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スポット  |    2026.04.26

「温故知新のみち」みなとみらいから岩亀横丁・紅葉坂へ【前編】|横浜市西区

ランドマークタワー

ランドマークタワー、横浜ハンマーヘッド、赤レンガ倉庫など、魅力的な観光スポットがたくさん集まる横浜・みなとみらい。
季節ごとにさまざまなイベントも開催され、訪れるたびに新たな楽しみに出会えるでしょう。

ただ、「定番スポットはひと通り巡ったから、少し違った場所も歩いてみたい」という方もいるかもしれません。
そんな方に向け、「温故知新のみち」を紹介します。

「温故知新のみち」で横浜市西区の魅力を再発見

「温故知新のみち」は、横浜市西区が西区制70周年(2014年)を記念して作った散策ルート。
次の3つのルートがあります。
・新旧市街地をつなぐ産業の温故知新のみち
・新旧東海道の温故知新のみち
・暮らしの温故知新のみち

今回は「新旧市街地をつなぐ産業の温故知新のみち」を歩いてみました。

「新旧市街地をつなぐ産業の温故知新のみち」はこのような環状ルートで、JR根岸線を挟んで海側と内陸側に広がっています。

全長は約3km。
海側は平坦ですが、内陸側は坂道が多め。
以下の横浜市西区のサイトから散策マップをダウンロードできるので、これを持って回るのもおすすめです。

横浜市西区 温故知新のみち

散策ルートの要所要所には、次のような2種類のサインがあります。
エリアの解説とともに昔の風景写真なども描かれているため、いつも歩き慣れている道の知らない一面を発見できるでしょう。

総合案内サイン
スポット解説サイン

それでは、「温故知新のみち」を散策してみましょう。
前編では、日本丸〜グランモール公園〜三菱ドック踏切辺りまでを紹介します。

ちなみに後編では、岩亀(がんき)横丁〜紅葉坂を歩いています。
併せて、ぜひチェックしてみてください。

日本丸付近から散策スタート

帆船日本丸

今回紹介する「新旧市街地をつなぐ産業の温故知新のみち」は環状のため、どこから散策スタートしても構いません。
そこで、JR桜木町駅近くの「帆船日本丸」からスタートすることにしましょう。
駅前の「動く歩道」を通り、右側に見えてくる大きな船です。

「帆船日本丸」は、商船学校の練習船として1930年(昭和5年)に建造された船。
たくさんの若者が、この船に乗って航海訓練をしてきたそうです。
現役を退き横浜市の管理になったのは1985年(昭和60年)からで、現在は船内の一般公開も実施しています。
年に12回ほど行われる、全ての帆を広げた「総帆展帆(そうはんてんぱん)」は圧巻です。

日本丸や横浜ランドマークタワーからパシフィコ横浜へと続く道の名称は「さくら通り」。
100本以上の桜並木で、春には美しい光景が広がります。
通りを歩きながらのお花見もいいですが、動く歩道から見下ろす眺めも最高です。

この辺りは埋め立てによって生まれた土地で、1902年(明治35年)から「入船町」と呼ばれるようになったそう。
その後、1966年(昭和41年)に「緑町」になり、1989年(平成元年)からは「みなとみらい」になりました。

上の写真は、そんな説明が書かれたスポット解説サイン。
かつてこの地にあった「横浜船渠(せんきょ)会社(のちの三菱重工業)」の初代本館の写真も紹介されています。
日本丸からは少し戻りますが、ランドマークプラザ前の横断歩道辺りにあるので(写真の右側がランドマークプラザ)、時間の余裕があれば探してみてください。

さて、(入船町に関するスポット解説サインを見ないで)日本丸沿いの歩道を進むと、1つ目の信号にこのような案内板があります。
ここの横断歩道を渡ると、ドックヤードガーデンです。

ドックヤードガーデン

かつてこの場所には、日本に現存する商船用石造りドックとしては最古の「旧横浜船渠第2号ドック」がありました。
1896年(明治29年)に竣工し、船舶の修理などを行っていた施設です。
明治・大正・昭和と長く活躍してきましたが、時代とともに使用頻度が下がり、とうとう1973年(昭和48年)にその機能を停止。
その後、1993年(平成5年)に横浜ランドマークタワーの開業とともに「DOCKYARD GARDEN(ドックヤードガーデン)」として復元されました。

