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アート  |    2026.01.11

「小原をもう一度活気づけたい」里山に息づく和紙とアートの彩り|小原瀬戸芸術祭2025「紙の記憶・土の記憶」【前編】

愛知県豊田市北部の小原地区は、山あいに広がる里山の風景と、長い年月をかけて育まれてきた伝統文化が息づく場所。

室町時代から続く「豊田小原和紙」は世界でも珍しい伝統工芸で、今も工芸作家による、希少性の高い美術工芸和紙の制作が行われています。春と秋の二度花を咲かせる「四季桜」や農村歌舞伎「小原歌舞伎」も、長年受け継がれている文化です。

「国際芸術祭あいち2025」のパートナーシップ・プログラムである「小原瀬戸芸術祭2025」は「紙の記憶・土の記憶」をテーマに、和紙工芸と現代アートを結びつけた小原ならではの文化プロジェクト。

小原では10月5日~11月15日、瀬戸では10月8日~10月20日「瀬戸暮らし研究所」、10月5日~11月23日「ギャラリーnani」で行われました。

そして、その裏では「芸術祭をやりたい」というひとりの女性の願いが、少しずつ形になっていました。

この記事では前半に主催者奥村さんのインタビュー、後半に各会場の様子をお届けします。

和紙工芸でもう一度小原に潤いを

「小原瀬戸芸術祭2025」主催者の奥村紀美さん

現在、教師の仕事をしながら豊田小原和紙を広げる活動をしている奥村さん。和紙工芸を見学・体験できる施設「豊田市小原和紙のふるさと」に学芸員として勤務したことから、伝統工芸と関わるようになります。

「もともと国文学を研究していたのですが、芸術学にずっと興味があって。学生時代に受講した学芸員の課程をきっかけに『学芸員の仕事がしたい』と本気で思うようになりました」

愛知県の施設だった「和紙のふるさと」は、15年前指定管理者制度(地方公共団体の管理運営委託制度)に移行。そのタイミングで学芸員として赴任した奥村さんは、豊田小原和紙のすばらしさに魅せられます。

「和紙って本来は書き物をする紙なんです。昔は農作業ができなかった冬の農閑期には日本各地で紙漉きが行われていたし、澄んだ空気ときれいな水があれば、和紙を生産する里になった。

そんな中で、豊田小原和紙は“書くための紙”から“表現するための紙”へと姿を変えていったんです」

豊田小原和紙の芸術性を見出したのが、美術工芸家・藤井達吉(1881‐1964)。丈夫で質の良い小原地域の和紙に着目し、「人々が小原に集まるような、よそには真似できないものをつくるべきだ」と提案したそうです。

その後、工房を立てて若者を集め、和紙と漆を活かしたものづくりを広めていった藤井達吉。彼のおかげで小原の美術工芸和紙が誕生し、小原も潤うようになります。

奥村さん「藤井達吉は『芸術を中心とした街づくり』の考えを一貫していました。芸術的な作品や、芸術家の活動が街をつくるってすごいと思うんです。アートファンとして、その考えに惹かれました」

藤井達吉の生誕地、碧南市にある碧南市藤井達吉現代美術館。企画展・常設展のほか、ワークショップなども行われています

その後、高度経済成長やバブルの好景気で豊田小原和紙は飛ぶように売れることに。トヨタ自動車社員の退職記念や結婚式の引き出物になり、小原には20軒ほどの和紙工房が建ちました。

「でも、ブームはすぐに去ってしまった。以前は毎週のように観光バスが停まっていたという『和紙のふるさと』も、今は四季桜の季節に賑わいを見せるくらいです。幼いころから和紙に触れる子どもたちの中にも和紙工芸を継ごうとする子はいない。地域資源をもて余しているんです」

寂しそうな顔で語る奥村さんは、和紙を使用したイベントで小原をもう一度潤わせたいと考えるように。「小原ペーパーアート・ファンクラブ」として、和紙とアートを広げる活動を始めます。

