」
恥ずかしそうに、でもまっすぐな瞳で語る青木さん。そんな青木さんにとっての「美しい人」とは?

写真:青木さん提供
「愛を持って相手と接することができる人。自分を持ちながら、相手のことも尊重できる人や自分の『好き』を大切にできている人は美しいと思います」
そう語る青木さんの姿は、まさに彼女自身が語った「美しい人」そのものでした。東栄町の森と人に寄り添いながら、青木さんはこれからも「美」を探し、育て、次の誰かへと手渡していきます。
kiyomari

写真:青木さん提供
「その人本来の美しさを引き出す」をテーマにしたアロマブランド。鎌倉時代から続く「花祭」の「生まれ清まり」という言葉から「kiyomari」と名付けられた。
ルームフレグランス「TOEI FOREST」では、原料となる木々を植物芳香蒸留士®︎自らが厳選。蒸留には町の湧水を用い、東栄町の森の神秘的な雰囲気を表現している。
現在は公式サイト・公式Instagramから購入可能。




