西村さんが制作プロデューサーを務めた連続ドラマ『おはよう、家族』は、豊田市旭(あさひ)・小原地区を中心に、オール豊田ロケ、地元キャスト・スタッフで制作された“地産地消ドラマ”です。
過疎化が進む山間地を舞台に、心に傷や葛藤を抱えながら少しずつ再生していく家族の姿を、四季折々の自然とともに温かなまなざしで描いています。
その制作の背景には、西村さんの仕事観や地域との関わり方が色濃く表れていました。
『おはよう、家族』について
『おはよう、家族』
舞台は豊田市の山間地。東雲家の長女・結は中学3年生。
パニック障害を抱え、時折引きこもってしまう父、不登校の弟、妻を亡くし喪失の中にいる祖父と暮らしている。それぞれが問題を抱えるなか、母・幸子だけは持ち前の明るさで家族を支えていた。
しかし、そんな幸子にも家族の知らない秘密が…。
過疎化が進む地域の暮らしと四季の自然を背景に、傷つきながらも“新たな家族”として再生していく姿を描く、笑って少し泣けるホームドラマ。
背景、立ち上げ
「実は『おはよう、家族』は、小原で撮影する予定ではなかったんです」と話す西村さん。元々は小原に隣接する旭町で撮影する予定だったそう。
「ちょうど移住が決まったころ、撮影がスタートしたんです。制作プロデューサーの僕はロケ地を決めることができた。家のシーンは自宅を使えばいいし、ロケ先もたくさん思い浮かぶ。
数か所、監督が譲れない場所があったんですが、ほかはすべて小原で撮影しました。僕としては、小原への手土産代わりです」

「いしばしカフェ」もロケ地に
小さく笑う西村さんは、自分の仕事を知ってほしかったとも語ります。
「”制作プロデューサー”なんて怪しいじゃないですか。なかなか家が決まらなかったのも、仕事内容が想像しにくかったからかもしれません。でも、どんな仕事をしているか分かれば、安心してもらえるし、話も広がる。
僕の仕事って決して特別なものではないんです。『工場で働いてる』『トラックに乗ってる』のと一緒。数ある職業の中のひとつなんですよ。
ケーキ屋さんに行ってパティシエを見るように、この場所で映画を撮影すれば僕の仕事を見てもらえる。
逆に僕の仕事に触れてほしかったので、『エキストラで出てください』って町の人にお願いしました」
映画を通して距離が縮まり、安心できる関係が育っていく。『おはよう、家族』は、新しい暮らしの中で生まれた、対話のかたちなのかもしれません。
「地産地消ドラマ」という制作スタイル
ロケ場所も地元、出演者も視聴者も地元の人という“地産地消スタイル”も『おはよう、家族』の特徴のひとつ。
ローカルケーブルテレビ局「ひまわりネットワーク」で放送された映画は、豊田各地で上映会も行われました。
「知ってる場所や、知っている人が出ていることで、映画にのめり込めるんです。
エキストラも含め、出演者したひとりひとりが主役で、宣伝マン。出てくるお店もそうです。『あ、○○のコロッケだ』と思うと、買いに行きたくなる。それを機に、お店を応援したくなるかもしれない」
エンドロールのクレジットに、地元で呼ばれているあだ名が記載される人も。
映画の中に映るのは、特別な誰かではなく、日常をともにする身近な人たち。顔なじみの名前を見つける楽しさも、地産地消ドラマならではです。
そして、こうした演出の背景には、作品を通して田舎の暮らしを伝えたいという西村さんの思いも込められています。
「宴会のシーンにあえて我が家を使ったのも『田舎ではこうした時間が特別ではなく、ごく自然にある』ということを伝えたかったからです。
カレーライスも、レトルトではなく2日間かけて作りました。田舎は手作りが基本ですからね。このドラマをきっかけに、移住や農業といった選択肢に少しでも目を向けてもらえたらうれしいです」
出演者だけでなく、スタッフも地元公募で募った『おはよう、家族』は、よい意味でも悪い意味でも予測できない現場だったそう。