そんな中で企画されたのが「小原瀬戸芸術祭2025」です。

「これだけ芸術祭がブームになっているのに、小原では行われていなかった。やってみる価値はあるんじゃないかと思い、何もないところからひとりではじめました」

「芸術を中心とした街づくりがしたい」その思いだけで動き出した奥村さんは、ジャンルにこだわらず、さまざまなアーティストに声をかけたと語ります。

「現代アートと和紙工芸を掛け合わせることで、新しいものが生まれると思ったんです。芸術って、既成概念を壊していくものじゃないですか。その仕掛けをつくりたいと思って」

「芸術は爆発だ」という言葉で当時の人々に衝撃を与えた岡本太郎。彼の哲学は、アートを愛する奥村さんの心にも宿っていたのでしょう。

15年前から抱いていた想い

「実は私、15年前から『芸術祭をやりたい』って言っていたみたいです」

そう言って笑う奥村さん。出演アーティストの一人に、「初めて会ったときから、『いつか芸術祭をやりたいから、協力してください』と言っていましたよ」と言われたそうです。

「思わず『本当ですか、それ』って言ってしまいました。自分でも忘れていたので、衝撃的でしたね」

目を細めながら語るその姿は、15年間温め続けた思いを静かに振り返るかのようでした。

しかしながら、準備を進める中で予想外の壁にぶつかることも。

「会場を借りる手続きがすごく大変でした。お寺や神社を会場にしたんですが、住職さんが常駐しているお寺とは違い、神社は年度ごとに持ち回りが変わります。

『3月に担当が変わるからその時にまた来てください』と言われたり、直前に管理者が変わって断られたりもしました。

1年半ほど前から始めた準備も、昼間にフルタイムで働きながら、夜と土日の限られた時間で交渉やリモートワークを行いました。元々パソコンも苦手だったので、大変だったことは話し始めたらキリがありません」

苦笑いを浮かべる奥村さんですが、どこか充実した表情。また、初めは3か所程度のつもりだった会場も、気づけば倍以上になっていたとか。

「お願いに行ったお寺の住職さんたちが、みんな喜んでくれたんです。アーティストの方に『どうしてもここでやりたい』と言われた場所もあります。

関わる人の思いでどんどん広がっていきました。距離はかなり離れているんですけどね」

ちょっとしたツアーが楽しめるのも、山村を舞台にした芸術祭ならでは。バイクで訪れるお客さんや、ドライブがてらのぞくお客さんの姿も見られました。

「小原瀬戸芸術祭2025」の会場マップ。会期中にはバスで各会場を巡る「三河里旅バスツアー」も行われたそうです

今後の展望

奥村さんは「小原瀬戸芸術祭2025」を終えた後の展望も語ってくれました。

「これを機にいろいろな企画をやっていきたいんです。アーティストインレジデンス(アーティストが一定期間地域に滞在し創作活動を行う)とか、少人数でのセッションとか。

子どもたちにも、表現する楽しさを知ってもらいたい」

きらきらとした瞳で語る奥村さんは、小原に限らず活動の幅を広げていきたいそう。

「豊田小原和紙の魅力は、世界にここだけしかないことなんです。日本人は日本文化の良さに気づいていない。小原の和紙を通して、日本文化の見直しをしてほしい」

その言葉には、豊田小原和紙への深い愛情と、日本文化への誇りが込められていました。

「アートは私の人生のすべてです」

恥ずかしそうに、でもまっすぐな瞳で告げる奥村さん。奥村さんの挑戦は、これからも豊田小原和紙とともに続いていきます。

後編はこちら

「小原をもう一度活気づけたい」里山に息づく和紙とアートの彩り|小原瀬戸芸術祭2025「紙の記憶・土の記憶」【後編】

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この記事を書いた人

Risa Suzuki

豊田市生まれ豊田市育ち、フリーライターのrisa suzukiです。 その人・お店だけが持つ魅力を引き出しながら、「会ってみたい!」「行ってみたい!」と思えるような記事をお届けします。 Mediallでは豊田市近郊のナンバーワン・オンリーワンスポットをご紹介。 地元民だからこそ知るステキな人・お店の情報を発信していきます。 イベント取材、インタビューなども柔軟に対応するので、お気軽にご相談ください。

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