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スポット  |    2026.03.29

「海老名市温故館 」 国分寺の地から広がる地域の未来【後編】

前編では、旧石器時代から古墳時代までをたどり、この土地に積み重ねられてきた人々の営みを見てきました。後編では、奈良時代以降の展示を通して、海老名が政治や文化の拠点として発展していった歴史に目を向けていきます。

相模国分寺の建立は、海老名が地域社会の中心として重要な役割を担っていたことを示す出来事でした。その後も中世、近世へと時代が移り変わるなかで、人々の暮らしや信仰、産業は形を変えながら受け継がれていきます。古代から続く時間の延長線上に、現在の海老名の姿があることを感じながら、展示を巡っていきましょう。

前編はこちら

「海老名市温故館」 石器と土器が語る3万年の営み【前編】

奈良〜平安時代 ― 国分寺が置かれた地

奈良時代、市域は相模国高座郡に属しており、相模国分寺がおかれたことから政治文化の中心的な場所だったとみられています。

温故館のすぐ目の前には、天平13(741)年に聖武天皇が出した「国分寺建立の詔」によって建てられた相模国分寺跡が広がっています。

当時の日本は、天災や飢饉、伝染病が相次ぎ、人々の不安が大きな時代でした。聖武天皇は、仏教の力で社会の平穏と人々の暮らしの安定を願い、全国に国分寺の建立を命じました。相模国分寺も、その一つとしてこの地に整備された寺院でした。

寺の広さは南北300メートル以上、東西約240メートルにも及ぶ大変大きなものでした。現在も、塔や金堂、講堂の跡には礎石や基壇が残り、当時の壮大さを今に伝えています。七重塔は高さ約65メートルと考えられており、この地域の象徴的な建物だったことがうかがえます。

塔跡からは多くの瓦片が出土しており、焼けた痕跡が残るものも確認されています。このことから、塔は火災によって焼失した可能性が高いと考えられています。

中世 ― 武士の時代

平安時代末期以降、この地は海老名氏や渋谷氏などの武家によって領有されました。武士の台頭とともに、海老名は地域支配の拠点として位置づけられていきます。上郷遺跡からは、鎌倉時代末から室町時代にかけての板碑(いたび)や五輪塔が出土しています。

板碑とは、鎌倉時代から室町時代にかけて造られた板状の石で作られた供養碑です。仏をあらわす梵字が刻まれ、造立年月日が彫られるのが一般的です。当時の人々の信仰や、武士階層の広がりを知る手がかりとなっています。

五輪塔とは、平安時代後期以降、供養塔や墓標として広く用いられた石塔で、主に武士階層によって造立されました。

密教では、この世のあらゆる物質は「地・水・火・風・空」の五大要素から成ると考えられています。五輪塔はこれら五つの要素を、下から順に積み重ねた形をしており、宇宙観や死生観を象徴しています。中には、大日如来の真言を梵字で刻んだものもあるそうです。

近世 ― 街道と信仰

小田原征伐によって北条氏が滅び、その後、江戸幕府が開かれると、この地は幕府直轄領や旗本領となりました。

近世になると、市域には大山詣りへ向かう大山道や、東海道の脇往還(わきおうかん)が通り、宿場のような役割を持つ村も生まれます。海老名は、人や物が行き交う交通の要所として発展していきました。

街道沿いには道しるべを兼ねた庚申塔が今も多く残っており、往時の賑わいを今に伝えています。市内には現在も約80基の庚申塔が現存し、相模国分尼寺金堂跡や大欅の根元、目久尻川弥生橋付近など、市内の各地で目にすることができます。

平成28(2016)年には「申年」にちなみ、市内に点在する猿の彫刻が施された庚申塔を紹介する資料展が、海老名市温故館で開催されました。

明治・大正・昭和 民俗 ― 近代まで続く暮らし

2階のエリアには、明治・大正・昭和にかけて市域で使われていた「衣食住」にまつわる生活道具が数多く展示されています。

昭和のコーナーには、ちゃぶ台や電気炊飯器、ダイヤル式黒電話、真空管ラジオ、蓄音機などが並びます。今の子どもたちにとっては映画や漫画で見たことのあるような品も多く、親や祖父母世代には懐かしい記憶がよみがえる展示となっています。

明治から昭和にかけて、この地域では農業が人々の暮らしを支えてきました。展示では、米づくりや養蚕に使われた道具類が紹介されています。田を耕す「万能鍬」や「鋤」、籾を外す「千歯」や「足踏脱穀機」などから、当時の農作業の様子を具体的に知ることができます。養蚕に関わる道具も並び、地域産業を支えてきた日々の営みが伝わってきます。

地域の記憶を未来へ ― 地方創生の拠点として

海老名の歴史と暮らしを伝える海老名市温故館。石器や土器から、近代の生活道具まで、地域に積み重なってきた歴史を身近に感じることができます。

常設展示以外にも多くの資料が収蔵されており、今後も企画展を通して、これまで紹介しきれなかった資料や、あまり知られてこなかった海老名の歴史や文化を伝えていく予定とのことです。

展示だけでなく、史跡やまち全体とあわせて歴史を知ることで、海老名の新たな魅力にも気づかされます。地域の過去を知ることは、未来を考えること。温故館は、その入り口となる場所といえるでしょう。

海老名市立鄉土資料館「海老名市温故館」

住所:神奈川県海老名市国分南1-6-36
電話番号:046-233-4028
開館時間: 9:00〜17:15 (最終入館は16:45)
入館料:無料
アクセス:
電車 小田急小田原線、相鉄線海老名駅より徒歩10分
バス 海老名駅東口よりコミュニテイバス国分ルート「相模国分寺跡」下車すぐ
車  圏央道海老名ICより車で約 10 分

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この記事を書いた人

神楽 直子

神奈川県海老名市在住のフリーライターです。海外3カ国で暮らしてきましたが、地元・神奈川が大好きです!海老名市を中心とした県央地区の「オンリーワン」な物語を丁寧に取材し、読者の「行ってみたい」「応援したい」という気持ちを引き出す記事をお届けします。

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