「製作に携わるのなんてみんな初めてじゃないですか。段取りも順番もめちゃくちゃで『ま、いっか』で終わることが多かったです。プロの現場じゃありえないんですけどね(笑)。
逆に言えば、終始和気あいあいとした雰囲気でした。いい意味で言えばで和やかになったし、よくない意味で言えばなあなあになってしまった感じです(笑)」
段取り通りに進まなくても、人が集い、笑い合いながらつくり上げていく。そのプロセスそのものが、『おはよう、家族』の世界観を表しているのかもしれません。
物語のテーマについて
『おはよう、家族』には温かな田舎の生活だけでなく、パニック障害や不登校、LGBTなど、現代社会が抱える問題も描かれています。
「身近にあるものだと知ってほしかったんです。LGBTをさりげなく盛り込んだのも、今一番の関心ごとだと思ったから」
「男性が男性であるのが、女性が女性であるのが当たり前じゃないんです。男性だけど女性、女性だけど男性の人もいる。小原の四季桜と一緒です。桜は4月だけに咲くものじゃない。
そういった問題を重要視するのではなく、さらっと受け流すのも田舎ではあり得る話です」
「都会のエリートだったお父さんが、うつになって田舎に帰ってきたでしょう?その姿を地元の同級生は『お前なんで来たんだよ』って言いながら普通に受け入れてくれる。
都会では頑張るのが当たり前だけど、田舎に来たら頑張らなくてもいいんです。『それはできないです』というと『じゃあやってあげましょう』『教えてあげましょう』と言ってくれるのが田舎なんです。
多分強いんでしょうね。強いからこそ見栄を張らないし、できないことを無理に求めない。そんな当たり前のやさしさが、田舎にはあることも伝えたかったんです」
そう話す西村さんに、地域で作品を作るもうひとつの理由を教えてもらいました。
「映像を通して、地元の良さを知ってもらいたいんです。『こんな素敵な場所だったんだ』と改めて知ってもらえるのが、映像の醍醐味だと思います。一度離れないと、地元のよさってなかなかわからないじゃないですか。
たとえば、普段から見慣れた夜空も、都会から来た人は『うわ、星がきれい』って真っ先に口にする。『こんな幸せあったんだ』っていうことを、失ってから気付くのではなく、今気付いてほしいというのが僕の願いです」
見慣れた風景や当たり前の暮らしも、視点を変えるだけでかけがえのない価値を持つものになる。
失ってから懐かしむのではなく、「今、ここにある幸せ」に気付くことが、西村さんの目指す表現なのでしょう。
これからの展望
1年前までは365日外食をしていた西村さんも今では自分で野菜を育て、「昨日もらった野菜を煮たらおいしくて」と笑いながら話すように。

自宅前の畑。となりには立派な柚子の木も
すっかり田舎生活に溶け込んだ西村さんに、これからの展望も聞いてみました。
「豊田の山間部を盛り上げたいです。都会の人に『豊田って山や川が多いんだよね』『なんかすごく楽しそうだよね』って言われるくらいになりたい。
街では色々なイベントをしているけど、山間部は二の次。おじいちゃんもおばあちゃんもあきらめている人が多い。
そうではなくて、おじいちゃんもおばあちゃんも元気な町にしたい。お年寄りが元気なら、子どもたちも楽しめると思うから」
そう語る西村さんにとっての制作とは?
「仕事なのかもしれないし、趣味なのかもしれない。自分の生きている証なんだと思います」
山で暮らし、土に触れ、人と関わりながら生まれる西村さんの言葉には、立場や役割を超えた「生き方」そのものがにじんでいました。
豊田の山間部へ、新しく穏やかな風を
物語は、特別な場所や都会から生まれるものだけではありません。誰かが大切に生きる日常の中にも、未来へと続く種が芽吹いています。
豊田の山間部で紡がれていく西村さんの挑戦は、穏やかに、そして確かに地域に新しい風をもたらしていくのでしょう。
なお、『おはよう、家族』はYouTubeでも配信されています。小原の風景と、そこで暮らす人々のやさしさを映像で味わってみてください。




