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人  |    2026.07.31

食を通じて人と文化をつなぐ——仙台、東京、香港へ渡ったシェフ・金須郁幸のもとに人が集まる理由【前編】

CENSU TOKYO集合写真

東京・外苑前に自然と人が集まるお店がある。

料理を食べに来る人。日本の文化を楽しみに来る人。誰かに会いに来る人。

それぞれ目的は違うのに、店内には不思議と共通した空気が流れている。

その真ん中にいるのが、シェフ・金須郁幸さんだ。

声高に何かを語る人ではない。むしろ口数は少なく、問いかけにひとつずつ言葉を探しながら答えるような、素朴な人である。

仙台で生まれ、東日本大震災を経験し、東京、そして香港へ。さまざまな土地や文化に触れながら、食を通して人と文化をつないできた。

なぜ彼のもとには自然と人が集まるのか。

今回は、金須さんのこれまでの歩みをたどりながら、その価値観や店づくりの原点を探っていく。

「食べることはなくならない」——原点となった震災の記憶

仙台で生まれ育った金須さんにとって、料理は幼い頃から身近な存在だった。

料理好きの母親がつくる食卓には、手作りのケーキやお菓子が並ぶことも珍しくなかったという。とはいえ、幼い頃から料理人を目指していたわけではない。

高校時代まではサッカーに打ち込み、将来についても明確な夢はなかったそうだ。

そんな金須さんの価値観を大きく変えたのが、2011年の東日本大震災だった。

震災によって、それまで当たり前だった日常は一変した。ライフラインが止まり、不安が街を覆うなかで、ある思いが強く心に残った。

「衣食住の中でも、“食べること”は絶対になくならないと思ったんです」

震災をきっかけに、少しずつ「食に関わる仕事がしたい」という思いが芽生えていったそう。

東京で磨いた、料理人としての基礎

高校卒業後、金須さんが進学先に選んだのは東京の調理専門学校だった。

「単純に東京に行ってみたい気持ちもありました」そう笑いながら当時を振り返る。

卒業後は都内のフレンチレストランなどで経験を積み、料理人としての基礎を一つひとつ身につけていった。

華やかに見える飲食業界だが、その裏側にあるのは地道な日々の積み重ねだ。技術を磨き、経験を重ねる毎日。

そんななかでも、ずっと抱き続けていた思いがあった。

「いつか海外で働いてみたい」

その思いは、経験を重ねるごとに少しずつ大きくなっていった。

人生の転機となった、一人のシェフとの出会い

左:佐藤峻さん 右:金須郁幸さん

様々な経験を積むなかで、金須さんの人生に大きな影響を与えた人物がいる。

CENSU HONG KONGの立役者であり、CENSU HONG KONG代表の佐藤峻さんだ。

出会いのきっかけは、地元・仙台でのつながりだったという。

当時の金須さんにとって印象的だったのは、料理の技術以上に、その生き方だった。

「料理だけじゃなくて、その生き方に惹かれたのかもしれません」

日本を飛び出し、海外で挑戦を続ける佐藤さんの姿は、当時の金須さんにとって強烈だった。

海外への憧れを抱くようになったのも、佐藤さんの存在が大きかったという。

ただ、「弟子としてついていきたい」という言葉には、少し違和感があるそうだ。

「ただ後ろをついていくというより、同じ方向を見て歩んでいきたいと思ったんです」

少し考えるように言葉を選びながら、そう話してくれた。

惹かれたのは料理の技術だけではない。

人との向き合い方や空間のつくり方、文化との関わり方。

そうした価値観に触れながら過ごした時間が、金須さんの視野を大きく広げていった。

佐藤さんについて語るその表情からは、今も変わらない敬意がにじんでいた。

「海外で挑戦したい」——仙台で資金を貯め、香港へ

「海外で働きたい」という思いは、いつしか「挑戦したい」という確かな目標へと変わっていった。

その夢を実現するため、金須さんは一度仙台へ戻る。

昼は家業を手伝い、夜は飲食店で働く。香港へ渡るための資金を貯めるため、そんな生活を約2年間続けた。

決して楽な日々ではなかった。それでも、「挑戦したい」という目標だけは揺らがなかったという。

そして佐藤さんとの縁をきっかけに、香港での店舗立ち上げへ参加することになる。

学生時代に抱いた海外への憧れは、こうして現実のものとなった。

香港という多様な文化が交差する場所での経験は、その後の人生や店づくりにも大きな影響を与えていくことになる。

香港で知った、食がつなぐ文化の力

海外での様子

香港で出会ったのは、多様な価値観だった。

「海外に出たことで、日本食を外側から見る感覚が生まれました」

そう振り返る金須さん。

一方で、東北や震災エリアの食材を扱う難しさも感じたという。

「日本食そのものには興味を持ってもらえる。けれど、その背景にある土地や文化まで伝えることは簡単ではない。」

それでも、食を通じて人と文化がつながる瞬間を何度も目にしてきたそう。

「食事って、ただ食べるだけじゃないんですよね。会話が生まれたり、新しい出会いがあったりする。そういう光景をたくさん見てきました。」

食が人と人、そして文化をつなぐ存在であることを実感した瞬間だった。

多様な文化が混ざり合う香港での経験は、のちのお店づくりにも大きな影響を与えていくことになる。

【後編】では、人と文化が交わる場所としてCENSU TOKYOを立ち上げた背景や店づくり、人材育成への考え方、さらにこれから描く未来や仙台との向き合い方について話を聞いた。

後編はこちら

食を通じて人と文化をつなぐ——仙台、東京、香港へ渡ったシェフ・金須郁幸のもとに人が集まる理由【後編】

お店の情報

店舗名:CENSU TOKYO(センス)
住所:東京都渋谷区神宮前2-12-9
TEL:03-6434-5883
HP:ホームページ

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この記事を書いた人

金子 真怜

栃木県出身、関東圏在住。 服飾大学卒業後、アパレル業界を経て、ファッション誌やWEBメディアで企画・執筆・編集に携わる。地域に根ざした人にフォーカスし、その土地にしかない魅力やバックストーリーを現場の空気感ごとリアルにお届けします。

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