現在、ドックヤードガーデンにはいろいろな飲食店が入っています。

ちなみに、ドックヤードガーデン前の歩道を桜木町駅側に少し戻った場所には、総合案内サイン「横浜船渠会社と横浜市」があります。
ドックを築造した横浜船渠会社(のちの三菱重工業横浜造船所)と横浜市との関係などが書かれていますので、ぜひ読んでみてください。

ランドマークのモニュメント

ランドマークプラザとクイーンズスクエアの間にあるのが、こちらのモニュメント。
この辺りはビル風が強いため、その風を和らげる役割があります。
「ジェットコースターみたいなやつ」と呼ばれることが多いですが、実は正式名称がありました。

「モクモク ワクワク ヨコハマ ヨーヨー」です。
モニュメントの下にこんな銘板が埋め込まれているのを、今回初めて発見。
よく歩いている場所ですが、全然知りませんでした。

横浜美術館

そのまま進むと、グランモール公園の美術の広場です。
左側に横浜美術館、右側にMARK IS みなとみらいがあります。

次の横断歩道を渡った左側にあるのが、「氷川丸 建造の地」の総合案内サイン。
横浜船渠会社が設立された当初は船舶の修理が中心でしたが、大正時代に入り造船事業も始まったそう。
その背景には、第一次世界大戦などの影響で船舶の需要が伸びたことがあるようです。

山下公園・氷川丸

ここでは様々な船が造られましたが、そのひとつが現在は山下公園にある「氷川丸」です。
1930年に建造、横浜ーシアトル航路などで活躍した貨客船で、戦時中は病院船にもなりました。
横浜の定番観光スポットの氷川丸ですが、その昔ここで造られたのだと思うと感慨深いですね。

ここからは左に曲がり、いちょう通りを歩きます。
高級輸入車ディーラーやウェスティンホテル横浜が見えてきますので、そのまま歩道をずんずん進んでください。

この先の横断歩道を渡り、高速の高架下へ。
高架の手前に「西区の埋立の変遷」の総合案内サインがあるので、ぜひ読んでみてください。

江戸時代には海だったみなとみらい周辺。
1859年(安政6年)に横浜港が開港し、その後、風景は大きく変化していきました。
そんな変化の歴史について書かれています。

そして、この先にあるのがなんと踏切!
今まで歩いてきた場所とは、ガラッと雰囲気が変わります。
その昔、この辺りには横浜船渠会社(のちの三菱重工業横浜造船所)の正門があったそう。

踏切の名称は、現在も「三菱ドック踏切」です。
多くの人が毎朝ここを通って出勤し、夕方にはここを通って帰っていったのでしょうか。
そう考えると、場違いな雰囲気もある踏切ですがいろいろな想いが込み上げてきます。

踏切の先に「横浜船渠会社(三菱重工業横浜造船所)正門」の総合案内サインがあるので、ぜひチェックしてみてください。

目の前に現れる道路は国道16号。
左に曲がり、鉄道の高架下を歩きます。
ここの壁には、かつてさまざまなグラフィティアートが描かれていました。
見ているだけでワクワクするような作品ばかりで大好きな通りだったんですが、違法な落書きということで全て消されてしまいました。
現在は味気ないただの灰色の壁になり、たまにセンスのない落書きがされています。

このまま進み、1つ目の信号(「雪見橋国道側」信号)で横断歩道を渡り岩亀横丁へ。

もう1本広めの道路もあり、横断歩道の位置などもわかりにくいかもしれません。
水色の外観の「みなとみらい歯科」の右手奥に続く道が「岩亀横丁」ですので、ここを目指して進んでください。

岩亀横丁へと続く散策ルート

ここからは岩亀横丁へ。
みなとみらいエリアとは街の雰囲気が大きく変わっていきます。

ぜひ、後編も読んでみてくださいね。

後編はこちら

「温故知新のみち」みなとみらいから岩亀横丁・紅葉坂へ【後編】|横浜市西区

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この記事を書いた人

もりや 未久

横浜に住んで、気付けば25年近くが経ちました。 私が大好きな横浜の魅力を、少しでも多くの方に伝えていければと思っています。 横浜のちょっとマイナーな部分も紹介していきたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。

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