
福島市北部、摺上川のほとりに広がる温泉街・飯坂温泉。
ここで地域おこし協力隊として活動しているのが、齋藤妃香里(さいとうひかり)さんです。
齋藤さんは、北海道で生まれ育ち、東京で教員や企業勤務を経験してきましたが、「もっと人と深く関わる仕事がしたい」という思いを胸に福島県飯坂町へ移住。
現在は、地域おこし協力隊として観光PRや地域交流イベントの企画にも携わっています。
今回は、そんな齋藤さんに、東京から福島へ移住したきっかけや、地域おこし協力隊としての活動内容、そしてこれから目指す未来についてお話を伺いました。
人と関わることが好きだった幼少期から教育の道へ

北海道札幌市で生まれ育った齋藤さん。 父親の転勤で函館や岩見沢など、道内のいくつかの街で幼少期を過ごしました。その後、札幌に戻り、大学を卒業するまで学生生活を送りました。大学卒業後は札幌市内の小学校で教員として約5年間勤務し、子どもたちと真剣に向きあいながらやりがいを感じていました。
しかし、子どもたちと向き合うなかで、齋藤さんの中にある疑問が芽生えます。
「子どもたちに本当に伝えられることは何だろう」「このままでは見える世界が限られてしまうかもしれない」。
そう感じた齋藤さんは、一度教育の現場を離れ、外の世界を見てみようと決意。思い切って東京の一般企業へ転職します。
忙しい日々の中で気づいた自分の心と体の声

転職先の一般企業では、主にパソコンを使ったデスクワークが中心でした。集中して業務に取り組める環境ではありましたが、人と関わる時間はほとんどありません。
「人とコミュニケーションをとるのが好きな自分にとって、ひたすらパソコンとにらめっこする時間はつらかったです」と齋藤さんは振り返ります。
そんな中で改めて気づいたのは、「やっぱり私は、話すことや人と関わることが好きなんだ」ということでした。次第に「もう一度、人と関わる仕事がしたい」という思いが強くなり、再び教育の道へ戻る決意をします。
東京での教員生活は、子どもたちとの時間も、同僚との関係にも恵まれていました。しかし、自宅から勤務地までは片道1時間半。バス1本、電車3本を乗り継ぐ通勤は体に大きな負担となり、過労で駅で倒れたこともありました。人混みに疲れ、休日は家にこもる日も増えていったといいます。
「心は元気でも、体がついていかない。無理をして頑張る日々には限界がありました」と、齋藤さんは少し笑いながら当時を振り返ります。
ご縁に導かれて心惹かれた飯坂町との出会い

「このままの生活を続けていけるだろうか」
そんな思いが頭をよぎり、少しずつ立ち止まる時間が増えていった頃、齋藤さんに転機が訪れます。
きっかけは、東京で教員をしていた頃の同僚からの相談でした。
「夫が地域おこし協力隊に関心を持っていて…」という話を聞いたことが、制度を知る最初のきっかけだったといいます。そのとき、ふと齋藤さんの頭に浮かんだのが、夫の祖父母がかつて暮らしていた福島県・飯坂町のこと。
以前観光で訪れた際、十綱橋から見下ろす摺上川の景色や、昔ながらの温泉街の雰囲気に心を奪われたそうです。さらに飯坂町は、齋藤さんの大好物・桃の名産地。円盤餃子やラヂウム玉子など、美味しい食べ物もたくさんありました。
「いつかこんな場所で暮らしてみたい」そんな記憶がよみがえり、しだいに心が動き始めます。
「もしかしたら、自分が本当に求めていたのはこういう生き方かもしれない」と感じるようになっていったそうです。そう思い立ち、「飯坂町で地域おこし協力隊」の募集がないか調べてみたところ、幸運にも飯坂町で地域おこし協力隊募集が行われていました。
「これはきっとご縁だ」と感じた齋藤さんは、迷うことなく応募を決意。
現地での面談を経て、2025年6月から飯坂町地域おこし協力隊として活動をスタートさせました。
発信が生んだ笑顔と共感の輪

齋藤さんの地域おこし協力隊としての活動の一つが、X(旧Twitter)やInstagramでの情報発信。
飯坂町の風景やイベント、グルメなどを紹介しており、写真から伝わる温もりと、ていねいな言葉づかいが共感を呼んでいます。
「『投稿を見て飯坂に行ってきました!』という声をいただくこともあるんです。自分の発信が誰かの“行動のきっかけ”になるなんて思ってもいなかったので、そんな言葉をもらうたびに本当に励まされています」と、齋藤さんはうれしそうに話します。
「地域の魅力は、住んでいると当たり前になって気づかないことも多いですが、私の投稿を見て、“久しぶりに飯坂温泉に行ってみようかな”と思ってもらえたら、それだけで十分うれしいです」
少し照れながら話す齋藤さんの笑顔からは、地域への深い愛情と人とのつながりを大切にする想いが伝わってきました。
等身大のゆげおに会える!飯坂温泉の特別なお祝い

