
松本城や上高地など、長野県を代表する観光地を訪れる際に、ぜひ立ち寄っていただきたいスポットがあります。
市民の憩いの場にもなっている「あがたの森公園」で、優雅な姿を見せる木造洋風建築「旧松本高等学校」。現在の「あがたの森文化会館」です。
全国でも稀少な“現役”の木造校舎

2007年(平成19年)に国の重要文化財に指定された「旧松本高等学校」の校舎は、1920年(大正9年)に竣工した本館と、1922年(大正11年)に竣工した講堂で構成されています。
国の重要文化財でありながら、今もなお市民の生涯学習の場として活用されている全国でも極めて珍しい施設です。
施設の担当者は「旧制高等学校の建物で本館と講堂がセットで残っているのは数少なく、特に現在も多くの市民に使用されているのは珍しいと思います。築100年を超える現存する木造洋風建築としては規模も大きく、保存状態も極めて良好です。建設当時の姿をほぼ完全に留め、窓ガラスや階段など当時のものが使用されている所もあるんですよ」と話してくださいました。
多くの旧制高等学校は、戦後大学に移行し建物が取り壊されたり、博物館として保存されたりしましたが、旧松本高等学校は異なる道を歩んできたのです。
卒業生の想いが紡いだ建物の保存

「旧松本高等学校」の校舎が今も市民の学びの場として残っている背景には、地域の人々の強い想いがありました。
1973年(昭和48年)、信州大学のキャンパス移転に伴い、当初は建物の取り壊しも検討されていました。施設の方から「大学側や松本市としては、さら地にして別の建物を建てるという案もあったようです」という率直なお話も聞けました。
しかし、卒業生や市民の「建物を残すだけでなく、学びの場として活用し続けてほしい」という想いが、大学や市の考えを変えることになります。「使わない施設を残すのは難しい。でも市民が使い続けるのであれば、保存を求める理由になる。卒業生たちの強い想いが建物保存に至ったのだと思います」と、施設の方は経緯を振り返りました。
こうして県の文化財に指定されるよりも前に、市民の学習施設としての歴史が始まっていきました。
今も息づく「学び」の場

足を一歩踏み入れて驚くのは、この歴史的建造物が博物館のような静寂に包まれているのではなく、今も市民の声で賑わっているということです。施設内では、趣味のサークル活動や音楽の練習など、生涯学習に励む市民の姿を見ることができます。
私が訪れた日、館内では楽器を持った市民の姿が見られました。「寄贈していただいたピアノも多く、ほとんどの部屋にピアノがあるんです。講堂ではコンサートも開催されるんですよ」と施設の方が教えてくれました。

かつて自由な校風で知られた松本高等学校の教室では、今も市民の趣味や学びの活動が活発に行われています。
「『市民に活用される文化財』という形態は、今では当たり前になってきましたが、当館では昭和50年代から始まっています。木造だと傷んでしまうのでは…という心配もありますが、むしろ市民に愛され、使われ続けてきたからこそ、100年以上にわたって良好な状態を保ってきたのかもしれません」と、施設の方が歴史に思いを馳せながらお話くださった姿が印象的でした。
100年の温もりと歴史を刻む木造校舎

「無料で中を見られるなんてすごいですよね。お金を払うのかと思いました」と思わず漏れてしまった私の声に、施設の方は「市民の学びの場として開放されているので、出入りは自由です」と答えてくれました。見学自由という形態も、この施設が「使われ続ける文化財」であることの証です。
校舎内を歩くと、木造ならではの床の軋みが耳に響きます。校長室の家具や講堂のシャンデリアは、古い写真などを元に復元されているそうです。当時のままのガラス窓越しに差し込む柔らかな光、磨き込まれた階段の手すり、教室のドアノブ…触れるもの全てに、木造建築ならではの温もりと、100年を超える歴史の重みを感じます。

敷地内には「旧制高等学校記念館」があり、当時の学生たちの教科書やノートなど旧制高等学校に関する資料が展示されており、松本高等学校など旧制高等学校の歴史を学ぶことができます。
「旧制高等学校記念館」で、かつて学生たちが青春を謳歌した様子を感じ、校舎を歩けば今も市民が新たな学びに励む姿を垣間見ることができるのです。
四季折々の美しさも魅力

建物の魅力もさることながら、周囲を取り囲む自然の美しさも見逃せません。かつてのキャンパスは現在「あがたの森公園」として親しまれ、市民の憩いの場となっています。
特に印象的なのは、校舎と隣り合わせるように立ち並ぶヒマラヤ杉の並木道です。1919年(大正8年)の開校以降に植樹されたこれらのヒマラヤ杉は、100年以上の時を経て見事な杉並木となり、木造校舎とともに訪れる人々を迎えています。

「春には桜が、秋には紅葉が校舎を彩りとてもきれいですよ。季節に応じて銀杏拾いやシダーローズ拾いが楽しめます」と施設の方が教えてくれました。
四季を通じてさまざまな表情を見せる公園で、大正時代の温もりを感じる校舎を巡り、季節の散策を楽しんでみてはいかがでしょうか。
旧松本高等学校(あがたの森文化会館)
住所:長野県松本市県3-1-1
電話:0263-32-1812
開館時間:平日 9:00〜22:00、日曜日 9:00〜17:00
入場料:無料・自由見学
駐車場:公園駐車場あり
休館日:月曜日
祝日(祝日が日曜日にあたる時は日曜日開館し、月曜日・火曜日休館
/月曜日にあたる場合は月曜日・火曜日休館)
年末年始(12月29日〜1月3日)
公式サイト:松本市公式サイト
map:JR松本駅より徒歩約20分