そんな齋藤さんにとって、特に思い出深いイベントが「ゆげお生誕イベント」。
ゆげおは、飯坂町の温泉文化をモチーフにしたマスコットキャラクターで、町のイベントや観光PRなどで活躍する人気者です。
移住前は人形やポスターでしか見たことのなかったゆげおですが、実際に等身大のゆげおに会ってみると、そのパワフルでコミカルな姿にすぐに魅了されたといいます。
「最初に見たとき、思っていたよりずっと生き生きしていて(笑)。もう一瞬でファンになってしまいました」と齋藤さんは笑顔で話します。
着任して1か月ほど経ったころ、「来週がゆげおの誕生日だ」と聞き、ぜひお祝いしたいと考えた齋藤さん。
「せっかくなら、町の人たちと一緒にお祝いしたいと思って。そこで、“おめでとう”と伝えると、ゆげおが1つアクションしてくれるイベントをやってみよう!と企画したんです。」
当日は、7月とは思えないほどの炎天下の中、ゆげおが一生懸命アクションをしてくれました。
ゆげおのファンの方や地域の方はもちろん、通りがかった方にも参加していただき、わずか数時間で66名の方がゆげおをお祝いしてくれたそうです。
「最初は小さな企画のつもりだったのに、気づけば人の輪がどんどん広がっていって。あの日の出来事そのものが、ひとつの大きなイベントになったと思います」と、齋藤さんは当時を振り返ってくれました。
公衆浴場で生まれる日常のつながり

地域おこし協力隊として1日の活動を終えると、齋藤さんは夫と一緒に町内の公衆浴場へ向かいます。
「移住者特典の“湯めぐりパスポート”を使って、ほぼ毎日通っているんです」と、にこやかに話してくれました。ある日、いつもと違う時間に訪れたところ、おばあちゃんに「また会ったね」と声をかけられたそうです。
移住したばかりの頃は「地域に馴染めるかな」と不安もあったといいますが、温泉に通ううちに少しずつ顔なじみが増えていきました。
「こうした、ちょっとした日常のやり取りが自然に生まれる。その温かさこそ、飯坂町の魅力だと思います」と齋藤さんは微笑みます。
最近では、温泉で旬の話題を聞かせてもらったり、商店街で声をかけてもらったりと、地域の人たちとのつながりが自然に広がっているそうです。
飯坂町の人のあたたかさに触れるたび、「このまちの魅力をもっと多くの人に伝えていきたい」という思いが、日に日に強くなっていると話してくれました。
「今の飯坂っていいよね」と言われる町にしたい

齋藤さんは、これからの目標として「夜の温泉街を歩きながら、地域の歴史や文化を感じられるナイトツアーを企画してみたい」とのこと。
湯けむりが立ちのぼる石畳の道を歩きながら、昔ながらの旅館や商店、そして地元の人々の暮らしに触れる。そんな「ちょっと特別な時間」を通して、あらためて飯坂の魅力を感じてもらいたいと考えているそうです。
「観光客だけじゃなく、地元の人にも楽しんでもらえるような“まちの再発見”のきっかけを作りたい」と齋藤さんは笑顔で話してくれました。
「昔は良かった」ではなく、「今の飯坂っていいよね」と言われる町にしたい。
その想いを胸に、今日もSNSを通して、飯坂の日常や人の温かさを発信し続けています。
取材後記
取材の中で印象的だったのは、齋藤さんの口から何度も出てきた「人」という言葉でした。
教員として、そして今は地域おこし協力隊として。どんな立場にいても「人とのつながり」を何より大切にしていることが伝わってきます。
最後に、地方への移住を迷っている人へメッセージをお願いすると、齋藤さんは少し照れたように笑いながら、こう話してくれました。
「もし住んでみたい」と思う場所があるなら、ぜひ一度その地域に飛び込んでみてください。自分の“いいな”という直感を信じると、新しい人生が開けると思います。
人とのつながりを大切にしながら、自分らしい暮らし方を模索する姿勢は、地方での生活を考える人にとって大きなヒントになるはずです。
齋藤妃香里(さいとう・ひかり)さんプロフィール

北海道札幌市出身。小学校教員として5年間勤務した後、上京。都内で働く中で体調の変化を感じながらも、人と関わる仕事への思いを大切にしてきた。
2025年6月より福島県福島市飯坂温泉町の地域おこし協力隊として活動を開始。
現在は観光PRや地域交流イベントの企画に携わりつつ、X(旧Twitter)やInstagramを通して飯坂温泉の魅力を発信中
X:@story_iizaka
Instagram:@iizakaonsenn_kyouryokutai
撮影協力:阿部郁未(あべ いくみ)さん。
神奈川県から福島へ移住。風景や人の笑顔を写しながら、写真家として地域の魅力を伝えている。
飯坂温泉観光協会(福島県福島市・飯坂町)
所在地:〒960-0201 福島県福島市飯坂町十綱町3番地
電話番号:024-542-4241
営業時間:9:00〜18:00(時間外は翌営業日対応)
【アクセス】
JR・福島駅から「飯坂線」で「飯坂温泉駅」下車徒歩0〜1分。
東北自動車道・福島飯坂ICから車で約8分。




